第29話
「いえ。テストが終わっても復習と次のテストの準備をしなければいけませんから」
身分が上の相手からの誘いを断るのは――よっぽど理不尽な命令でなければ――褒められた行いではないが、いまさらだと思いハリィメルはきっぱり断った。
「テストが終わった後に少し息抜きするぐらいいいじゃない。ね?」
ティオーナが猫なで声で笑いかけてくる。
「レミントンさんはいつも一位なんだから、テスト後に少し遊ぶくらいでは成績が落ちる心配なんかないわよ」
「……いいえ。私は毎回必死に勉強して成績を保っているので」
ハリィメルは一度言葉を切って息を吸い込んだ。
「一度でも気を抜いてしまったら、ずるずると努力を放棄してしまいそうで怖いんです」
ハリィメルだって、休みたいとかやりたくないと思うことはある。そんなのしょっちゅうだ。
だからこそ、その想いに一度でも従ってしまったら、引きずられるように怠惰な方向に流れてしまう気がする。
ハリィメルは自分が不器用なことを知っている。
勉強の息抜きに適度に遊ぶなど、気持ちの切り替えが上手くできる自信はなかった。
ハリィメルの言葉を聞いたティオーナは口をつぐんでダイアンと目を見合わせていた。
(どうせ、面白味のないガリ勉の台詞とでも思っているんでしょうね)
後で三人で好きなだけあざ笑えばいいだろうと、ハリィメルは他人事のように考えた。
「わかったか、お前ら! 勉強しないなら帰れよ! 俺とハリィメルは本気でやってんだ!」
最初に勉強を邪魔する目的で近づいてきた男が何故か偉そうに友人達をたしなめているが、ハリィメルはもうなにも聞かないことにして教科書に集中した。
結局、ダイアンとティオーナはロージスに追い払われて帰っていった。
ロージスはやはり図書室が閉まるまで一緒にいて、いつものように一緒に辻馬車に乗り込んで送ってくれる。
「悪かったな。あいつらが邪魔して」
家までの短い距離を歩きながら、ロージスがぽつりと言った。
いえ、とハリィメルは小さい声で応えた。お前が言うな、と隣の男に言ったらどうなるのだろうかと益体もないことを考える。
「お前はすごいよ。毎日こんな遅くまで頑張っていて」
ロージスは暗い空を見上げながら静かな声でそう言った。
「……他に取り柄のないただのガリ勉ですから」
ハリィメルはひたすら足元だけを見て歩いた。
毎日、家と学校の往復しかしていない面白味のない自分の隣を歩いたってつまらないだろう。誰だって。だから、早くどこかへ行ってしまえばいいのに。
「他の奴よりずっとたくさん努力ができるのは、立派な取り柄だろ」
称讃する口調でもなく、静かな声でロージスが言う。当たり前のことだとでも言うように。
「お前は、俺が知っている中で一番の努力家で、すげえ奴だよ」
その言葉とほぼ同時に、ロージスが足を止めた。いつの間にか、いつものお別れ地点に着いていた。
軽い挨拶をしてきびすを返して去っていくロージスを、ハリィメルは少しの間黙って見送った。
(……私は別に努力家じゃない。やらないと勝手に未来を決められてしまうから、やりたくなくてもやめられないだけ)
不意に何故か、そのことはロージスに知られたくないなと思った。
努力家だと思われていたい、だなんて。
そんな傲慢な望みを抱くほど、いやしい人間ではなかったはずなのだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます