第19話
辻馬車を降りたハリィメルは肩を落として深い溜め息を吐いた。
(失敗した……)
家への道をたどりながら、頬を押さえて呆然とするロージスの表情を思い浮かべて、また溜め息が出る。
(平手打ちはまずかった。相手は公爵令息なのに……)
訴えられたらどうしよう。嘘告されたという事実といきなり背後から抱きつかれたという痴漢被害だけでどこまで戦えるだろうか。
なにせ向こうは公爵家だ。本気で怒らせたら、ハリィメルなど太刀打ちできない。
もしも、ロージスに訴えられたら、ハリィメルの家族は公爵家に目をつけられた娘など家に置いておけないと言うに違いない。慌ててどこかすぐにでも引き取ってくれるという相手に嫁がされる可能性が高い。好色な老人の後妻とか、粗暴な商人とか。
三度目の溜め息を吐きそうになって、ハリィメルは口をきゅっと引き結んだ。
とにかく、明日も改めて謝ろう。誠心誠意謝罪して、どうにか怒りを抑えてもらわなければ。
憂鬱な気分で帰宅したハリィメルは、上機嫌で出迎える母の姿を見ていっそう気分が重たくなった。
「おかりなさい、ハリィメル! 夕食にするから着替えていらっしゃい!」
母がうきうきと声をはずませている時は、ハリィメルにとってはろくでもないことが起こる予兆なのだ。
(ああ、いやだ……)
当たってほしくない予感ほど当たるものだ。夕食の席で聞かされたのは案の定ろくでもない話だった。
「約束が違うわ!」
ハリィメルはテーブルを殴りつけたくなるのを必死に耐えて怒鳴った。
「絶対にお断りよ!」
「なに言ってるの! せっかくマリーエルが紹介してくれたのに」
母は聞き分けのない子供を見るような目でハリィメルをたしなめる。
「それに、すぐに婚約しろっていうわけじゃないのよ。一度会ってみるぐらいいいじゃない。気が合うかもしれないし」
「結婚する気もないのに見合いなんかしたって時間の無駄よ!」
ハリィメルは苛立ちを隠さずに怒鳴った。
どうして母はこうなのだ。昔から、結婚することが女の子の一番の幸せだと思い込んでいる。
だから、ハリィメルが本気で怒って嫌がっていることにも、まったく気づかないままなのだ。
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