第10話




 授業で引っかかった部分の復習を終え、予習に取りかかろうとしたところで、向かいの席に誰かが座った。

 うんざりしつつ顔を上げれば、案の定ロージスが身を乗り出してきた。


「昨日は悪かった」


 今日はどういう作戦で来るつもりなのか、神妙に見える表情でロージスが言った。


「秘密の交際という約束を守ることに一生懸命になってくれている誠実なハリィメルに怒鳴ってしまうだなんて。俺も浮かれていたんだ。許してほしい」

「はあ……」


 下手に出るロージスを見て、ハリィメルは「幼なじみのふたりにアドバイスされたのかなあ」と思った。


(別に謝らなくていいから放っておいてほしい)


 関わらないでくれたらそれでいいのだ。


「これはお詫びだ。お詫びなら、受け取ってくれるだろう?」


 小さな箱をノートの上に置かれ、ハリィメルは顔をしかめた。

 贈り物ではなく「お詫び」と言われると断りづらい。「お詫び」の品を受け取らないということは、謝罪を拒否する、許すつもりはないという意味になってしまう。


「女子に人気の店の菓子なんだ」


 身につける物ではなく菓子を持ってくるところも小賢しい。女子に人気の店の菓子をわざわざ用意してくれたのに、その気遣いを無にするのか、食べ物を無駄にするつもりか、と、責められているような気がしてくる。


 どうしよう、と思ってうつむいたハリィメルの目が、ふと菓子の箱の側面に書かれた文字に留まった。


『チョコとナッツの贅沢タルト』


 ハリィメルははっと息をのんだ。


「受け取ってくれるな? ハリィメル」


 にっこり笑うロージスに、ハリィメルはきっぱりと言った。


「申し訳ありません。私、ナッツアレルギーで」


 これは本当のことだ。

 ハリィメルは子供の頃からナッツが食べられない。食べると体が痒くなるのだ。


「そ、そうなのか?」


 ロージスが目を見開いて狼狽した。半信半疑なのだろう。

 ロージスが疑いを持つのはこれまでのハリィメルの態度のせいなので、信用されなくても仕方がない。


「申し訳ありません」


 ハリィメルはもう一度謝罪した。

 お詫びに、と言ってくれたものを断るのは、昨日のブローチの時とは違って少し心が痛んだ。


「いや、知らなかったこちらのミスだ」


 嘘ではないと判断したのか、ロージスは箱を手に取ると上着のポケットにしまい込んだ。


「気にしなくていい。こうやって少しずつ、お互いのことを知っていけばいいんだから」


 ハリィメルは目を丸くした。


(……知りたいなんて思っていないでしょうに)


 ロージスがハリィメルについて知っているのは、男爵家の娘であることと、テストの順位だけだ。それ以上は知らなくていいし、知られたいとも思わない。


 ハリィメルはペンを握る手にぐっと力を込めた。


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