ガリ勉令嬢ですが、嘘告されたので誓約書にサインをお願いします!

荒瀬ヤヒロ

第1話



「あーっ! まったく目障りな女だ!」


 そんな怒声が聞こえて、ハリィメルは思わず足を止めた。


「入学からずっと学年一位だもんねー。さすが、ガリ勉令嬢よね」

「ロージスが勝てないなんてなあ」

「あの女のせいで俺は毎回二位止まりだ! くそっ、なんとかして引きずり下ろしてやりたいぜ!」


 もう誰も残っていないと思っていた放課後の教室から聞こえてくる会話の内容は、間違いなくハリィメルのことを指していた。

 声の主は同じクラスの公爵令息ロージスと、彼の幼なじみだという隣のクラスの侯爵令息ダイアンと伯爵令嬢ティオーナに違いない。

 地位と美貌で学年の人気を総集めしている彼らは、どうやら地味な男爵令嬢がテストで一位をとるのが気に食わないようだ。


(くだらない……)


 廊下に突っ立ったまま、ハリィメルは溜め息を吐いた。ややこしいことになるのが嫌なので彼らの前に出ていく気はないが、このまま自分への悪口雑言を聞いているのも時間の無駄だ。

 忘れ物を取りにきたのだが、諦めるしかないだろう。

 そう思ってきびすを返しかけたハリィメルの耳に、聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。


「じゃあ引きずり下ろしてやろうぜ。あの才女を」


 ハリィメルは眉をひそめて聞き耳を立てた。


「引きずり下ろすって、どうやって」

「簡単だよ。お前がレミントン嬢に告白するんだ」


 ダイアンがとんでもないことを言い出したので、ハリィメルはぎょっとした。しかし、それはロージスも同じだったらしく、不本意そうな声があがった。


「はあ? なんで俺がハリィメル・レミントンなんかに」

「バーカ。嘘告だよ、嘘告!」


(嘘告……嘘の告白のことか)


 くだらない罰ゲームとかでそんな最低なものがあると、聞いたことはあった。呼び出した相手に告白をして、相手が返事をしたところで「嘘でした」とばらし、本気にした相手をあざ笑うという下品極まりない行いだ。


「嘘告でどうやってあの女を引きずり下ろすんだよ?」

「だからさあ、付き合うふりをするんだよ」

「あ、わかったわ! 恋人のふりをして、彼女を夢中にさせて勉強が手につかないようにさせるのね」


 ティオーナが楽しそうな声で言った。


「その通り。レミントン嬢みたいに地味で真面目な女子ほど、初めての恋に溺れるもんさ」

「ああいうタイプは意外と心の中で白馬の王子様を待っていたりするのよ。美貌の公爵令息に見初められたら、絶対に舞い上がるわよ」


 好き勝手言ってくれる。ハリィメルはむかむかしながら聞いていた。


「だからって、俺は嫌だぜ。あんな地味女の恋人のふりをするなんて。周りにあれと付き合っていると思われるのも嫌だし、あの地味女に恋人面されるのも御免だ。俺の方が恥をかくじゃねえか」


 よっぽど飛び出していって蹴り飛ばしてやろうかと思ったが我慢した。彼らの身分の前では男爵令嬢であるハリィメルの方が悪かったことにされてしまう。


「周りには秘密の恋人ってことにすればいいじゃねえか。『僕が人気者だから君が嫉妬されていじめられてしまうかもしれない』とでも言えば納得するだろ」

「いいわね。秘密の関係って背徳感もあって、よりいっそう恋が盛り上がるわよ」

「……なるほどな。でも、俺にあの女のご機嫌取りなんかできるかな」

「告白の台詞とか、俺も考えてやるから」

「私も! 女の子をきゅんとさせる方法を教えてあげる!」


 これ以上は聞くのも馬鹿らしくて、ハリィメルは今度こそきびすを返した。


(呆れるわ)


 彼らはハリィメルが身分違いの人気者に好かれていると思い込んで調子に乗って勉学をおろそかにするような人間だと思っているわけだ。ハリィメルがどんなに必死に成績を維持しているか知りもしないで。


(本当に嘘告なんてしてきたら、どうしてくれよう……)


 ハリィメルは思案した。断るにしろなんにしろ、「本気にした」と思われるのは癪だ。


(それなら、いっそ騙されたふりをしてやろうか)


 向こうはこちらを振り回してやろうと企んでいるのだろうが、それを利用して逆にこっちが振り回してやったらどうだろう。


(いえ。そんな暇はないわ。あんな連中につきあうなんて時間の無駄だわ。……時間を無駄にせずにあいつらを悔しがらせるには……そうだ。こうしよう)


 一つの名案が思い浮かんで、ハリィメルはにやりと笑った。



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