第32話 それは舞い散る仕事のように

 先日の赤字から、しばらくマッドクロコダイルの値上がりが止まらない中、誠司も程々に四十層通いをこなしていた。


 あれ以降は特に問題も起こらず、先日の赤字分も回収して大幅黒字をマークし、マッドクロコダイルの値上がりが止まったところで誠司は手を引いた。

 まあ、株とは違うので狩れば確実に儲けになるのだが、そればかりしていても仕方がないし、飽きも来る。それに貸しがあるなら早めに返しておきたい。ほうっておくと後でとんでもない負債を抱えてやってくると相場が決まっているのだ。


 梅雨明けもまだ先の小雨が降る中を、今日も今日とてお仕事ダンジョンへ向かう。


 練馬支部の入口をくぐると、いつものみなとではなく雛菊の受付へ向かう。


「カード、…で?」


「いや、加山さん空いてっかなぁと。」


 雑に探索者カードを要求する雛菊が話を促してくる、態々自分の所に来るのだから用事があるのだろうと。

 誠司はカードを差し出しながらセンサーに手をおいて、加工室の状況を聞く。


「未だにワニワニヘブン中。」


「この前の赤字分も回収できたしな、詫びをそろそろ考えていてな。まあ、解体場だけでも使えればと思ったんだけどな…」


「! 空ける、手を貸せ。」


 雛菊は受話器を取り加工室へ電話をかける。


「もしもし加山さん?オッサン送るからこき使って。」


 電話の向こうでもなにか言ってるが、概ね歓迎されてるっぽいのがわかる。


「夜には帰してくれよ。」


 誠司としても後で使わせてもらうのだ、ここで貸しを作るのも悪くないと受け入れた。


「働き次第、受付完了。とっとと行って。」


「相変わらず、ひでぇ受付だな。」


 誠司は愚痴と一緒にカードを受け取って、ゲートに向かう。アレで受付が務まるんだから、練馬支部ここは本当にいい加減だと思いながら。


 誠司は更衣室に寄って装備の中からナイフを一つ取り出したら、あとは送り返す。実際に使うかどうかはわからないが、こういうのは手に馴染んだ物があったほうがいい。


 更衣室から出ると雛菊が立っていた。


「ついて来て」


 二人は職員専用スペースへ入って行きエレベーターで4Fへ、廊下を歩き「製品加工室」というプレートが付けられた扉を開け、さらに進み、クリーニングスペースを通過すると何時ぞやの解体場があり、加山が立っていた。


「オッサン、今日は助かりますよ!ホント最近大変でさぁ。」


「まあ、いつも世話になってるんで。」


 お疲れ気味の加山に、誠司も多少は気を使ったことを言う。


「俺、ワニは捌いたこと無いんだけど。」


「前にリザードマン剥いてたでしょ、あんな感じでやってくれればいいですよ。あとは手順さえ憶えてくれれば。」


 加山と話していると、引継ぎが終わったと判断したのか、雛菊が立ち去ろうとする。


「これ帰る時どうすればいいんだ?」


「購買一課か、受付課を内線で呼び出して」


 一言そう言い残して雛菊は去っていった。




「今って皮が値上がりしてたけどなんか理由あんの?」


「なんか流行ってるみたいですよ、あと内臓の幾つかから新しい薬効成分が見つかったとかで…」


 マスクや手袋を受け取りながら誠司は現状を聞くと、加山が自分が知っているところを教えてくれる。


「ランクが上の子が持ち込むのはいいんですよ、儲かるのが判ってるから綺麗に仕留めるからさぁ。それを下の子が真似しちゃってズタボロにして頑張って持ち込んでくるんですわ。」


 要するに今ワニで儲けているやつは、Cランクがバッグで無理なく持ち運べる量の獲物を持ち帰り、後はドロップ品にすることで無駄なく儲けている。


 だが儲かることを知ったD中位あたりが、一発を狙って何とか一匹討伐して、それを頑張って持ち帰ると言った事が、最近よく起っているらしい。

 そんな無理して戦って傷だらけになった獲物を高く買い取れるはずがない。それならドロップにしてくれたほうが安定するし、無駄な仕事も減ると加山が嘆く。


 ちなみにD上位の連中は自分が戦っている相手のことを知っているので、そんな無駄はしないでドロップ品のみで稼いでいるとのこと。


「まあ、獲物を持ち帰るなんて意識するのはC上がってからぐらいですからねぇ。」


 つまりポーチやバッグが手に入る段になって、ようやく獲物を持ち帰ることが可能になるということだ。そこから持ち帰った時の獲物の状態で価格が左右されること知ることになる。


 まあ普通に考えれば当たり前なんだが、そんなことを考えられるやつの大半が探索者という道を選んだりしないということ。

 そこから外れた奴と、残りの考えつかない奴等から探索者が出てくるのが実情というのと、そこに至るまでにドロップというシステムに慣れすぎてしまうということもある。


「まあ、とりあえずさばき方だけ教えますね。まず背中側に傷があること多いから腹ワニの捌き方から。」


 そうして加山からマンツーマンで誠司は捌き方を教わる。


「やっぱり、解体に慣れてるだけあって勘所がありますね。オッサン探索者辞めてウチに就職しません。」


「前も言ったが、まだそのつもりはねぇよ。」


 誠司の返事を判っていたので加山もそれ以上話を広げるつもりもなかった。


「これ腹か背か迷ったらどっちにすればいいんだ?」


「基本獲物が持ち込まれたら、俺か購買の人がいるので判断しますよ。いなかったら呼んでください。」


「了解」


 それからは誠司は持ち込み済みだったマッドクロコダイルをひたすら捌いていく。中には確かに傷物になっていた物もあったが、革も肉も使えるところは使うだろうと思って気にしないで捌く。




「オッサン!飯いきましょう!」


 作業に夢中になっていると、加山から声をかけられた。気がついたら昼前になっている。

 誠司は加山達と連れたって、食堂へと向かう。


「加山さん、ここ支払いどうするんだ?」


「ん、アプリで行けるよ。」


「そうなのか。」


 食堂は普段一般開放されておらず、支部職員か2Fに詰めている自衛隊しか利用できない。誠司ですらイベント時に開放されたときにしか入ったことがなく、普段の利用は初めてだ。


 食堂の入口には『ワニフェア開催中!』と書かれた立て看板が置かれている。


「皮なんかが今人気で、その分肉の在庫の方がダブつき気味でさ、今こうやって消費してんのよ。」


 誠司が立て看板を見ていることに、気がついた加山が笑って言う。そんなことを言われてしまうと祭りに参加した誠司も協力したほうがいいのかという気分になる。まあ幸い午前中から働いて腹は減っている。


「流石に朝から働いてもらって悪いから、昼は奢りますよ。」


「それなりに食べるがいいのか?」


「構いませんよ、協会こっちに出向になって手当も出てますから。」


 誠司は加山の言葉に甘えワニカレー、ワニ丼(スープ付き)、ワニの味噌漬け焼き単品を注文し待機列に並ぶ。人が並んで進んでいく様を眺めているとサラリーマン時代に戻ったかのような感覚になる。


「お兄さん初めて見るけど、よく食べるのねぇ。」


 列は進み、誠司はいかにも言う感じの社食で働くお姉さんから料理を受け取るときに声をかけられた。


「まあ体が資本なんで。」


 トレーを受け取った誠司からも、ついそんな益体もない言葉が漏れてしまう。トレーを抱えた誠司は、加山達の席に向かい食事を始める。


「なんというか、こういう感覚は懐かしいな。」


「どういうことです?つうかオッサンよく食べますね。」


「社食で昼飯食うなんて久しぶりでな、まあ量はサラリーマンの頃よりだいぶ増えてるよ。」


「普段どうしてんすか。」


「普段はコンビニ弁当か、昼前に上がってきて、ブラブラしてるからなぁ。久しぶりなんだよ。」


 今日だけは同僚と言っていいのか、そんな奴等と卓を囲み、周りも同じ雰囲気で、向こうで雛菊がドカ盛りのカレーを食っている。

 誠司にとって何年も前に捨て去って忘れていた感覚だ、雛菊は関係ないが。


「俺達としてはそっちのが羨ましい生活してますけどね。」


「まあ、オススメはしねぇよ。」


 結局のところ誠司も感傷に引き摺られただけだ、そう言ってその話題を打ち切る。

 その後は軽く雑談しながら食事を終えると、全員で製品加工室に戻っていく。


 昼からもまだまだ仕事でもない作業があるが、誠司はうまいものを食わせてもらった礼だと割り切ることにした。



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 ●内線電話


 練馬支部内は全IP化されており、スマホの内線IP電話アプリからでも通話することが可能だが、スマホを使用した場合に公用か私用か判別つきにくいため、窓口では電話機やヘッドセットが望まれる場合もある。

 また加工室のように獲物を扱う現場のように、持ちやすさ、扱いやすさ等の運用性、単機能なため丈夫かつ安価で、故障しても交換しやすい等信頼性や保守性の面から電話機が好まれる現場ある。

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