第43話




 中間テストを翌々日に控えた土曜日、ハリィメルは一日中部屋で勉強している予定だった。

 母が嫁いだ姉の元へ朝から遊びにいっているため静かに過ごせると思っていたのだが、夕方に帰宅した母は興奮した様子でハリィメルを呼んだ。

 渋々勉強の手を止めて部屋から出ると、母は何故かひどく上機嫌で、ハリィメルは嫌な予感がした。


「ハリィメルもいい加減に勉強より幸せな結婚をした方がいいってわかったでしょ?」

「はあ?」


 突然見当違いのことを言い出す母に、ハリィメルは思いきり顔をしかめた。


 ジョナサンと何度か会っていることで、母はハリィメルが結婚に前向きになったと勘違いしているらしい。


「でもねえ、商家の跡取りは結婚はまだ早いって乗り気じゃないみたいなのよねえ。でもね、女の子は男の子と違って、若いうちに結婚した方がいいじゃない?」


 反論するのも面倒くさくて黙っていると、母はとんでもないことを言い出した。


「マリーエルが旦那様の知り合いの伝手で探してくれたのよ! 早くに奥様を亡くされたアージェン子爵が後妻を探しているんですって! 一度お会いできることになったわ!」

「……は?」


 ハリィメルは我が耳を疑った。なにを言っているのだ、この母は。


「……ちょっと待ってよ。私は結婚したいなんて言っていないのに、なにを勝手に……」

「こんないいお話、断るわけにはいかないわ! 子爵夫人になれるのよ! 亡くなられた奥様との間にお子様はいらっしゃらないそうだから、できるだけ早く再婚して跡継ぎを設けたいと思っていらっしゃるようなの! 子爵様に気に入られるように、早速明日からマナーと流行の話題を身につけないとね!」

「明日って……明後日は、テストが」

「そんなのどうでもいいじゃない! 学校は休んで子爵様との見合いに備えなくちゃ! どうせ、結婚するなら学校は辞めるんだし」


 その瞬間、ハリィメルの中に凝り固まっていた黒くてどろどろした感情が破裂した。


 学校を休め? テストがどうでもいい?

 学校を辞めろ?


 何故、勝手に決められた見合いのためにハリィメルの大事なものを犠牲にしなければならないのだ。


「いい加減にして!!」


 ハリィメルはこれまで生きてきた中で一番大きな声で母を怒鳴りつけた。



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