第7話





 ***



 放課後、いつものように図書室で勉強していると、向かいの席にすっと誰かが座った。


「今日も勉強熱心だな」


 嘘くさい笑顔を輝かせる男に、ハリィメルは小さく溜め息をこぼした。


「人のいる場所では話せません」

「カウンターに図書委員がいるって言うんだろ。でも、少しぐらい」


 ハリィメルはむっつり黙ったまま視線をノートに戻した。そのかたくなな態度に、ロージスが口を尖らせる。


「たまにはクラスの女子と遊びにでも行ったらどうだ? もう二年の半ばなのに、このままじゃ学園の思い出が『図書室で勉強』だけになっちまうぞ」

「望むところです」


 ロージスの軽口に、ハリィメルはほとんど反射的に答えていた。

 思い出がなんだ。なんの障害もなく卒業できるならば。それ以上に望むことはない。

 ハリィメルは無言で問題を解く手を動かした。


 ロージスは一瞬面食らった後に気を取り直したようにニヤッと笑った。


「じゃあ、図書室の思い出に、これも加えてもらえるか?」


 身を乗り出してきたロージスにノートの上に小さな包みをすっと置かれ、ハリィメルは顔をしかめて身を引いた。


「……なんです?」

「開けてみろよ」

「結構です」


 ハリィメルは包みをロージスの手元に押し戻した。


「恋人に贈り物をするのは普通だろ」


 ロージスはむっとして包みを再びノートの上に置いた。


「この交際は秘密ですから」


 ハリィメルも再び包みを遠ざける。


「ただのブローチだ。平民の娘にも人気の、気軽に使える値段の」

「地味な私がそんなものをつけていたら変に思われます。「それどうしたの?」と尋ねられたらどうするんですか」

「俺からもらったって言わなきゃいい」

「私は取り繕う自信がないので受け取れません」


 押して戻して、押して戻して。


 しまいにはふたりともが包みに手を置いてテーブルの真ん中あたりでぐぎぎ、と睨み合った。


 包みが小さいので、図書委員の目には「手に手を重ねてみつめ合っている」ように見えた。

 寡黙な図書委員は放課後の図書室が舞台の青春メモリアルをそっと心のアルバムに仕舞った。


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