第12話
下校時刻が近づくと、図書委員が机と椅子の乱れを直し始める。
その合図の音にハリィメルははっと顔を上げた。
今日はいつもより集中できなかった。
続きは家に帰ってからやろう。少し睡眠時間を削れば問題ない。
勉強道具を片づけて、図書委員に会釈をして図書室を出る。
薄暗い道を駆け足で通り抜け、辻馬車の乗り場に向かった。高位貴族のように立派な馬車で送り迎えしてもらえない生徒の多くは辻馬車を利用する。
(公爵令息は辻馬車なんか乗ったことないんだろうな)
つくづく違う世界の人間だ。
早く諦めてハリィメルの世界から消えてくれるといい。
家に帰ると、奥から明るい声が聞こえてきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……お姉様が来ているの?」
「ええ。今日はお泊まりになるそうです」
急に疲労感が襲いかかってきて、ハリィメルは肩を落とした。姉はおっとりした性格で、嫌いではないが母と組まれるとハリィメルにとっては厄介な存在となる。
「あら、ハリィメル。お帰りなさい」
こっそり部屋に行こうと思ったのだが、みつかってしまった。
「いつもこんなに遅いの? 駄目よ。女の子なのに危ないわ」
「……通い慣れている道なので平気です」
「そりゃあ、ハリィメルは私と違ってしっかりしているけれど……やはり心配だわ。ハリィメルを守ってくださる方がいるといいけれど……学園で知り合った男の子にそういう人がいないの?」
母と同じく「女性は男性に守ってもらうもの」と信じている姉とは、幼い頃から意見が合ったためしがない。話していると疲れてくるので、聞こえないふりで階段を上った。
「――ふう」
溜め息を吐くと疲労がはっきりと自覚できて、余計に疲れてしまった。
「……エッグタルトが食べたいなあ」
ぽつりと呟いてから、何故そんなことを言ったのか自分自身で不思議に思った。
(……ああ。コリッド公爵令息が言っていたんだ。エッグタルトが好きだって)
聞こえていないふりをしていたのに、つい呟いてしまうだなんて、馬鹿みたいだ。
ハリィメルは自嘲気味に「ふふっ」と笑った。
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