第47話
「ハリィメルさんは、僕が家までお送りします! すぐそこに馬車を停めてあるので!」
振り向いたロージスに睨まれて怯みながらも、ジョナサンは懸命に訴えた。
「ふざけるな! 誰がお前なんかに……だいいち、あの女はどうした?」
「彼女は、伴をつけて家に帰しました。僕は、なにがあったかをハリィメルさんの家の人に説明しなくては……」
ジョナサンの顔は青ざめていたが、瞳にはこの事態の責任をとろうという決意が宿っていた。
「……コリッド公爵令息、おろしてください。私は彼に送ってもらいます」
「ハリィメル!?」
「あなたも早くお帰りください。テストは明後日なのに、私のせいで風邪をひかれてはたまりません」
ハリィメルはロージスの胸板を押して、半ば無理やり地面に立った。
「では、失礼いたします。コリッド公爵令息」
ロージスはまだ納得いかない表情をしていたが、それ以上はなにも言わなかった。
ハリィメルはきびすを返し、ロージスに背を向けて歩きだそうとした。
だが、その前にちょっと立ち止まって、振り返って言った。
「……でも、助けてくださってありがとうございました」
小さな声で礼を述べると、ハリィメルは今度こそロージスに背を向けて歩き出した。
***
ひとりでテスト勉強をしているとハリィメルのことばかり浮かんでしまって、気分転換にダイアンとティオーナと一緒に勉強をした帰りだった。
雑踏の中に悄然としたハリィメルの姿を見かけて、ロージスは慌てて馬車を停めさせた。
見失ってしまったハリィメルを探すと、川のほとりであの男と一緒にいるのが目に入った。
またあの男と会っているのかと腹を立てたロージスが割り込むより先に、見覚えのない少女が彼らの元へ駆け寄るのが見えた。
そうして、あろうことか彼女はハリィメルを川に突き落としたのだ。
怒りがこみ上げるのと同時に肝が冷えた。ハリィメルはなかなか起き上がれないようでもがいている。あの男は突然の事態に動揺したのか硬直している。
すぐにロージスが川に入って助けたが、ハリィメルは全身ずぶ濡れで、このままでは風邪をひいてしまうのは明らかだった。
家に連れて帰ろうとしたが、それはハリィメルに拒絶されてしまった。
ジョナサンと共に去っていくハリィメルの背中を見送って、ロージスも自分の家の馬車を目指して歩き出した。
歩きながら、思う。
ハリィメルが他の男と会っているのを目にした瞬間、湧き上がった衝動。
ずぶ濡れのハリィメルを渡すのも、本当は絶対に嫌だった。あともう少しで、ハリィメルの意思もなにもかも無視して馬車に押し込むところだった。
それでも結局、これ以上嫌われたくなくて、強引に連れ去ることはできなかった。
悔しかった。あの男にハリィメルを連れていかれたくなかった。
(そうか。俺は、ハリィメルを他の男に渡したくないのか……)
胸苦しさの理由がわかって、ロージスは深く息を吐き出した。
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