11年目 春

第9話 オッサンの生態について 1

 オッサンは普段こんな生活をしていたりしていなかったりします。


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 朝、とりあえず目が覚める6時半。

 昨日飲んだ割には飲みはじめも終わりも早かったせいか、いつもどおりの目覚めだ。


 誠司はシャワーを浴びて寝ぼけた頭をしゃっきりさせる。シャワーから上がり乱雑に髪を乾かしながら誠司はもう少し暖かくなったら髪を短くするかと考る。


 キッチンに向かい戸棚からロールパンの袋、冷蔵庫からバナナと牛乳とゼリー飲料をとりだしてリビングのローテーブルに置いたらソファーに座りスマホを見ながら食事をする。

 誠司の感覚では食パンはなにか付けないと食べにくいしジャムでも付けたら洗い物が増える、だからロールパンだし、牛乳も自分ひとりならラッパ飲みでいいと思ってる。洗い物はないほうがいい。


 一休みしているといい時間になる、このままで出ると丁度8~9時の混み合ってる時間とかち合う。かといって時間をずらそうとすると結局ダラダラと一日を過ごしかねない。普段ならそれもいいが、せっかく新人が入るらしいので冷やかしついでに行ってみようと思い直して身支度を始める。


 8時過ぎ、誠司はいつものジャージとビーサン姿で職場ダンジョンへ出かける。


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 練馬駅前コンビニ 新人店員


 今日がバイト初日、朝から先輩に色々を教わりながら仕事を頑張っている。先輩が「憶えが良くて助かるよー」って言ってくれるのが嬉しいからもっと頑張れそう。

 そういえば先輩はウチのコンビニには福の神様がいるって言っていたけどどんな人だろう。


「あ、あの人がそうだよ」


 どんな人だろうとワクワクしながらお客さんを見ると一瞬でテンションが下がった。ジャージ姿に無精ひげで全体的にだらしない感じしかしないオッサンだった。ワンカップ酒が似合いそうな感じで、いかにも近所のコンビニに来たって格好だ。


 そんな人が買い物カゴを持って食品類の品出しをしていた私達のところに来た。


「取っていいか。」

「どうぞ、どうぞ」


 先輩が機嫌よく対応するが、私は弁当一個に何を言ってるんだと思っていたら、その人は弁当を2,3掴んだらカゴへ、違う弁当を2,3掴んだらカゴへを繰り返していく。


「すまんがここに置かしてくれ。」

「なんなら、レジに置きましょうか。」


 弁当でかごいっぱいになったら、先輩はオッサンとレジの方へ行き、オッサンは新しいカゴを持ってきたと思ったら今度パスタや麺類、惣菜系も次々とカゴに入れていく。


「悪いが少しの間ここを頼む。」


 先輩は戻ってきて私に言ってレジ打ちに向かう、私は寂しくなった弁当棚の品出しに勤しむ。

 少ししたら先輩が戻ってきた。


「な、凄いだろ。」

「あの人何者なんです?」

「練馬の探索者っぽいよ、いつもアプリで支払うし。」

「探索者ってあんなに食べるんですか?」

「ウチは探索者はよく来るけど、2つ3つは当たり前ってぐらいかなぁ。」

「じゃあ、なんであんなに買うんですかねぇ。」

「オレにもわかんないねぇ。」


 二人で手を動かしながら、アレコレ雑談する。


「まぁ、週一ぐらいのレアキャラだと思っておけばいいよ。」


 先輩の言葉に納得して仕事を続ける。でもジャージ姿の福の神ってどうなんだろう。


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 誠司はいくつものコンビニ袋をぶら下げながら支部へ向かう。支部の中にもコンビニはあるがあそこにロクな食いもんは無い。あるのはダイエットという言葉自体を脂肪燃焼させるような矢鱈とカロリーと消費期限だけを求めて泥のような味のするチョコバーぐらいだ。

 あんなもん食うぐらいなら、適当な獲物狩って焼いて食ったほうがマシだと思っている。

 まあ、量を抱えてても支部の入口はすぐそこなの問題ない。支部の入口をくぐりいつもの受付に行く。


「おはようございます!探索者カードをお願いします!」


 カードを渡しつつ、状況を確認する。隣には肉食系受付嬢ひなぎくがいて、二人の間に一人の女性が二人の仕事を観察できるように座っている。

 見た感じデカい、何がとは言わないが二人とは比べ物にならない。ここで間違った答えを出せば、今後受付との関係に罅が入ってしまう。誠司はそう考えて真剣に悩み答えを絞り出した。


「…保護者か?」

「違います!新人です!」

「ヂッ…」


 湊はデスクを叩いて盛大に抗議し、雛菊はあからさまに舌打ちする。


「新人の矢野森雪芽やのもり ゆきめちゃんです!雪芽ちゃん、こんな失礼なオッサンなんて真面目に相手しちゃダメですからね!」


「えっ?」


 新人ゆきめはいきなり振られて混乱している。


「雪芽ちゃん!こうなったらオッサンを雑に受付してやっつけちゃってください!」


「えっ、えっ?!」


 湊は立ち上がると新人ゆきめの椅子を押して場所を入れ替わる。


「あ、あの…」


 新人ゆきめも「最初は見ていてください」と言われていただけに、いきなりのことに動揺して湊と誠司の間を視線が行ったり来たりする。


「探索者カードですよ…」

「あ、探索者カードの提出をお願いします。」


 湊が新人ゆきめの後ろについて、指示をする。流石に二年前のような酷いことはなさそうだ。


「そこにある。」


 誠司は探索者カードを出していて、すでにカウンター内にある。


「ぁぅ…」

「もう、気が利かないないですね!こういう時は「こんなこともあろうかと」って場面ですよ。」


「それでカードが出てきたら、ただの不正カードじゃねぇか。」


 探索者カードは基本一人につき1枚だ。ダンジョン誕生後、人類に確認されるようになった、なんか変なオーラ(便宜上魔力と呼ばれている)を下にしており、協会は探索者一人ひとり異なる魔力パターンを記録し認識している。


「次はセンサーですよ…」

「ぁ、はい。そちらのセンサーに手をおいてください。」


「おう。」


 その魔力パターンを判別するのがこのセンサーである。誠司はセンサーに手を置く。

 眼の前では湊が新人ゆきめに受付時の注意事項を説明しながら指示をする、新人ゆきめもいっぱいいっぱいになりながら操作を進めていく。


「受付完了です。」


 新人ゆきめが差し出してくるカードを誠司は受け取る。


「ぁの…、頑張って下さぃ。」


「おう」


 誠司は受け取ったカードをヒラヒラさせながらセキュリティゲートへ向かっていった。


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 練馬支部1F 併設コンビニ


 誠司は装備に着替えダンジョンに挑む前にロビーに併設されたコンビニへ寄る。


「いらっしゃーい」


 併設コンビニはポーションを始めとして高価なモノや貴重なモノを扱ってるためレジしか無い、購入の際には店内に置かれたタッチパネルから商品を選んでレジにて精算、品物を受け取る形となっている。

 また初心者装備も置いてあるがそれは触らせてもらうことが可能だ。


 誠司はポーションを始め幾つかのアイテムを選んで、レジに向かう。


「オッサン、ちょうどいいところに。今朝、中洲ダンジョンから新鮮なロケラン入荷したんだけど買っていかない?天然物だよ。」


 店員から今日の入荷品をオススメされた。


「誰が買うか。」


 新鮮なロケランってなんだよ、むしろ中洲じゃロケランを養殖していることに戦慄を覚える。


「せっかく火属性もついてるのに。」

「ロケランは大概火属性だろ…。」


 ションボリする店員を慰めることなく、誠司はレジで精算を済ませてアイテムをポーチへと突っ込むとダンジョンへ向かう。


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 練馬ダンジョン 26層 セーフティルーム 昼頃


 誠司が部屋の隅で朝に買ったコンビニの唐揚げ弁当をもそもそと食べていると影がさす。


「よう、オッサン良いもん食ってんじゃねぇか。」

「俺達にも恵んでくれよ。」


 いかにもガラの悪い4人組が絡んでくる。

 誠司は腰に手をやり、ポーチに手をいれる…。


「悪い、唐揚げ弁当は3つしか無い。」

「じゃあ、ペペロンチーノはあるか?」


 ガラの悪いヤツの1人が言うと誠司は頷いて、ポーチから弁当を出すと4人組は受け取る。


「定価の+200円な。」

「ボッタクリじゃねぇか、しかも冷てぇし。」


「ダンジョン価格だ。」


 全員がスマホを取り出してダンジョンアプリの電子マネー機能から誠司に送金をする。


「毎度。」


 4人組が誠司の横に座ってモソモソと弁当を食べ始める。冷たい弁当はあまり美味くないのだろう冴えない顔で弁当を口に運んでいる。それを見た誠司はポーチに手を突っ込む。


「っんだよ」

「サービスだ。」


 誠司は近くに座っているリーダーっぽいアフロにチョコスティックパンを放る。サービスと聞けばアフロも素直に受け取る。アフロは弁当を食べ終えた後チョコスティックパンを仲間とわけあうと、懐かしさと貧しかった過去を思い出す。

 だが食べ終えてしまえばそれで終わりだ、こんなところダンジョンで過去を懐かしんでいる暇はないとアフロ達は立ち上がりセーフティルームの外へ向かう。


「ごちそうさん」


 一方、誠司はセーフティルームにたどり着いた他の探索者相手に冷たい弁当を売ったりしていた。


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 探索者協会練馬支部 6F食堂 昼


 湊と雛菊と雪芽が一緒に食事を取っている。


「あの、なんで私一回だけ受付業務したんですか?」


 雪芽は疑問に思う、実際あの後は湊に交代して見学や他の業務の説明や手続きなどで特に問題なく終了した。それだけにあの一回は何だったのだろうと。


「あのひとはー、2年前私が初めて受付業務をした人です!」


 湊が今日から始まったリザードマンフェアのリザード麺(540円)を食べながら嬉しそうに話す。そんな理由でいきなりやらされたのかと雪芽は内心思う。


「雪芽は、練馬の冒険者知ってる?」


 雛菊は雪芽に問いかける、ちなみに彼女はリザー丼ギガ盛りミートMAX(980円)だ。


「はい、『ブランディッシュ』の新納さん、千堂さん、荒屋敷さん、熊味沢さん、『ボイジャー』の蓮さん…」


 雪芽は練馬のA、Bランクの有名どころがツラツラと並べ始める、ちなみにオッサンの名前は出てこない。なら何故とも思う。


練馬ウチの面倒臭い、探索者代表」


「え、怖い人なんですか。」


 雛菊の言葉に雪芽は「なんて人を担当させたんだ」と湊をジト目で見ながら、トカゲの塩生姜焼き定食(490円)を口に運ぶ。


「怖くない、面倒臭い」


 今日が初日の雪芽には当然違いがわからない。


 ちなみに面倒臭いとは、協会内で問題行動を起こす探索者のことではない、そんな輩は実力ぼうりょくを持って対処するのが職員だ。現に湊はDランク、雛菊はCランクの相当の実力を持っている。では、面倒臭いとは何かと言われたら与えられた権利の中で他人には理解できない理屈や感情を優先して、建前やら人付き合いを二の次、三の次にする様な探索者達のことである。

 それが全くの没交渉なら割り切れるが、オッサンの場合下手に付き合いのいい所もあるから面倒臭さに輪をかけている。


「と・こ・ろ・で、雪芽ちゃんは~なんで箕輪さんだけ名前呼びなんですかねぇ~、お姉さん気になっちゃいますよ~。」


 湊の乙女心センサーが反応したのか喰い付いてくる。ついでにお姉さんとか言ってるが短大卒の湊と4大卒の雪芽は同い年だ。


「それは、その…」


「『ボイジャー』の帰還が早くて残念だったねー、もうちょっと遅かったら会えのに。」


 もじもじと頬を赤らめる雪芽に、湊が楽しそうに絡んでくる。


「ランクアップ面談、その時に会える…かも。」

「本当ですか!」


 雛菊が一筋の糸を垂らすと雪芽は目を輝かせる。Bランクからランクアップは力だけでなく為人も見られるようになる、Aランクならなおさらだ。着実に練馬で実績を重ねてきてAランク確実だと思われている『ボイジャー』とて例外ではない。

 その時にタイミングが合えば会わせようというのだ。


 ガールズトークに終わりはなく何時までも続く、だが休憩時間には終わりはある。時間いっぱい掛けて食事を終えると、会話の続きをしながら仕事に戻っていった。



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 人物紹介

 

 矢野森雪芽やのもり ゆきめ…4大卒の新人、まだまだ練馬のノリについていけない。髪は暗いグレイでセミロング、168cm、でかい


 猛炎汗モヒカーン…アフロ、ドレッド、パンチパーマ、スキンヘッドからなる登場時Dランクの4人組チーム。モヒカンはいない。見た目のガラは悪いがダンジョンから出ると普通に礼儀正しい。ダンジョン内でそういうロールプレイを楽しんでるようだ。意外と最近の成長株のチームでもある。


 ●練馬支部職員食堂 春のリザードマンフェア

 ・リザー丼…食堂長特製のにんにく塩麹ダレに漬け込んだ肉を焼いてご飯の上にたっぷり乗せた丼、リザードマンのガラで取ったスープ付き。味変用に七味、柚子胡椒等あり


 ・トカゲの生姜焼き定食…塩生姜ダレの味付け、肉はロースではなくバラ肉のような感じで一口サイズの大きさ。ご飯、スープ付き。


 ・リザード麺…リザードマンのガラを炊いたスープが特徴のラーメン、味は醤油と塩から選べる。麺は普段食堂で使用している業務用麺。ちなみに定食とかに付いてくるスープのベースはこれ。


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