第22話 オッサンもいっしょ

 動画を撮影してから少したある日。

 結局、誠司が引率することを条件にダンジョン部がダンジョンに潜ることへの許可が出て、その日はダンジョン部の連中の引率する日だった。


 誠司はたまたま気が向いてちょっと早めに出て受付を済ましセキュリティゲートの脇に立っていると、ダンジョン部の青山咲希が一番最初に現れて受付を済ましてこちらに来た。


 そして誠司のジャージの袖をつまんで言った。


「お父さん」


 周囲が一気にざわつく、自衛隊ガードが誠司をチラチラどころかガン見している、きっといつでもひっ捕らえることが出来るようにだろう。


 ついでに誠司もびっくりだ。年齢的にはこの年頃の娘がいてもおかしくないが身に覚えがなさすぎる。確かその頃に付き合ってる女性はいなかったし、そんなに遊んでもいなかったはずだと記憶の底を掘り返している。


「いや、俺はお前のお父さんじゃないんだが…。」


「…パパ?」


 咲希が首をかしげながら言う、かわいい。いやそうじゃない。


「いや、パパでもないんだが」


 不意に誠司の肩に手が置かれる。


「ヘイ、ユー。ちょっと上でお話しないか?」


 振り返れば自衛隊ヤツがいた。


 後にこのことは「オッサンパパ活事変」として記憶され、中堅探索者モテないヤロー共が若手教育に乗り出すきっかけとなった。だが彼らの野望が成就したのかは誰も知らない。


 ************************


 練馬支部2Fの自衛隊詰め所へ連れて行かれ事情を説明する。


 別室でも咲希が事情を聞かれていたが、幸いいかがわしい関係ではないことが理解してもらえたおかげで、時間を置かずに開放された。


 誠司と咲希と並んで歩く。


「ごめんなさい」


 思ったより大事になったことに咲希がしょんぼりした様子だ。


「いいさ、お父さんにはなってやれんが近所のオッサンぐらいにはなってやれる。」


 昔の歌にわがままは男の罪なんて歌詞があったが、女の子のちょっとしたわがままを叶えてやるのは男の度量だろう誠司は思う。


「…うん、オジサン」

「おう」


 二人でセキュリティーゲートへ向かう、きっと他のダンジョン部の面々は待ちくたびれていることだろう。



「ちょっとー、待ってたんだけどー」「だけどー」

「オッサン、沙希とどこ行ってたん?」

「小山さん、遅刻ですよ。」


 ダンジョン部と合流すると、口々に文句を言われる。


「スマン、俺が周りを誤解させて怒られてた。」

「ごめんなさい」


「仕方ないなー、帰りにケーキ奢ってくれたら許してあげる!」

「そうだよ!」「シュークリーム」「私苺がいっぱい乗ったやつ!」


「それくらいならお安い御用だ。」


 誠司は部員の面々に詫びる。部員達もなにかあったと察し、それ以上は踏み込んでこなかった。そして帰りのお楽しみを口にしながら更衣室へ向かっていった。



 ************************


 誠司と部員達は装備に着替えて、一層に入る。そして部員達を前にして誠司は立つ。


「前も言ったが、俺は剣も槍も教えることが出来ない。だから今日教えるのはダンジョンでの過ごし方だな。」


 そう言って誠司は、先日から預かっていたナイフを全員に手渡していく。そうは言っても部員達にはあまりピンときていないようだ。部長の灯里が代表に聞く。


「今日はなにするんですか?」


「まあ、俺がいつもやってる様なことを体験してもらおうかと思っている。例えば一層ならスライム狩り、兎狩り、山菜採り、そういったのだな。じゃあ、行くぞ」


 あまりダンジョン部の活動と変わらなそうで部員達はちょっとガッカリしているが、誠司は気にせず歩みを進める。


 そうして歩いていると、第一村人スライムを発見した。


「じゃあ、購入リストに書いたスリングショットパチンコはあるか?」

「はい、全員分はありませんが幾つか購入してます。」

「そうか、それでスライムアレを撃って倒してみろ。」

「剣は使わないんですか?」

「今のところはな。」


 部員達に10m程度の距離から持ち回りで撃たせてみる、初めてだから当たったり外れたりとそんな感じだ。それでも5,6発も当たれば一層のスライムなら倒せてしまう。


「スリングショットや投石はお手軽な遠距離武器だ。先手を取ったり、相手の気を引いたり、あとお前らは今、剣と槍しか無いからな相手との距離が離れている時に撃ち込んだりと一手増やすことが出来る。

 あとスリングショットは弾が安価で手に入りやすいこと、それなりの量を持ち運びし易いことなんかが利点だ。飛距離や威力なんかは弓に劣るけどな。」


 核石を回収させて次のスライムへ向かう最中に、歩きながら誠司は部員達に解説する。

 そのあとも、スライムをスリングショットで倒して次へ向かう、そんなことを繰り返していれば、全員それなりに当たるようになってきた。


「じゃあ、次は兎狩りだな。ここからはそれなりに気を使って移動するからあんまり騒ぐなよ。」


 兎狩りと言っても、先日の不良探索者イエローのようなバニーちゃん狩りではない。ラピッドヘアと呼ばれる一~三層付近に出現する魔物のことで、ある程度近づくと猛烈な勢いで逃げていくことから、剣一本担いでダンジョンへ入るような初心者探索者には鬼門となる魔物でもある。


「え~、ウサギ~?」「かわいそー」


 部員の2年たちから声が上がる、多分ペットのウサギのモフモフを想像してるんだろう。


「私達まだウサギ狩れたこと無いです。」

「近づくといっつも逃げられちゃうんだよねー。」


 逆に3年は見たことあるせいか落ち着いている。


「ペットのウサギとは違うから結構見た目ワイルドだぞ。ほらアレだ」


 誠司が指さした先、大体50m程度離れた草むらからウサギが顔をのぞかせている。


「さて、この辺から静かに行くぞ、斥候スカウトの動きを他の奴らは参考しろよ。」


 とはいえ、まだまだ初心者に毛の映えたような斥候なので、誠司の動きを斥候が真似て、それを他のメンバーが真似てという動きをしながら、全員で近付いていく。相手との距離が大体20m弱まで近付いたところで停止させる、こなれてこればもう少し近付いてもいいが今はこの辺が限界だろう。


「スリングショットを持ってる奴らが一斉に撃て、あとの奴らは仕留め損なった時の追い打ちの準備をしておけよ。合図は駒沢に任せる。」


 誠司が囁くように伝えると、部員達は頷き準備をする。


 全員の準備が整ったところで、灯里の合図でスリングショットが撃ち込まれ、他の部員が走り出す。

 幸い、一発がいいところに当たったのか、スリングショットだけで仕留めることができてラピッドヘアが横たわっていた。


「うお~、意外とおっきい」

「あんまりモフモフしてないね」

「想像してたのとちょっと違う。」


 仕留めたラピッドヘアを観察しながら部員達は口々に感想をいう。


「ほれ、さっさと核石をとりだせ。そのためのナイフだろ。」


「「「うぇ?」」」


 誠司がやっていくれるとでも思っていたのか、部員達は誠司の方を向いた。魔物然した魔物ならともかく、見慣れた動物には抵抗があるのかもしれない。


「私がやります。あの、やり方の指導をお願いします。」


 灯里が率先して手を挙げる。灯里はナイフを抜くと獲物に近付いて誠司の指導の元、核石を取り外してドロップを確定させる。今回はラピッドヘアの枝肉がドロップした。


「お、今回は当たりだな。」


「そうなんですか?」


「一層じゃ、そこそこの値段で売れるし。煮ても焼いても美味い。海外じゃウサギ肉は割とメジャーな食材だ。」


「あ、私もフレンチのお店で食べたことあります。美味しかったです。」


 他の部員達が眺めるなか、雑談しながら灯里は自分の背嚢に兎肉をいれる。オッサンはその年でフレンチか、やっぱみんないいトコの子なんだなぁと遠い目をする。せいぜいオッサンは池袋でウサギの丸焼きを食ったぐらいだ、美味かったが。


「ねぇ、オッサンってどうやって獲物を探してるの?」


 一羽目を仕留めたあと、次の獲物を探して歩いている最中に洋子から聞かれた。彼女は斥候担当の部員の中では一番経験が豊富で、それ故に誠司の獲物の探索方法が気になった。


「今はスキルを使っているが、基本は下調べだな。今回の兎みたいに野生生物を模した魔物であれば、元の生き物の習性に近い動きをするし、伝説上の生物を模した魔物であればその伝承に近い事が多い。

 今だったら野ウサギの習性から確率の高いところを選んで、向かうようにしている。ほれ、ああいった草むらとかな。」


 誠司の指さした先にはやはりラピッドヘアがいる、先程と同じように近付いて仕掛けるが、運悪くスリングショットが全部外れて逃がしてしまった。


「斥候はチームの目や耳だ。最終的な判断はリーダーが下すとしても、その判断が正しく下せるように情報を持ち帰り、整理し、伝えるだけの知識が求められる。」


「でも、次に何がいるか、わかんないことだってあるじゃん。」


「だから、それが判断できるように色々勉強しなきゃいかんってことだ。」


「うむー、学校の勉強も詰め込んで、ダンジョンも詰め込んで大変だー。」


 勉強は苦手らしい洋子は頭を抱える、誠司もその様子には苦笑いだ。


 それからも部員達とあれこれ話しながら兎狩りを続け、時に仕留めて、時に逃がして、核石取りを体験させながら、ついでに草むらに生えてる食べられる野草や山菜を採取していく。


 最終的にはスライムと兎の核石をそれなりに、枝肉4個、兎皮7枚のドロップや大量の野草を集めて、部員達も自分たちの結果に満足げだ。


「さて、こんなもんか。野草や山菜は種類ごとにタコ糸なり麻紐で束ねておくと買い取りからの印象が良くなるぞ。」


「「「はーい」」」


「さてこれからだが、とりあえず食うぞ。」


「「「えっ?」」」


 誠司は部員達に指示してレジャーシートを広げさせると、ポーチから七輪を出して部員達に火起こしをやらせたり、ナイフで枝肉の解体をやらせてたり、また他にも部員達に持ち込ませたキャンプ用のガスバーナーでお湯を沸かし、アク抜き不要な山菜類を湯がかせたりと色々指示をする。

 最初はおっかなびっくりだった部員達も、少しすると慣れて楽しそうに作業をしていく。


 部員達の前に、一口大に切られた肉や、麺つゆマヨで和えた山菜が並ぶ。


「「「いただきまーす!!」」」


「肉はよく焼いて食えよ」


「はーい」

「まだ焼けないかなー」「置いたばかりじゃん」

「ん、意外と草おいし」「ちょっと苦い」

「さすが焼肉のタレ、何にでも合いますね」

「こっちのシーズニングソルトかけて焼いてみたらどうかな!」

「フフ、やはりカレー粉は最強」

「うさぎおいし~」


 部員達には塩や醤油をはじめとして好みの調味料・香辛料を持ちませている、どれも百均で揃うようなものだ。それを思い思いの方法で焼いて楽しんでいる。


 とはいえ今回解体したのは一羽だけだ、一人にしたら100g程度、部員達が残りの枝肉に目を光らせる。


「今日は一羽だけだぞ、お試しだからな。それに今回はドロップで確定させたが、自分達で解体することができれば肉や皮は毎回手に入る。その分手間や時間はかかるがな。」


 誠司が火の始末や、七輪の片付けを行いながら、解体作業が出来ることの利点と欠点を語る。誠司はソロなので欠点の方が目立つが、彼女達はチームを組んでいるので利点は大きいだろう。


「あの、それってアイテムポーチですか?」


「そうだ。」


 誠司がポーチに使った物をしまっていくのを見て、部員の一人がポーチに興味本位に手を伸ばしてくる。


「触るな!」


 思いも寄らない誠司の強い言葉に、部員もビクッとして手を引っ込める。


「いいか、ダンジョン内で信用できない探索者の装備に触れたり、受け取ったりするな。特に気軽に装備に触れて来ようとするヤツ、渡してこようとするヤツは、まず間違いなく罠だ。」


「でもオッサンのことは信用してるよ」


「そいつは有り難いが、探索者の中にはリスク覚悟で所謂呪い付きの装備やアイテムを使っているやつもいる。ハマればメリットも大きいしな。そういった事も考えると迂闊にメンバー以外の装備に触れるべきじゃない。」


 誠司の言葉に部員達は不良探索者を縛り上げた黒髪縄を思い出す。


「さて、今日のところは上がるか。そろそろ出ないとお茶の時間もなくなるぞ」


 あらかた片付けが終わって誠司は気分を変えるように言う。部員達もお茶と聞いてお目を輝かせて立ち上がった。


 今日は一層、出口はすぐそこだ。



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 池袋には本当にウサギの丸焼きを提供するお店があります。


 あとこういう歌詞の引用って、オッケーなんですかね?

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