第32話



 次に会う日取りや親の干渉をやり過ごす作戦を立ててからジョナサンと別れて帰宅したハリィメルは、母からの「どうだったの?」という執拗な質問攻めにうんざりしながら自室に逃げ込んだ。


「ふう……」


 すぐに帰ってくるはずが、結果的に長い時間話し込んでしまった。

いろいろと話しながら、ジョナサンの好きな子の話を聞いた。

 なんでも、幼なじみで子供の頃からなにかと張り合っていた相手らしい。そのせいで、今さら好きだと言い出しづらいそうだ。


「向こうはきっと僕を意識していないし……」


 そう言ってしょんぼりしていたジョナサンを思い出して、ハリィメルは少しだけ複雑な気分になった。


(張り合っていた相手を好きなる、か)


 脳裏に浮かんだ面影を、頭を振って追い払う。ここ最近すっかり見慣れたせいで、やけにはっきりした像が浮かんでしまう。こんな時に思い浮かべるべき人物ではないというのに。


(こっちは嘘告と、それに乗じた嫌がらせの元に成り立っている関係で、微笑ましさの欠片もないものね)


 幼なじみの少年少女のもどかしい恋と比べては失礼になるだろう。


「向こうは上手くいくといいな……」


 そう呟いて目を閉じたハリィメルのまぶたの裏に浮かんできたのは、やはり見慣れた面影だった。



『お前が、ハリィメル・レミントンか』


 入学して初めてのテストの結果が張り出された後で、一位を取ることができてほっとしていたハリィメルの前に立った少年は、悔しげにこう言った。


『俺はロージス・コリッド。今回はお前が一位だったが、次は絶対に負けないからな!』


 入学してからそれまで、周りを見る余裕もなかったハリィメルは、突然知らない男の子にそう告げられて目を白黒させた。

 彼が同じクラスの人気者の公爵令息であると知った時には、そんな身分違いの相手に声をかけられたことに面食らった。


 直接ものを言われたのはそれ一度きりだったが、その後もテストのたびにロージスが「次こそハリィメル・レミントンに勝つ!」と息巻いているのは気づいていた。

 ずっと母から「女の子が勉強なんてできても無駄だ」と言われてきたハリィメルには、ロージスが自分を追い抜くべきライバルと認めてくれたように感じられて、それが少しうれしかったのだ。

 身分が下でも、女でも、実力があればちゃんと認めてもらえるのだ、と。彼は、自分を認めてくれたのだ、と。


 そんなロージスに追い抜かれないようにと、ハリィメルも気を引き締めた。

 自分の努力はちゃんと認められている。一位をとり続ける意味はある。そう思えた。

 ロージスとの勝負は、ハリィメルの張りつめた心に吹き込む一筋のそよ風のようだった。


 だから、嘘告に幻滅したのだ。


 腹を立てて、誓約書まで用意して嫌がらせしてしまったのは、これまでの純粋な勝負を台無しにされてしまった気分になったからだ。

 そもそも、純粋な勝負だとか対等なライバルだとか思っていたのは、ハリィメルだけだったのかもしれないのに。


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