第20話 オッサンと動画撮影

 女子高生たちとは練馬駅で別れて大量のナイフを持って帰る途中、いつもの職質をうける。


「小山さん。お疲れ様です。いつものいいですか?」


「おう、構わんよ。」


 そういって、探索者カードとナイフの入った袋を渡す。


「今日は持ち出し申請書は無いんですか?」


「武器は工房に持ち込み済みなんで、ねぇな。コイツは近くの学校のダンジョン部を面倒見ることになってな。そいつらのだ。」


 若い警官は、いつもだったら書類も一緒に出してくるのに今日に限って無いことを指摘するが、誠司は事情を説明して今日購入したことを証明するためレシートを見せる。


「学生さんにナイフ持たせて帰宅させるわけにもいかんだろ、ダンジョンに入るまで預かってるだけだ。」


「ああ、それでその格好ですか。まあ、たしかに小山さんが持っていたほうが安全でしょう。」


 警官とは装備のメンテで持ち出しをした時などに、ちょくちょく世話になっている。向こうとしても誠司がいつもはジャージであることは知っている。

 カードと袋を返してもらって、後はスマホや家の鍵が入ったバッグをチェックすれば完了だ。


「ご協力感謝します。」

「おう、いつもご苦労さん。」


 警官と別れて数分後、誠司は自宅についてノートPCを開く。今後必要なものをメモ帳に書き出しながら、顧問経由で部の備品として購入するもの、全員が持っておく物、役割ロールによって必要な物を整理していく。


「ふむ」


 こうしてみると意外と小物類が多いことに気がつく。ただし、自分が必要だと思った物を書き上げただけなので、ここから彼女たちが10層まで攻略する上で不要なモノは弾いていかないといけない。

 もちろん、今まで買い揃えた道具もあるだろうし、代用できるものは代用すれば良い。あと配信ネタで必要なものは彼女達自身で思いつくだろう。


 そういえばアイツら最近潜っているんだろうか?ついでにちょっと聞いてみるか。と早速ルームに書き込む。


 直ぐに返事が来るが、先の事件の影響でダンジョンへ入るのは禁止されているらしい、あと新入生の部活への勧誘も出来ていないと。

 ただ顧問の天堂をはじめとした幾人かの教職員が練馬支部との勉強会を計画していると、それによっては遅くはなるが勧誘をかけることが可能になるのではないか。

 あと誠司が引率すればダンジョンに入れる交渉の余地があるとのことだ。


 誠司としてもスケジュールを調整すれば引率は可能であることを伝え、整理した備品リストをルームに貼り付ける。

 リストに上げたものを購入できるサイトや、ダンジョン近くのアウトドア用品店を書いていくが、流石にそのあたりは押さえていたのは意外と頼もしさを感じた。

 あとはこれからモノを揃えたり、装備を充実させたりと何かと入り用になるだろうと思い、誠司は清心学院の寄付ページを開き、取り敢えず三桁万円を放り込む。どの道なにもしなければ税金で取られる金だ、惜しくはない。



 後日これが噂になり、練馬の探索者の間では「オッサン光源氏プロジェクト」と称され話題になるが、その頃には練馬支部と近隣学校及び教育委員会がガッチリ組んだ学生探索者育成支援計画が進められており、二匹目のドジョウを狙った個人の探索者が入るこむ隙間がなくなってたという。


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 5月中旬 練馬支部


 あれから幾日かすぎ、武器のメンテも終わり、いつもどおりの日々を誠司は過ごしていた。


 そんなある日のこと


「んでよ~、取り敢えず今買える一番性能の良いって評判のドローンとアクションカメラを幾つか買ってきたぜ!」


 誠司と蓮と荒鷹の三人で並んで練馬支部に入る。


 GWが過ぎて少ししてから『ブランディッシュ』と『ボイジャー』が帰還し休憩期間に入った。蓮と荒鷹は互いに予定が空いてるので、いつぞやの話をやろうかということになった。ちなみにオッサンは聞かれていない、いつでも空いているからだ。


「そんなに無駄遣いして、メンバーに怒られないか?」


「だぁいじょーぶだって、ちゃんと自分の財布から出してきたからよ。」


 荒鷹と蓮の会話を聞きながら、いつもの受付に向かう。


 同じ列に並ぼうとした蓮の脚を、取り敢えず蹴っ飛ばして新人ゆきめの列に並ばせる。


「なにすんだよ。」

「うっせ、そっちに大人しく並んでろ。」

「こっちのが人多いんだからそっちに並んでな。」


 日帰りがメインで受付と接することが多い誠司と、なんとなく事情を接した荒鷹が列を戻ろうとするのを押し止める。


「おはようございます!今日は珍しい組み合わせですね。」

「たまには一緒に遊んでみるかって、なってな。」

「あんまり荒らさないでくださいね?」

「そんなこと、したこたぁねぇだろ。」


 探索者カードと差し出す誠司に、湊は浅層の狩り場で他の探索者の邪魔をしないように注意してくるが誠司は心外だとばかりに返す。


「はい、受付完了です。(あと、雪芽ちゃんのことありがとうございます)」


 湊はカードを差し出しながら、誠司にそっと囁いてきた。



「あ、あの探索者カードをお願いします!」

「ああ」


 隣の受付では、やたらと張り切る雪芽に、普通にカードを差し出す蓮。


「あの、今日はどちらまで?」

「遊びついでだから、深くは潜る予定はねぇなぁ、どこいくんだっけ?」

「決まってねぇ」「これから決めるところだ」

「らしいぜ」

「そうなんですね!わかりました!」


 なにもわからない回答に、雪芽はわかりましたとわからない返事をする。まあ本人が楽しそうならそれでいいだろう。


「受付完了しました!あの、頑張ってください!」

「ああ、ありがとな。」


 探索者カードをわざわざ手のひらに置いて差し出す雪芽に対して、蓮はそっけなく受け取っていく。


「あれ、いいのか?」

「ん~、別に騙してるわけじゃないし、いいんじゃないですかね。」


 誠司の後ろに並んでいた荒鷹が湊と話し合っている。


 そう別に何も問題ないのだ、後ろで他の探索者もてないヤロー共がどれだけ睨んでいてもだ。


 ************************


 更衣室で男三人がのそのそ着替える。


「で、結局どこ行くよ。」

「遊びってこと忘れんなよ。」

「馬狩り位が丁度いいんじゃないか?」


 今回の言い出しっぺの蓮(28)に、オッサン(40)が釘を差し、荒鷹(35)が案を出す。


「まあ、そんなもんか。」


 装備の着替えが終わり更衣室から出ていく、ここにパーティ『アラサーティフォー』が結成された。


「昔はよ、30なんてオッサンだと思ったけど、今自分がアラサーとか言われると結構来るものあるな」


 パーティ名を適当に決めたときの蓮の言である。


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 練馬ダンジョン45層


 今回獲物として選んだ馬こと汗血奮馬がよく一番出る階層に到着した。ここは西部劇の荒野を思わせるような荒れ地でタンブルウィードが時折転がっている。


 ここから3人で撮影のセッティングをしていくわけだが、何分初めての機材ばかりで悪戦苦闘する。


「これどうやって操作するんだ?」

「なんかアプリいれるっぽいぞ。」

「う~ん、これで人を認識させてカメラ位置決めれば、自動追従してくれるのか。」

「オッサン、使えそう?」

「何とか?」


 そんなこんなでセッティングが完了し、いざ撮影というところで


「そういや、俺のところは声抜いて適当にテロップ入れてくれよ。」

「わかった、名前呼ぶのもダメだろうし、お前いまから(^q^)コイツな。」


 誠司からの要望に、蓮が適当に呼び名を決めて撮影を開始する。とはいえ、動画撮影ド素人3人組なので幾つかの動画をパク…参考にしてなんとなく撮影を進めていく。


「どうも皆さん!練馬支部所属のAランク探索者の蓮でーす!」

「どうも皆さん!練馬支部所属のAランク探索者の荒鷹です。」

「そしてカメラマンの(^q^)コイツでっす!」


 蓮と荒鷹が自己紹介をして、オッサンは雑に紹介されて


「今日はAランク探索者が狩りをするところをドローンで撮影すると、どう映るのかを試してみたいと思いまーす!」

「いえーい」


 みたいな何処かで見たことあるようなOPを撮ったり、


「お前、この機材揃えるのにいくらかかったの?」

「***万円。」

「えっ、マジ!?一発ネタのためにそんなに金かけて大丈夫かよ。」

「税理士さんが動画投稿すれば経費で落とせるって言ってたし、大丈夫、だいじょうーぶ。」

「お前撮ってるところで直接言うなよ」


 機材紹介で鉄板ネタをやってみたり、一通り前フリを撮ったところで本題の狩猟場面の撮影に移る。


 誠司が<探査ソナー>で獲物を探索し、そちらに向かい、ドローンを操作して、なんとなくカメラ位置を決める。


「とりあえず、後ろから見下ろして撮るのと、横から引いて撮る感じでいいか?」

「いいと思うぞ」

「じゃあ、荒鷹からやってみるべ。」

「おう、わかった」


 100m以上先からモンゴル馬をペルシュロンより更にデカくしたような汗血奮馬がこちらに向かって走ってくる。


 ちなみに荒鷹は軽戦士系の役割ロールで刀がメイン武器だ。

 荒鷹は居合の構えで待ち構え、相手が20mほどの距離まで近付いたところで荒鷹の姿が消え、汗血奮馬の横に現れた時には刀を抜き放ち相手の喉元を切り裂いていた。荒鷹お得意の<縮地ショートジャンプ>からの居合い抜きだ。

 汗血奮馬は何歩か走り、そのままの勢いで倒れ込む。


「おーい、コレどうする?」

核石イシ取っちゃってもいいんじゃね?」

「わかったー。」


 魔物の処理を荒鷹が確認したら、蓮からは核石を取ればいいとのことだったので画面にお見せできないシーンを、荒鷹が身につけたアクションカメラで撮りながらドロップを拾って戻って来る。


「ちゃんと撮れたか?」

「わかんねぇ」


 荒鷹は誠司に確認するが撮影の素人にいきなりそんなこと言われても当然困る。まあ、最新技術に期待することにした。


「んじゃ、次は俺かー。」


 蓮が張り切って腕をブンブン振るっているやる気を見せている、それを見て誠司は次の獲物まで案内する。


「ドローンはさっきと同じ感じでいいか?」

「おう、それでいい。」


 先ほどと同じように向こう側から汗血奮馬が勢いよく走ってくる、蓮は魔物の正面に盾を構えると相手を待ち受ける。

 相手との距離が10m程までに詰まり蓮が一歩踏み出すと、蓮と魔物の互いが爆発的に加速しぶつかり合う。両者が<加速アクセラレーション>を使った形だ。

 勝ったのは…蓮だ。持っていた盾で相手の顎をかち上げ、頭どころか前脚まで泳がされてガラ空きになっている首に片手剣カトラスが叩き込まれた。


 こちらも先ほどと同じように核石を抜いて処理する。ちなみに蓮もアクションカメラ装備済みのため解体シーンもバッチリだ。


 ここまでやって、3人共ふと気がついた。あれ、コレもう後がなくね?狩りの時間など、賞味数分もないのに、この後どうするかのネタがなかった。


「どうすんだよ」

「どうするって言われてもなぁ」

「う~ん」


 一旦撮影を止めてアラサーからアラフォーまでが顔を突き合わせて悩んでいる。


「とりあえず、オッサンもやってみる?」

「俺がやってみたところで何分も持たんぞ?」

「無いよりマシだろ」


 ここまで来て協力しないのもなんだろうというわけで、急遽誠司も撮ることになったが、以前と同様影の人である。

 持っていたカメラは三脚で固定し、カメラの前に立つ。


「急遽(^q^)コイツもやってみることになりましたー。」

「俺等二人とも戦士系だからな、斥候系はまた違ったものが見られるかも。」


 と蓮と荒鷹が賑やかす。

 三度こちらを発見したのであろう汗血奮馬が向こうの方からやってくる。

 どうしたもんかと誠司は考えながら立っている、そういえばと一つだけ思いついたことがあり後で二人に話してみようと、相手と対峙する。


 相手との距離は約50m、誠司は<縮地ショートジャンプ>を行い馬の背に乗り頭を抱えると、反対の手に持った剣鉈で喉元を掻き切り、そのまま抱えていた頭を捻り首を折る。再度<縮地ショートジャンプ>を発動し、カメラ前に抱えている馬面をドアップにさせる形で現れた。


「おい、馬しか写ってねぇだろ。」

「コレ流せるのか?」


 命を刈り取られ、舌を垂れ流している馬面をカメラいっぱいに近づけているのだからしょうがない。



「とりあえずさ、食おうぜ。」


 誠司は二人に提案した。


 ************************


「相変わらずさー、お前はそういうところ小器用だよな。」

「うぉ~、焼き肉か。取った獲物を焼き肉!確かにウケそうだぜ。」


 アイテムポーチから出した七輪の火起こしを二人に任せて、誠司は汗血奮馬を解体していく。蓮や荒鷹と火の面倒を見ながら雑談する。

 解体場面こそ撮さないが、火の番をしている二人の様子を撮影はしている。


 ちなみにダンジョン内での解体はコツが必要だ、魔物から核石を取ってしまうとドロップ化してしまうために、独特の手順で解体していく必要がある。誠司は少々時間を掛けて解体し最後に心臓に癒着するようについていた核石を取り外す。


「じゃあ、ロースからいくか」


 分厚めに切った肉を皿に適当に乗せていく所を蓮が手に持ったカメラでアップで撮っている。


「並べ方適当すぎないか?」

「別にいいんじゃね、こういう方が探索者の動画っぽくて」


 見栄えやなんやらを全く考えない誠司に、荒鷹は心配するが蓮がこんなもんだろと流す。


「適当に焼いて食え。」

「「うぇーい」」


 誠司の一言に、二人が肉をアミに乗せていく、タレなんかはそれぞれ自分のポーチから取り出している。キャンプを当たり前に行う上位探索者にとって、調味料の持ち歩きは常識だ。

 そんな二人には取っておきのプレゼントだと誠司はポーチから銀色の缶を出す。

 二人ともテンションが上がるが、流石に今日はノンアル、カメラに写しながらプルタブを空けて焼けた肉と一緒に一気にあおる。


「くぅー、最高だぜ。」


 蓮の声が空に消える、見渡す限りの荒野と広がる青空しか無いような場所だが、ワイルドに行くならこういう方が良い。



「じゃあ、次コレな」

「うぉー、まじかー」


 荒鷹のテンションが高くなる、蓮にはわからないようだ。差し出したのはレバー、脇にはすり下ろしにんにく(チューブ)と小皿にごま油がある。


「レバーだよな?」

「おう、好きに食え。」


 荒鷹は嬉しそうに、生レバーを口に運ぶ。実に幸せそうだ。


「うめ~、生レバーなんて何年ぶりかよ。」

「うぇ、マジか。」

「馬の生レバーなら、今でも食えるらしいけどな。苦手なら焼いて食えばいいさ。」


 蓮は恐る恐る挑戦して見るようだ、さすが探索者。ちなみに荒鷹はバクバク食ってグビグビ飲んでいる。


「思ったより歯ごたえがあって、ねっとりしてて、案外血生臭くないな。レバニラとかの火が入ったレバーとはまた違う旨さがある。」


 思ったよりちゃんと食レポしてきた。


「じゃあ、次はハツな。」

「コイツも刺し身かよ。」

「ハツ刺しなんて当たり前だろ。」


 荒鷹は流石に食べ慣れてるな、逆に蓮は戸惑い気味だ。

 時代を思えば仕方ないのかもしれない、レバーやユッケで問題が発生した時期もあるし、一度ダンジョンに入れば生肉を口にするなんてリスクでしか無い。

 18歳からダンジョンで生きてきた蓮にとっては、まさに異文化なんだろう。


 そうして3人で思い思いに食って、焼いてまた食って飲んで撮影は終了した。



「そういや編集はどうするんだ?」

「ああ、そのへんはプロに任せることにしてる。俺達は文句いうだけ。」


 ダンジョンからロビーに戻った後、荒鷹の疑問に蓮が答える、誰も編集作業なんて出来ると思ってないから文句は言わない。


「んで、動画で利益出たらどうする~?」

「お前が持ってけばいいよ、色々出してるし。」

「それでいいぞ。」


 動画は蓮がチャンネルを作ってそこに投稿する予定となっている、収益が発生した際の取り分はどうするか、誠司も荒鷹も蓮が持っていけば良いと言った。



 彼らは探索者だ、金が欲しければダンジョンへ潜り稼いで来ればいいのだ。


 ※動画内テロップ:ダンジョン内の魔物・生物には現在のところ、野生動物に確認されるようなダニ・ノミといった動物の付着や、各種寄生生物が確認されておりません。ですがそれは安全を保証するものではなく、また保管・調理過程において病原菌等が付着する場合がございます。ご賞味される際は自己責任の上お願いいたします。



 後日談:

「なんかノンアルで企業案件きてんだけど。」

「探索者続けたきゃ、断っとけ。」


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 職業ジョブ役割ロールについて


 そもそも、探索者の職業は探索者である。副業でやっている者もいるが、その場合は本業があるだけで、例えば本業サラリーマンで副業探索者となる。

 では役割ロールとは、その名の通りチームの中における役割である。また役割自体が流動的でメンバーの増減に合わせ、役割を分担したり、穴を埋めるように動いたりするため職業と別と考えるのが一般的である。その辺りは一般企業と変わらない。



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