第59話
姉が出ていった後、ハリィメルは再び寝台に寝転んだ。だが、先ほどまでとは違い、頭がはっきりしている。パン粥を腹に入れたせいかもしれない。
眠気がまったくないので、ハリィメルは天井を見上げて考えた。
次のテストでロージスが一位をとったら、ハリィメルと彼の婚約が成立する。
現実味がない。やはり悪い冗談なのではないかという気がする。
今度は嘘告じゃない。
ロージスはそう言ったけれど、信じられるはずもない。
不信と混乱で悶々としていると、扉が遠慮がちにノックされた。
「……ハリィメル、起きているかしら?」
か細い母の声がした。
ハリィメルは寝返りを打って扉に背中を向けた。
だが、扉を開けられることはなく、頼りない声がかろうじて耳に届く。
「ごめんなさいね。ハリィメルの気持ちも、いままでの努力もなにも見ようとしないで、簡単に学校を辞めなさいなんて言って……けれど、あなたを不幸にしようなんて、思ったことはないのよ。本当に」
ハリィメルは空虚な気持ちのまま横たわっていた。母の繰り言にはうんざりだ。
「ただ、女の人が結婚せずに働くのはとても大変だから……そんな苦労をしてほしくなかったの。いい旦那様をみつけて、苦労しないで生きられるようにしてあげたかった」
でも、と母は言った。
「あなたは、自分に必要な努力を苦労とは思わない子なのね。あなたは自分自身の努力で、クラスメイトの皆さんやコリッド公爵令息に認められたのね」
ロージスの真っ赤な顔が思い浮かんで、ハリィメルは眉根を寄せた。
「コリッド公爵令息からすべて聞いたわ。嘘の告白のことも。最低な行いをしたと反省はしているけれど、そのおかげでハリィメルのことを知ることができたとも言っていたわ」
母が扉の向こうでくすっと笑う気配がした。
「ありのままのハリィメルを、彼も、クラスの皆さんも、好きになってくれたのね」
ハリィメルはぎゅっと唇を噛んだ。
「彼は次のテストで一位をとって、あなたに婚約を申し込むと言ったけれど、ハリィメルが婚約したくないなら、たとえ公爵様の命令でも母さんは断るわ。信じてもらえないだろうけれど……母さんがあなたを守ってみせるわ」
最後にもう一度「ごめんね」と謝って、母は階段を下りていった。
ハリィメルは枕に片頬を押しつけて目を閉じた。
胸の中には不満が渦巻いている。ハリィメルが懸命に努力していた時にはなにも認めず、話も聞いてくれなかったくせに、こうしてなにもかも諦めてから手のひらを返してくるのだ。自暴自棄になったハリィメルのことが面倒くさくて機嫌をとっているだけなんじゃないのか。
どうしろというのだ。一位をとり続けていた時は「結婚しろ」ばっかりでハリィメルの努力なんか見なかったくせに。嘘告なんかして邪魔しようとしてきたくせに。
なにもかも放り出してやったら、「無理やり結婚させようなんて思っていなかった」とか、「今度は嘘告じゃない」とか。
勝手なことばっかり。
ハリィメルはだんだん腹の底からむかむかしてきた。
みんなしてさんざんハリィメルの努力を踏みにじったくせに、今度は「みんなその努力を認めているよ」なんて言い出す。なんなんだそれは。腹が立つ。
「……むかつく」
怒りがこみ上げてきて、ハリィメルはぎゅっと拳を握りしめた。
本当に腹が立つ。どうにかして目に物を見せてやりたい。
まぶたの裏にふっとロージスの勝ち誇った顔が浮かんだ。
とりあえず、あの顔を悔しがらせたい。
ハリィメルはがばっと勢いよく起き上がった。
「思いどおりにさせてたまるか!」
これまでの無気力が嘘のように、体中に怒りの力が満ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます