第25話



 図書室で勉強していると、向かいの席に誰かが座った。


 顔を上げるまでもなく、それがロージスであると確信してハリィメルは舌打ちしそうになった。他にも席は空いているというのに、わざわざハリィメルの向かいに腰を下ろすのはロージスぐらいしかいない。


 朝、教室であれだけひどい態度で撃退したので、今日はもう近寄ってこないと思っていたのに、とハリィメルは苛立った。


(話しかけられても無視するけどね)


 ハリィメルは顔を上げないままロージスの存在を頭から追い払おうとしたが、ロージスがテーブルの上にノートを広げだしたのを見て思わず目線を上げた。

 上目遣いにうかがうと、ロージスはノートに目を落としていた。そのまま黙々と勉強を始めてしまったロージスに、ハリィメルはぱちりと目を瞬いた。


 いつもはなにかと話しかけてくるロージスを追い払うために冷たい物言いをするハリィメルだが、勉強の邪魔をされているわけでもないのに「帰れ」とは言えない。


 仕方がないので、ハリィメルは徹底的に無視をしようと決めた。


(そのうち帰るでしょう)


 そう思っていたのに、ロージスは結局なにも喋らないまま、閉鎖時刻になるまで図書室に居座り続けたのだった。



 ***



 図書委員が動き出したのを見て、ハリィメルも片づけを始める。ちらりと目をやると、ロージスもノートを鞄にしまうところだった。


「いつもこんなに遅くまで残っているのか?」


 片づけを終え廊下に出たところで、待ちかねたようにロージスが口を開いた。窓の外は夕闇に包まれていて、静かな廊下には他に生徒の姿はない。


「……家より集中できるので」


 ハリィメルはそっけなく答えて歩み去ろうとしたが、ロージスは当然のような顔でついてくる。

 校門を出ると、ハリィメルは「では、これで」と軽く挨拶をしてロージスに背を向けた。


「待てよ。馬車が迎えにこないのか? いつもどうやって帰っているんだ?」

「辻馬車に乗って帰ります。我が家には通学に使えるような馬車はないので」


 ハリィメルは足を止めずに答えた。

 馬車を持たない家でも、子の通学のために御者を雇い馬車を借りるのが普通だが、ハリィメルは費用のことで母に文句を言わせないために借りるより安上がりな辻馬車を利用している。


(貴族の娘が平民の客と同乗なんて、と呆れられるかしらね?)


 高位貴族の令嬢は絶対にやらない行動だろう。

 案の定、ロージスはうろたえる様子を見せた。


「あ、危なくないのか?」

「もう慣れたので平気です」


 入学して間もない頃は不安だったし怖かったな、と思い出しながらハリィメルは答える。


「慣れたって……待ってくれ。今日は我が家の馬車で送ろう」

「結構です」

「遠慮するな」

「遠慮じゃありません。公爵家の馬車に乗って帰ったりしたら、家族から問いつめられるし、ご近所中に噂が広まってしまいます」


 ハリィメルの家があるのは平民もたくさん住んでいる地域だ。変わったことがあれば、奥さん連中の井戸端会議であっという間に周知されてしまう。

 ロージスも騒がれるのはまずいと思ったのか口をつぐんだ。


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