第27話



 なにを思ったのか、その日以来毎日ロージスがハリィメルを送ってくれるようになった。

 図書室が閉まるまで無言で勉強し、共に辻馬車に乗ってハリィメルの家が見えるところまで、ぽつぽつ会話しながら一緒に歩いてくれる。

 公爵家の馬車はどうしたのか尋ねると、近くに待機させてあるという。最初にハリィメルを送った日には、間隔をあけて辻馬車の後をついてくるように命じていたそうだ。


 暗くなるまでガリ勉女につきあって、乗り心地の悪い辻馬車に揺られるような生活。いくらロージスでも二、三日もすれば我に返ってやめるだろうと思っていたのに、一週間が過ぎてもなおロージスは辻馬車に乗り込んでくる。


(いつまでやるつもりなんだろう)


 向かいに座るロージスを盗み見ながら、ハリィメルは思った。

 勉強中のロージスは真面目な顔つきでノートの目を落としている。わからない問題でもあったのか、先ほどからペンの動きが止まっていた。

 なんとはなしにロージスの握るペン先を眺めたハリィメルは、彼がつまずいている問題を見て「ああ」と声を漏らした。


「そこ、わかりづらいですよね。私も最初はひっかかりました」


 ややこしい問題に苦労させられたことを思い出しながら、ハリィメルは数日前に解いた自分のノートをロージスに見せた。


「こっちの公式を使いそうになるんですが、実はここで別の式を使ってからその数字を――」


 自分が書き込んだノートを見せながら説明した後で、ハリィメルははっと我に返った。


(しまった。私から話しかけてしまった)


 いつもと逆の立場になったロージスに得意げに無視されるか、あるいは「賢しらぶって頼んでもいないのに勉強を教えてくるガリ勉女」と馬鹿にされるかもしれない。

 ハリィメルの普段の態度が原因なので、ロージスになにを言われても甘んじて受けようと覚悟を決める。


 しかし、ロージスは無視も罵倒もしなかった。素直にハリィメルの説明を聞いて、「なるほど、そうか」と破顔した。


「よし、解けたぞ!」


「あってるだろ?」と子供のように得意げな顔で確認してくるので、ハリィメルも思わず口元に笑みを浮かべてしまった。

 すると、ロージスが不意に目を見開いて硬直した。丸い目でまじまじとみつめられて、ハリィメルは首を傾げた。


「なにか?」

「……っ、いや、なんでもない!」


 ロージスは妙にぎこちない動きでペンを握り直し、「次の問題の取りかかろう」と言って教科書をめくった。


 ハリィメルも、なんだか急に自分らしくないことをしたような気がしてきて、気まずさを誤魔化すようにノートに目を落とした。


 さっきまでと同じ無言の空間に戻るが、ハリィメルの胸の中はなんだか落ち着かなくて、問題を解く手がたびたび止まってしまうのだった。


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