第7話 酒と受付嬢とオッサンとダメだし 1

 女子高生達を見送った誠司は相変わらずソファーに座ってスマホをいじっている。16時まではまだまだ時間があるしラーメンでも食いに出ようかと考える。誠司は自分の性格だといま外に出たら面倒になって家に帰りそうだなと思い直して諦める。

 だが本格的に暇をもてあます、流石にロビーをウロウロして他の探索者や職員の邪魔をするわけにもいかない。

 どうしたもんかと悩んでいたら、スマホに通知が表示される。


 少し前に連絡先を交換したダンジョン部の駒沢灯里からだった。


「これは効くなぁ。」


 DMには5人の楽しそうな顔とそれぞれのスイーツの写真が送られてきていて、空きっ腹を抱えた誠司は返信しながら時間が早く過ぎることを願うばかりだった。




「お待たせしましたー!」


 ようやく16時を迎え、仕事着から着替えた湊がやってきた。


「おー、待った待った。」


 誠司は言葉ほど気にする様子もなくソファーから立ち上がる。2人揃ってセキュリティゲートを出ると、誠司は受付に向かう、いつものが後ろから見ているのは変な気分だ。とりあえず肉食系受付嬢にカードを渡し、センサーに手を置く。


「お肉……。」

「肉じゃね…いや、肉か?まあ、なんかあったら向井アイツから連絡させるわ。」

「うん、…受付完了です。お疲れ様でした」


 誠司はカードを受取り湊のところへ向かう、その背中を肉食系受付嬢こと道明寺雛菊どうめいじ ひなぎくはじっと見つめていた。

 …きっと隙あらば背中から齧りついたに違いない。


 組合の建物を出ると湊がはしゃぎだした。


「今日はどこがいいですかね~、イタリアンですか?フレンチですか?それともワインバルもいいですね~。」


「アホか、こんな時間からやってるか。それにそんな店にこの格好ジャージで入れるわけねぇだろ。」


 そう、湊の若者らしい春コーデに対して、誠司はいつものジャージとビーサン、並んで歩くと違和感バリバリの2人である。


「俺のいつも行くの店でいいだろ。」

「え~、絶対オッサンくさそう。」

「オッサンで悪かったな、その通りだよ!」


 2人で騒ぎながら練馬駅南側に向かっていった。



 到着したのは南側の飲み屋街にある老舗居酒屋 猿田屋、どう見てもダメな大人たちが昼間から集まって酒を飲んでる。


「え~、ここですかぁ。」


「そうだよ、ここの低温調理レバ刺しは最高だぞ。」


「え、なにそれ気になりますー。」


 店の雰囲気にちょっと引いたものの、湊はおすすめ料理を聞いて目を輝かせる。誠司はそういやコイツぐらいの年齢だと生レバーなんて食ったことなんだろうなぁといらんところで年齢差を感じていた。


「おう、空いてるかい」

「お好きな席へどうぞー!」


 誠司が扉を開けて店員に聞くと、響くように返ってくる。服にタバコの匂いがうつるのも可哀想なので外の席を選ぶとすぐに店員が注文を取りに来る。


「誠司クン、らっしゃい。お、今日は彼女連れ?」


「ちげぇ、コイツは…………なんだ?」

「なんだとはなんですかー!」


「まあ、アレだ。仕事でいつも世話になってるヤツだ。」


 誠司の言い分に湊は抗議するが、その後のフォローで機嫌を治す、チョロい。


「それじゃ、お飲み物は。」


「「生で」!」


「他にご注文ありますか。」


「好きなもん頼んでいいぞ。オレも適当に頼むから」

「じゃあ、レバ刺しと、たたききゅうりとチャンジャともつ煮と~……」


 宴はまだまだ始まったばかりである。



 ************************

 1時間後


「オッサンはぁ、乙女心がわがっでないんですよ~。」


 誠司は酔っ払いに盛大に絡まれていた、なにか変なものを飲ませたわけでもないし、酒を飲むことを強要したつもりもない。ただ肴をつまんでアレコレ話しながら飲んでいただけだった。


「それなのにオッサンは私のこと"いつもの"とか"コイツ"とか~、アタシの気持ちも考えろってんだ~!」


 湊が空になったジョッキを、誠司の顔面にグイグイ押し付けてくる。手を払うわけにもいかないので大人しく受け止める。


「すいませ~ん、生もういっぱーい!」

「は~い、ただいまー!」


 店員が持ってきたジョッキは誠司が受け取り、湊の空いたジョッキを店員へ渡す。


「スマンがコイツに水持ってきてくれ。」


「あ~!またコイツって言った~!」


「悪かったよ、もう言わねぇから。ほらビールみずだ飲め。」


 店員の持って来きてくれた水の入ったジョッキを湊に握らせる。


「…ップハァ、もう一杯だぁ!」


 乙女心とやらは酔っ払いにも存在するのだろうか、だとしたら周りの酔っぱらいのおっさんども実は乙女なのか、そんなくだらないことを考えながら誠司はジョッキを傾けた。


 まだまだ宵の口、夜はこれから。


 ************************

 2時間後


「…クゥ」


 湊は完全にダウンしていた。誠司はそれを眺めながらのんびり酒を飲む。


「どうしたもんかなぁ…。」


 流石にこのまま放って置くわけにもいかない、社宅に住んでるっての聞いたことあるが場所を知らない、かといって家に連れ込むわけにもいかない。ちびちび酒を舐めながら考えてると天啓の如き閃きが舞い降りる。


「おい、向井起きろ、おい、先輩に連絡しなきゃダメだろ、起きろ!」


 湊の肩を叩いて起こす。


「…むぃ、せんぱいぃ?」

「おお、そうだ先輩だ、あの…肉食系先輩だ。」


 湊はなんとか反応するが誠司は誠司で人の名前をド忘れしている。頭に顔は浮かんでも名前が浮かんでこない、老化と酔いのダブルパンチに記憶力がノックアウト寸前だ。


 湊はのそのそとカバンからスマホを出して操作し始める。


「…ひなぎぐぅせんぱぁいぃ……」

『もしもし、湊?大丈夫?』


 どうやら通話はつながったらしいが、湊は力尽きたか再び机に突っ伏してしまう。


「小山だ、スマン向井がダウンしたんで迎えに来てくれると助かる。場所は南側の猿田屋だ。」


『わかった、あと20分したら上がりだから待ってて』


 それで通話が切れる、誠司はそういや以前湊が肉食系先輩に抱きつきながら「社宅で部屋が隣なんですよー」と言っていたのを思い出した。そういやそんなこともあったなーと湊との過去を思い出しながらジョッキを傾ていた誠司がここである決断を下した。


「すまん、泡盛ロックを頼む。あとハツ、ボンジリ、バラ、ニラ玉」

「はい!ただいまー!」


 そろそろビールは終わりで別のものを飲もう。



 肴と酒があれば時間はあっと過ぎていく、ましてや今日は晴天、今は春だ。近くの寺に植えられた桜から花びらが風に乗って通りを舞っていく。空を見上げれば綺麗な半月が見える。これで雪でも降れば完璧だが雪月花は同時には望めない。


「月が綺麗」

「死にたかねぇんだけどな。」


 道明寺雛菊が到着した、雛菊は近くのあいてる席から椅子をかっぱらって、誠司と同じテーブルにつく。


「好きなもん頼め。」

「うん。」


 雛菊は湊の頭を持ち上げると自分の脚において膝枕をする。


「いいのか?」

「うん、いつもこう。湊は案外酒癖悪い…、それにあと30分ぐらいしたら起きて、また飲み始めるから。」


 誠司はいつもなのかと湊の酒癖の悪さと、雛菊の面倒見の良さに感心しながら店員を呼ぶ。


「ホッピー黒で。」

「生と串10本盛りとピリ辛牛すじ煮込みと特大つくねと猿田屋カレー特盛、とりあえずはそれだけ。」

「はい、まいどありー。」


『とりあえず』か、長くなりそうだなぁと誠司は思いながら月を見上げてグラスを傾けた。


 月は空に上がり、夜街はこれからが本番。



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猿田屋…モデルは練馬南口方面にある春田屋、実際にサブブランドでラーメン屋を出していたこともある。

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