第2話 いつものこと 2

 誠司が更衣室にある手荷物カウンターと書かれたバーテーションの壁にあるセンサーに探索者カードをかざすとに一分かからずに大袋が転送されてくる、それを担いで奥へ向かい袋から装備品を取り出して着替え始めた。


「便利になったもんだ。」


 実のところ、この手の短距離転送技術が開発されたのはつい最近のことだ。もちろんそこにはダンジョン素材やダンジョンの解析と言ったものがあってこそだ。それ以前は倉庫管理用ロボットを利用した省人化が行われていたが、今よりずっと時間がかかっていた。ちなみにさらにそれ以前のことは思い出したくもない。


 いつもの装備を身に着けフードを被る、スマホだけ取ると着ていたジャージや財布やらは全部大袋に突っ込んで手荷物カウンターから送り返すと準備完了。更衣室を出て入場ゲートへ向かっていく。


 入場ゲート前には誰も立っていない、あくまで人の流れを作るためだけのゲートだ。誠司はゲートにカードを翳して進んでいく。


 ゲートの奥には小部屋があり黒い楕円が宙に渦巻いている。アレが一層へと続くダンジョンの入口となっているが、今回の目的はその先の小部屋にある転移陣だ。転移陣は特定の階層ボスを倒すことにより、ボス部屋の後の小部屋セーフゾーン脇に設置されている転移陣へ転移が可能になる。


「リザードマンは確か三十二層、…いや八だったか。まあ行けばわかるか。」


 と、三十層へ向けて転送陣に足を踏み入れた。




 約1時間後、おすすめされたモノを揃えた誠司は一階の転送陣に姿を現す。正面を向けば入口ゲートが見えるが出口は左手側になる、進めば待合室とクリーニングルームが完備されており装備についた血や泥や汚れなどを落とせるようになっている。今の時間だからこそ待合室の利用者は少ないが時間帯によってはいっぱいになることも多い。

 待合室から出てまっすぐ進めば買い取りブースだが、手前で左に曲がるとレイドやクラン用の大部屋となっている買い取りスペースが有る、通路の突き当りにエレベータを思わせる箱部屋がありその扉脇のセンサーに探索者カードをかざす。センサー脇のスピーカーから応答があった。


「何の御用で?」

「小山だ、今日のおすすめをもってきた。」

「どうぞ入ってください。」


 箱部屋の扉が開き、誠司が入るとすぐに閉まる。軽い浮遊感を伴い扉を出れば解体場だ、すでに購買部の担当が立っている。ついでに受付の二人も立っている、わけがわからん。


「なんでいる?」

「昼の休憩ですね、ちょっと混み合っていて取るのが遅くなりました。」

「私もです!窓口は丁度交代の時間だったんですよ、偶然ですね!」


 誠司は絶対に嘘だなと思いつつ、構うのも面倒くさいので無視して購買担当の前にある台の上にリザードマンを腰のポーチから取り出して次々と並べると担当は一つ一つ獲物の状態を確認していく。


「何時見てもアイテムバッグやポーチって不思議便利ですよねぇ」

「なんですかその不思議便利って、まあCランク以上の探索者だとほぼ必須アイテムですね。丁度そのあたりから手に入りますし。」


 アイテムバッグ、ポーチは容量拡張、重量軽減、時間遅延など様々な効果がランダムでついてくるダンジョンドロップだ。性能は個体差があるが全体としてポーチは容量拡張少なめ、重量軽減強め、バッグは容量拡張大きめ、重量軽減そこそこという傾向にある。ちなみに時間遅延は完全に運だ。


「どれも喉元の一撃以外の傷が少なくて、状態がいいですね。30は堅いです。」

「それでやってくれ、加山さん空いてる?俺の方で石と血抜きまではできるが。」


 加山とは近くの食肉加工センターから出向してきており、獲物が持ち込まれた際の処理を一手に担っている人物だ。一応彼の部下もいるがそちらは2~3週おきに出向元との入れ替えがあるため話を通す際には加山一択となる。


「朝から何件か持ち込みがありそちらの対応もあるので、小山さんにお願いしてもよろしいですか。」


 了解とばかりにマントと篭手を外して厚手のエプロンとゴム手袋を着用し、その辺のフックに逆さ吊りした獲物を指で触れる、首の傷跡からバケツを引っくり返したように血が流れ出た。血が止まればポーチからナイフを取り出して心臓の辺りへ慎重にナイフを入れて核石を取り出す。フックから下ろして台の上に並べる。これを淡々と繰り返していき、購買担当者の前に11の核石が並べられた。


「はぁ~、何度見ても不思議ですよねぇ。」

「これくらい場馴れ探索者なら誰でも出来る。」


「相変わらず手際が良いですね、探索者を引退したらコチラで働きませんか。」

「まだ引退なんて考えてねぇ。じゃあ、後は加山さんに任せるわ。」


 そう言って台の上に並べられた10体のリザードマン。だが誰も動こうとはしない。


「お前らいつまでいんの?」


「「昼休憩ですから」」

「私もこれからお昼休憩です。」


 誠司は盛大に顔をしかめながら、内心仕方ねぇなと吊るされたままになっていた最後の一体の解体を始める。それを見て購買担当者はリザードマンに一つ一つタグを付け奥で加工場で作業をしていた加山を呼んだ。


「オッサンじゃないですか、吉野さん今日はこれリザードマンですか?」

「はい、石と血抜きは済んでますので後はお願いいたします。」

「はいよ、すぐ持ってっちゃいますね。」

「加山さん、焼き場借りていいか?」

「いいよ、いいよ。後で俺等も行くから~。」


 さらっとたかり宣言して、加山はリザードマンを次々と運んでいく。その間に空いたスペースで皮の剥ぎ終わった肉をブロックごとに切り分ける。15分ほどで解体が終わると台車に乗せて休憩所に併設されてる焼き場に向かう。

 誠司は焼き場に入ると棚から紙皿や塩コショウや調理器具を取り出して、スライスし下味をつけた肉を次々とフライパンに放り込む、火が通れば紙皿にドサリと盛り休憩所との間のカウンターに皿を置く。


「ほれ、下味しか付けてないから自分で好きに味付けして食べろ。」


 休憩所は加工場の職員が作業着のままで入れるよう広めに作られており、今日の様なおすそ分けやどうしても余りが出てしまったモノを処理する際に、各種調味料・タレ・ソースが職員の持ち込みにより机の上はもちろん部屋の隅の段ボールにダース単位で積まれている。

 紙皿を受け取った3人は好き好きにソースをぶっかけて食べ始めた。


「濃いめの焼き肉ダレはイマイチですね。」「やっぱりサルサソースですよ!」「玉ネギソースもいいですよ」

「やっぱり鳥に似てるようで違いますね、さっぱりしてる割にモチモチしてるというか、それでいて噛めば噛むほど味がでるというか…」

「食べたこと無いですけど、ワニ肉がこんな感じなんでしょうかね。」

「近くにモンスタージビエを扱った店があるので今度行ってみますか。」「いいですねー」


「お、先に始めちゃってますか!加山さんから交代で休んでこいって言われたんで来ました~。」


 3人が好きに言い合い誠司一人で肉を焼いて摘んでいる中、加工場の職員が休憩所に入ってきた。誠司は焼き上がった肉を紙皿に盛って差し出すと職員は嬉しそうに皿を受け取って席について食べ始める。

 そんな様子を肉を焼きながら見ていた誠司は、ふと思いついて購買担当者に声をかけた。


「そういや吉野さん、旦那はほっといていいのかよ。」


「あら、夫の分までありがとうございます。」


「さらっと、追加を要求してくんのな。」


 諦め半分で、ひたすら肉を焼く誠司。休憩所の方では何時までも帰ってこない受付嬢が連れ戻しに来た子達に引き摺られていったり、バリキャリもそれで一緒に帰っていったり、入れ替わりで別の受付嬢が座って肉をもりもり食っていたり、昼休憩に入った食堂長と入れ替わって焼いてもらったり、誰かなんか入れ替わるのを眺めながら誠司はダラダラと昼を過ごした。


 それでもいつかは人が途切れる、職員はそれぞれ自分の仕事に戻っていき焼き場に誠司一人だけ、肉を見ながらどうしたものかと考える。それなりに余っているが、あまり気にせずポイポイ焼いてたものだから、部位としてはどれも中途半端な量だ。ましてやここ10年自炊とはとんと縁がなくなってるので持って帰るのも微妙だ。

 そこに購買担当者こと吉野信子が戻ってきた。


「買い取りましょうか?」


「助かるけどいいのか?」


「ええ、勿論。今日獲ってきて頂いた分の半分を今度の食堂フェアで使う予定でしたから問題ありません。」


「じゃあ、頼むわ。あとこれもよろしく、こっちが旦那の分な。」


 誠司はお盆の上に肉が盛られた紙皿を二皿おいた。ちなみに信子の旦那は購買部部長の吉野龍彦である。


「もう一皿は?」


支部長ヒキガエルに渡しといてくれ「ヘビは無理でも、トカゲは食えるだろ」ってな。」


「そんなこと言ってると、支部長にまたどやさられるわよ」


 箱部屋に向かう誠司に、吉野が苦笑いしながらついていく、ここの転移装置は権限を持った職員でなければ動かせないからだ。

 吉野に送ってもらい一階へ戻った誠司は買取カウンターの前を通り過ぎ更衣室に戻ってジャージへと着替えてからセキュリティーゲートをぬける。


 受付にはバリキャリといつものと肉をもりもり食ってた受付嬢が仲良く並んでいる。特に同じ受付で入退ダンの手続きをしないといけないルールも無いため、なんとなくいつもの受付嬢へカードを差し出し、センサーに手を置く。


「やったー、私がやっぱり正妻ですよー!」

「そんな、私のことは遊びだったんですね、あんなにも熱いにくを貪りあった仲なのに…。」

「お肉が…。」


「お前らほんと楽しそうだな、あと俺は肉じゃねぇ。」

「はい、受付完了です!今日も一日お疲れ様でした!」


 出るときまでこれかよと思いながらカードを受け取って組合の建物を出る、空を眺めると日は西に沈み始めていた。


「思ったより遅くなったし、飲んで帰るか。」


 誠司は練馬駅南側へ足を向けると、ぶらぶらと夕闇に消えていった。


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