第13話 カエルは踊る、探索者のために

 小料理店で飲んで数日後、休日を挟んだりしながら、誠司は練馬支部に顔を出す。いつものはいない、バリキャリは後ろで仕事している、受付は雪芽しんじん肉食系ひなぎくが付いているのでそこに並ぶ。


「おはようございます、探索者カードをお願いします。」


 少しは慣れた雪芽の対応に誠司はカードを出して、センサーに手を置く。


「雛菊、昼前に上がるから支部長ヒキガエルのジジイにどこか時間空けるように伝えてくれ。」

「わかった、時間は?」

「30…15分でいい。」


「えっ、…あの受付終了です。今日も一日がんばってください。」


 雪芽は自分の頭の上でされる会話に追いつけず、困惑しながらも受付業務をこなす。


「おう。」


「『ボイジャー』が今朝方帰還したわ。八十層突破したそうよ。」


 そう湊が誠司に声を掛ける。今日は朝からツイてるな、誠司はそう思いながら雪芽からカードを受け取るとセキュリティーゲートへ向かう。


「雛菊先輩…いまのは?」

「言ったでしょ、面倒臭いって。少し電話する、受付進めてて」


 そう言って雛菊は後ろのデスクの電話の受話器を取ると何処かへ電話をかける。雪芽はこの時受付を進めながら終わった話だと思っていた。



 ************************

 練馬支部ロビー 12時40分


 矢野森雪芽は道明寺雛菊と共に誠司の前に立っていた。


「雛菊先輩、なんで私まで…」

「何事も経験」


「手間かけさせて悪いな。」


 誠司は誠司でかけらも思ってない感じで言う。


「ついてきて」


 雛菊は雪芽と誠司を連れて職員専用となっている廊下を進みエレベーター乗って最上階へ向かう。これから支部長室に向かうと聞いている雪芽はちょっとビビり気味だ、入社数日目なのだから仕方ない。逆に誠司は落ち着いている。


「あの」

「ん?」

「なんでそんなに落ち着いてるんですか?」

「探索者になって10年来の付き合いだ、今更だろ。」

「ウソ、探索者になって何年も経つのに支部長に会ったことない人、いっぱいいる。」


 そんな話をしていると丁度エレベーターの扉が開く。このフロアの最奥が支部長室だ、雪芽は数日前に任命式で初めて入って二度目になる、緊張してくるのに隣にいるジャージのくたびれたオッサンが屁でもなさそうなのが憎らしい。


 雛菊が支部長室のドアをノックする。中から「どうぞ」との声があり三人は部屋の中へ入る。


「「失礼します。」」「邪魔するぞ」


 部屋の奥に支部長引田筧留ひきた かけるがおり、手前の応接スペースには右腕・副支部長の鶴見卓志つるみ たくしがソファーに座ってお茶を飲んでいる。


 引田筧留は20年間練馬支部をまとめ上げた誰もが認めるドンだ。姿は白髪のバーコードハゲ、タラコ唇にでっぷりとした体型、漫画やアニメで悪徳企業の会長と言われて描かれるような姿を体現したような見た目の人物である。

 副支部長の鶴見卓志も引田と共に練馬支部設立当初から関わり辣腕を振るってきた人物なのだが、見た目は白髪交じり髪をピッチリとした七三分け、黒縁メガネ、ひょろりとした体型に胡散臭い笑みを浮かべいて腰巾着の小物臭しかしない。


「なんだ副長もいるのか。」

「お前がわざわざ会いに来るなんて、碌なことがないからな。鶴見君にも同席してもらった。」

「お手柔らかにお願いしますよ。」


 誠司はそのままどかりと応接セットの反対側のソファーに腰掛ける。


「道明寺君と矢野森君だったかな、案内ありがとう。おい、小僧聞かれちゃ拙い内容か。」

「特に問題ない。」

「ふむ、ではせっかくだからお茶の一杯でも飲んで行きなさい。」


 支部長は雛菊達には実に紳士的だ、オッサンには厳しいが。


「時間が惜しいから手短に頼む。」


 引田が鶴見の横に腰掛けると、秘書からお茶が配られる。


「探索者アプリの電子マネー機能、それの手数料の件だ。探索者アプリを通じた支払いの場合、店側の手数料を無料に出来ないか。」


「うん、では誰が負担する?協会ウチか?」


「そうだとも言えるし、そうでないとも言える。正確には…」


「本部ですか。」


 誠司の提案を聞いていた鶴見が言葉を引き継ぐ、誠司はそれに頷く。


「IT課あたりでも検討してるんだろうが、事業性としては旨味が少ないから上がってこないかもしれないな。だが支部を集金マシーンとしか思ってない本部クソどもに手数料支払業務を押し付ける。お題目なんて何でもいいんだ、「探索者人口拡大のため」でも「探索者による地域活性化の幇助」でも」


「受け入れれば金融関連の監査が入ることになる、ですがまともに受け入れると思いませんがそれはそれで難癖つけて腹を探ることが出来る、どちらに転んでも本部クソどものケツを蹴っ飛ばす事のできる悪くない策ですね。」


「議題に上げるにしても、決めるにしても時間はかかるぞ。他支部よそとの足並みも揃えんといかんしな。」


「そりゃそうだ、俺だって一朝一夕で決まるとは思ってない」


「本部の資金が外に流れることになりますが?」


「アイツラの垂れ流すクソに比べれば微々たるもんだろ。事実本部のプールはどれくらいある。」


「悲しいことに雀の泪だ。」


 本来、本部は氾濫スタンピード等が起こった際の支援金名目として、毎月各支部から上納金を集めている。だが、それを本部の天下り連中が着服しており、実際に氾濫が起こった際には支部同士で融通し合っているのが実情だ。そして未だにこれを改善する手立てがなかった。それを解消する一手にしろという話だ。


 引田、鶴見、誠司が話し合っている様子を雪芽は眺めている、隣では雛菊はわれかんせずお茶を楽しんでいる。


「で、練馬ウチがその話を持っていくのは良い。小僧、貴様は何をしてくれる?」


「別に、何も。」


 引田はこの話を実行するに当たり、誠司に取引を持ちかけるが、誠司は真っ向から拒否した。


「俺は話を持ってきただけだ、あとは好きにしろよ。知ったこっちゃねぇ。」


「小僧、そういうとこが嫌われるんだぞ。」


 無責任な誠司の言動に、引田は嫌そうな顔をする。


「まあ、15分話を聞いてくれた礼ぐらいは今度持ってくるさ。」


 誠司はそう言って立ち上がり扉へ向かう、雛菊も後をついて行く、雪芽は慌てて立ち上がって追いかけた。


「おい、小山よぅ…」


 誠司が扉に手をかけたところで引田が声を掛ける。


「……断る。」


 誠司は振り向いて引田を見ると、それだけ言って部屋から出ていく。

 三人が出ていった部屋で鶴見が引田に声を掛けた。


「先輩、また振られちゃいましたねぇ。」

「うるさい、あんなヤツ練馬ウチに入れたら組織がグチャグチャになるわ。」




 雪芽の前を、誠司と雛菊が並んで歩いている。雪芽はそんな誠司に声を掛ける。


「あの」

「ん?」

「なんであんな話したんですか?」

「アンタと会った日の帰りにな、居酒屋で飯を食ったんだ。」

「はい?」

「で、会計の時に電子マネーが使えないから、理由を聞いたら手数料がって話でな。じゃあ、本部連中クソどもの嫌がらせついでにって思っただけだ。」

「え、それだけですか?」


 雪芽は眼の前のくたびれたオッサンが理解できなかった、それだけで支部長を動かして本部に喧嘩を売らせようとしてるのかと。


「…面倒臭いやつ」


 雛菊の言葉がストンと腑に落ちた。ああ、これがそうなのかと。



 ~数年後~

 探索者アプリからの支払手数料を、各支部からの突き上げにより本部負担とすることに成功するが、手数料の支払いが滞るなどで第三者機関の監査が入った結果、本部役員による悪質な横領、脱税をはじめとした様々な違法行為が恒常的に行われていたことが発覚する。

 これが引き金となり第二次探索者ストライキが発生するが、それはまた別の話となる。

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