第46話




 大人が溺れるような深い川ではないが、後ろ向きに倒れてしまったので水に落ちた瞬間は混乱してしまい、起き上がることができずもがく羽目になった。


 水も飲んでしまい、つかまるものを求めて伸ばした手がむなしく空を切る。

 恐怖と苦悶で気が遠くなりかけたその時、なにか温かいものに包み込まれて水から引き上げられた。


「げほっ! かはっ……!」


 ようやく空気を取り込むことができて、喉の奥から逆流してきた水を吐いた。


「ハリィメル! しっかりしろ!」

「はぁ……、は……?」


 足が地に着いていないことに気づいて、誰かに抱き上げられているのを知った。


(この声……)


 ハリィメルが目を開けると、蒼白な表情で顔を覗き込むロージスが見えた。


 ロージスはハリィメルを抱き上げたまま、水をざぶざぶかき分けて陸に上がった。


「ど、して……」

「偶然、見かけて……そんなことより」


 どうしてここにいるのか、とハリィメルが問いかけると、ロージスはきっと目をつり上げてジョナサンとアンジーを睨みつけた。ふたりは真っ青になって、特にアンジーはがたがたと震えて立っているのもやっとの様子だ。


「冗談ではすまされないぞ。どういうつもりだ?」

「あ……」

「わ、私……」


 アンジーがぼろぼろ泣き出し、その肩をジョナサンがつかむ。

 そこでハリィメルが激しく咳き込んだため、ふたりを睨みつけていたロージスは我に返って足早に川を離れた。ハリィメルを抱え上げたまま、通りを渡って歩き出す。


「あの……? どこに……」

「この先に馬車を停めてある。とりあえず、俺の家に連れていく」


 ようやく頭のはっきりしてきたハリィメルはそれを聞いてぎょっとした。

 冗談ではない。公爵家になど足を踏み入れるわけにはいかない。こんなずぶ濡れの状態で――ずぶ濡れでなかったとしてもあり得ない。


「お、おろしてくださいっ!」

「なに言ってるんだ。溺れたんたぞ。おとなしくつかまっていろ」


 だが、ハリィメルはおとなしくなどできなかった。


「おろしてください! 自分で家に帰れます!」

「馬鹿言うな! そんなずぶ濡れで! 風邪をひきたいのか?」


 そう言われて気づいたが、川に入ってハリィメルを助けたロージスもずぶ濡れだった。早く着替えなければ、風邪をひいてしまう。


「私にかまわず、早くお帰りください。コリッド公爵令息が私のせいで風邪をひいたりしたら――」

「だから、早く俺の家に行くぞ!」

「待ってくださいっ!」


 息を切らせて走ってきたジョナサンが、ふたりを呼び止めた。


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