第8話 酒と受付嬢とオッサンとダメだし 2

 誠司と湊が飲み始め、途中から肉食系受付嬢こと道明寺雛菊が参加し夜はまだまだ続いていく。


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 3時間後


「全くオッサンはぁ、乙女心を理解してないんれす~。わかってまふか~。」


 酔っ払いが串焼きをかじりながら、厚焼き玉子に向かって説教している。串を突き刺すのがお仕置きのつもりらしい。

 雛菊は猿田屋が近所にサブブランドで展開しているラーメン屋のホルモンラーメンをすすっている、ちなみにトッピングはホルモン大盛りとチャーシュー大盛りだ。


「ホルモンの脂は焼酎で一気に流し込むのが…合う。」


 言ってることがまるでオッサンである。

 誠司は紅生姜串を齧りながら二人の姿を見て、楽しい気分になっている。やはり飲み会はこうでなくてはと、いちいち誰かのグラスの減りを気にしたり、瓶ビールのラベルの向きを注意しながら上司に注いで回って飲む酒の何が楽しい。好きに飲んで食って騒いで、酒と店と周囲に最低限迷惑をかけなければそれでいいじゃないかと。現にまわりの酔っぱらい共も楽しそうだ。



 いい時間になったことで通りも人が増えてきた、誠司は通りを眺めながらジョッキを傾けていると顔にベショリと温かいものがくっつく。見れば湊が厚焼き玉子を誠司の頬にくっつけている。


「はい、あ~ん。」

「どうやったって、そこじゃ食えねぇよ。」


「じゃあ、あらためて~、私の乙女心をうけとってくださ~い~、はい、あ~ん。」


 湊が差し出してくる厚焼き玉子を誠司は一口で口にいれる。正直大根おろしを乗せたほうが好きなのだがそれを言ったら面倒なことになりそうなので黙って食べる。好みの差はあれど老舗の味だ、やはり美味い。


「ぐふふ~、ぢゅふふ~、小山さんが私の乙女心を一口ですよ~。」


 何が嬉しいのか酔っ払いがグネグネしている。彼女の前には串を突き刺した跡がある厚焼き玉子おとめごころ三切れはんぶん残っている。誠司はこの年になって乙女心は6つに切り分けられることを知った。


 ラーメンを啜りながらそれを見ていた雛菊もなにか思いついたようだ。


「私の、乙女心…」


 雛菊は丼からいくつかホルモンを箸で掴み差し出してくる、モツに乙女心はあるのかと考えながら誠司も今更かと素直に応じる。


「はぃ、ぁーん。」


「お、結構美味いなこれ。」


 ホルモンの脂とラーメンスープの醤油味が意外とマッチしている、ホルモンの脂も程よくスープに溶け出ているのだろう肉自体もさっぱりと食べやすくなっている。


「あ゛ー!浮気者ーーー!!オッサンはそうやっていっつも女の子の乙女心をつまみ食いするつもりですねーーー!先輩!わたしにもください!」


「はぃ、ぁーん。」


 酔っ払いは騒ぐだけ騒いだらひな鳥のように口を開けて待っている、雛菊がそこにホルモンを放り込んでやると嬉しそうに頬を緩ませる。全く意味がわからんが酔っ払いなんてそんなもんだ、楽しければいいのだ。


「おーい、ホッピーナカ頼む。あとシロ、ガツ、テッポー」

「蕎麦焼酎ロック。ハラミ、タン、カシラ」

「生とハツおねがいしま~す。」

「はーい、ただいまー!」


 夜街は灯りに包まれる、闇夜の灯りに群れる人々の歓声は街中に響いていた。


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 4時間後


 再び湊はダウンし、雛菊の膝枕のお世話になっている。

 誠司は今更残っていた箸休めのキャベツに手を出しつつ、ジョッキを煽る。雛菊は追加で頼んだ串盛りをつまんでいる。


 特に会話はないが問題ない、会話で盛り上がるのもいいが、こうして落ち着いて飲むのもいいものだ、居酒屋特有の騒々しさもこの場のアクセントだ。


「串一本もらうぞ。」

「うん」


 雛菊は串を差し出してくる、多分本人ランキングで下から選んだ串なんだろう。誠司も何も言わずに受け取って齧り付いて酒を飲む。


「キャベツも食え。」

「いらない」

「…もうたべられましぇん。」


 どこまでもベタなやつだと笑みが浮かぶ。

 時計を見ればあと数時間で4月1日になる、誠司はふと新人の話が頭に浮かび2年前の二人の姿を思い出す。受付窓口でガチガチに固まった湊の後ろに雛菊がじっと立っている。今思い返すと二人ともテンパっていたんだろう。


「なあ、お前から見た向井はどうだ?」

「…すごく、立派になった。」


「そおかぁ?」


「それは、貴方が、受付の時しか会ってないからわからないだけ。湊はいっぱい頑張った、立派になった。」


 雛菊は寝息を立てる湊の髪を梳くように優しく撫でる。


「そうか」


 誠司は何かを飲み干すようにジョッキに残る酒を全てあおって立ち上がる。


「会計してくる」

「うん」


 誠司が戻るまでの間、雛菊は湊の頭を撫でていた。



 店を出てると誠司が湊をおんぶして、雛菊が荷物を持って歩く。


「私でも、持てる」

「外聞が悪いんだよ」


 雛菊は不満気だが、誠司にしてみれば雛菊に背負わせて自分が荷物持ちで通りを歩けばどんな目で見られるかわかったものではない。

 ちなみに練馬の職員は定期的にダンジョンへ入って鍛えるため、雛菊も湊をおんぶするぐらいの力は余裕である。


「そういや、社宅ってどこだ?」

「こっち、すぐそこ」


 千川通りを中村橋の方へ向かって歩く、駅前を通り過ぎて目白通りとのなんとも言えない微妙な交差点の手前で雛菊は止まる。


「ここ」


 そこそこ大きなマンションに支部長あのジジイ頑張って買ったんだろうなと思う。

 入口のセンサーは協会と同じ仕組みだろう、雛菊が手を当てるとオートロックの扉が開く。


「こっち」


 扉をくぐってエレベーターで3Fにあがる。


「ここ」


 雛菊が指した扉の前で湊を下ろす。後は雛菊がやってくれるだろう。


「あがってく?」


 何時になくイタズラっぽい笑みを浮かべる雛菊


「やめとく、お互い明日も早いしな、明日は向井コイツが先輩風ビュービュー吹かすらしい。俺達が遅刻するわけもいかんさ。」


「オッサンは始業時間無い」


「そうはいうなや。」


 誠司は苦笑いしながら立ち上がり、エレベーターへ向かう


「明日」


「おう、またな。」


 誠司はマンションから出て、千川通りを歩き始める。目白通りを超えれば桜並木、夜風が桜の花びらを運んでいく。


向井アイツ、明日春一番より青い顔してなきゃいいけどな。」


 はらはらと舞い落ちる桜を眺めながら誠司はつぶやく。


 季節は春、花は散りはじめ、枝には新緑の命が芽吹いていた。



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 オッサンのフォーシーズンスファッションショー


 春

 ジャージ上下とビーサン

 夏

 ハーフパンツとTシャツとビーサン、麦わら帽子

 秋

 寒くなるまでTシャツとジャージ(下)とビーサン

 冬

 ジャージ上下とビーサン、寒かったら上にアメ横で買ってきたミリタリーコートにニットキャップ

 雪が降ったら危ないからジョグシューズ

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