第33話 渡る世間はワニばかり

 昼食を終えて誠司達が製品加工室に戻ると、購買部の担当者と新人の小野鳩このばと、鎌倉兄弟の連中がいた。


「加山さん、今大丈夫でしょうか。」


「はいはい、なんでしょう。」


「マッドクロコダイルの持ち込みですが、いけますか?」


「今日は強力な助っ人が居るからいけますよ!」


「ありがとうございます。では、こちらに出してください。」


 購買部の担当者と加山で話がついたのか、先日鎌倉兄弟と一緒にいた歩荷がアイテムバッグからマッドクロコダイルを台の上に出していく。


「お主は探索者から転職したのか?」


「バリバリ現役だよ。」


「では何故ここに居るのだ?」


「渡世の義理ってやつかなぁ…」


 兄か弟かわからないが鎧武者が話しかけてくる、誠司としても貸し借りのつもりではいるが、どういう話がついているのかはサッパリわからない。鎧武者が不思議顔するのも当然だ。


「こっちは腹ワニ、こっちは背ワニ、最後のは…背中に傷がついているんで腹ワニにしましょう。」


「そうですね、じゃあオッサン願いします。」


「あいよ。」


 購買部と加山で獲物をチェックしながら捌き方が決まると、加山が誠司に作業を投げてきて誠司も作業を始める。


「あれ、小山さんがやるんですか?」


「そうだよ、俺達より力があるし、今日も朝からずっとワニ捌いてもらってますんで大丈夫ですよ。」


「まあ偶にここで作業してますもんね。」


 淡々と作業を進める誠司の後ろで、購買部と加山が雑談をしている。その横で小野鳩と鎌倉兄弟たちはあっけにとられいる。


「お主は…なんというか随分と器用なのだな。」


「慣れだ、慣れ。ソロで潜ってたら何でも一人だからな。」


「そういうものか?」


「そういうもんじゃないと思いますけどね。」


 鎧武者の疑問に誠司は手を止めずに答え頷きかけるが、歩荷ポーターの女性からツッコミが入った。どうやら先日会った時から一緒に活動している様子だ。他にも自称無双勇者の仲間だった三人娘も居る。


「そういやアンタ等、結局組んだんだな。」


「うむ思いの外、意気投合してな。最近は色々と不足も感じておったし、稼ぐついでに三十層から鍛えておる。」


「鍛え直してもらっています!」


「歩荷殿も加入されたことで、こうして荷も持ち帰れておるしな。」


「私も勧誘が激しくなってきたから、良いチームと出会えてよかったですよ。」


 そもそもフリーの歩荷の数は多くない、そして優秀な者が多い。

 なぜならチームやパーティを渡り歩く関係上、その情報はすぐに出回り自然と淘汰されるからだ。そしていい歩荷にはチームの誘いが当然来る。

 以前救助を行った際の彼女の動きを見る限りでは引く手数多だっただろうと、ワニの前脚を外しながら誠司も思う。


「アンタ等、俺の作業見てて楽しいか?」


 誠司としてはさっきから気になっていたが、鎌倉兄弟のチームが帰らずに誠司の作業を見学している。


「こうして眼の前で捌かれていくのを見るのは、なかなかに興味深い。」


「いつもはここまで持ってきて引き渡して終わりですからね。」


「結構グロいと思うんだけどな。」


「その程度で怯んでおっては探索者などやってはゆけぬよ。」


「然り」


「小山さんの手際のせいか、スルスル向けていくんであまりグロさは感じませんね~。」


「今日はドロップの買い取りも終わって打ち上げするだけですから、時間もありますし。」


「そうかよ…」


 誠司は仕事ダンジョンに来たはずなのに、自分はまだ一歩も踏み入れていないことに、なんとなく理不尽な思いを抱く。

 その思いと一緒にナイフを皮を剥いだワニの首に差し込み、骨を切り離して首を落とすと一匹作業完了だ、あとは肉や皮、内臓の処理といったものは加工場のメンバープロに任せることになる。


「さて次のヤツだ。」


 ただ羨んでいても作業は進まないので、誠司は次のマッドクロコダイルを作業に取り掛かる。


 その間に購買担当者がおおよその査定金額を伝えている。鎌倉兄弟のチームもこれまで何度も持ち込んでいる為、相場は判っているようで概ね問題ない様子だ。そうしてあらかた好奇心は満足したのか解体場から出ていった。


 誠司も作業を続け二匹目も終わり、最後の一匹に取り掛かっていると小野鳩から声がかかった。


「小山さん、追加いいですか?」


「おう、構わんぞ。」


 誠司は一旦手を止めて、顔を上げると購買部の小野鳩と、その後ろにデカいマッドクロコダイルを抱えている若者6人組の探索者が居た。誠司は猛烈に嫌な予感がした。


「これ頼むわ。」


 台の上に投げ出されたマッドクロコダイルは、誠司の予想通りズタボロになっていた。


「アンタは先輩を呼んでくれ。オレも加山さんを呼んでくるわ。」


「はいすぐ呼びます!」


 一緒にいた先輩は丁度席を外していたらしく小野鳩に呼び出しを頼み、誠司も加工室の方に行ってた加山を呼びに行く。




「これは…」

「う~ん」


 案の定、背中を何度も切りつけられて、とどめを刺す時に暴れられたのか腹側からも突き刺した傷が幾つもある。獲物のひどい状態に購買部の担当と加山が二人揃って唸っている。


「申し訳ありません、こちら解体してみなければわかりませんが、最悪核石と幾らかの査定にしかならないかと」


「なんでだよ!こんなにデケェんだから安いわけ無いだろ!」


 購買担当の査定にチームのリーダーと思われるものが声を荒げる。


「まず、皮に酷く傷がついているため革用の素材として利用できません。次に腹側の傷が深く入っているため、現状買い取りを行っている臓器に傷がある場合にはこちらも買い取り不能になります。

 最後に肉に関してですが、こちらに関しましては最近持ち込みが多いことから、価格が下落傾向にあります。また他と同様に傷のある箇所は切除する必要があり歩留まりが低下するため、満額をつけることは出来ません。以上が理由になります。」


「そんなんで納得できるか!こっちは高値で買い取るからって狩ってきたんだぞ!」


 理路整然と購買担当者が理由を述べるが、チームメンバーは当然納得がいかない顔をしている。

 当然だ、自分たちが命がけで狩ってきたものを価値がないと言われているのに等しいのだ。それが判っている購買担当者も表情が冴えない。


「まあとりあえず捌いてみようか、オッサンよろしくお願いします。君達はちょっとこっちに来てよ。」


「あいよ。」


 もしかしたら使えるところがあるかもしれないと加山は指示を出して、若手チームを休憩所に案内する。


「さて、俺は製品加工室ここで一応責任者を務めている加山だ、よろしくな。」


 加山の挨拶に、チームの面々も名乗りがそれでも警戒は解けない。


「君等は今日持ち込んだ獲物で、この後打ち上げしようとでも考えていたんだじゃないか?まあそれが当てが外れた、納得行かないそんな感じだろう。」


 加山が何を話し始めたのかわからないが、確かにこの後打ち上げを盛大にやろうみたいな話をしていたため、若手チームの面々はとりあえず相槌を打つ。


「例えば分厚いステーキなんかいいんじゃないか、みたいな話をしながら帰ってきた。そこで打ち上げで君達はメニューに乗ってる分厚い美味そうなステーキを頼んだ」


「だが出てきたのは細切れになって生焼けで変な匂いのする、メニューとは似ても似つかないモノだった、君達は思うだろう。『こっちは客だぞ!金払ってんだ!』てな。」


 若手チームの面々も、加山の言いたいことがようやく理解できた。自分たちは金を払う側きょうかいの期待に応える品を用意できなかったのだと。


「じゃあ、どうすりゃいいんすか…」


「いちばん簡単なのは、練馬支部ウチの解体初級講座を受けることだね。縞猪ストライプボアを狩ってから持ち出してココで解体するだけなんだけど。解体技術はもちろん、最低限どういう所を気をつけて値付けするのかを教えてくれるから。」


 自分たちが駄目だったの理解った、唯これからがわからない、そんな若手たちに加山はこれから先何を考えていくかの道を提示する。


「あの…前にダンジョン内で解体していた動画を見たんですけど。」


「出来ないとは言わないけど、お勧めしないね。君達、いつ魔物が襲ってくるかわからない状況で正確な解体をして、獲物を持って返ってくる自信ある?」


 加山は休憩所のガラス窓の向こうで解体作業を続ける誠司に一瞬目を向けて、ダンジョン内での解体の難しさを伝える。そう言われてしまうと彼等もそんなことを出来る自信がない。


「加山さん!頭まで外したぞ。」


「わかりました、今行きます!じゃあ君達も行こうか。」


 加山は若手を連れたって休憩室を出て、誠司のところへ向かう。誠司の前には良い部位に幾つもの傷が入ったワニが置いてある。


「じゃあ、持っていって解体しますね。」


 加山はそう言って、作業台の上にあるワニを持っていく。それを見送る若手たちは沈んだ顔をしている。




「お前らさ今日誰か怪我したか?」


 一緒に見送っていた誠司が、そんな彼等に声を掛ける。


「いや、誰も大きな怪我はしなかった。」


「良いじゃねぇかそれで。探索者なんかやってりゃ赤字の日だってあるだろ。」


「ああ」


「全員で大物に挑んで、無事に帰って、それが大失敗だった。酒の笑い話にでもすればいいさ。」


「…そうだな、そうするか。」


 誠司の言葉で、若手のリーダーが少し吹っ切れた顔をする。


「無事な内臓トコロあったよー、これ査定してもらえます?」


 加山の声で、若手チームの空気が和らぎ、購買担当者が査定に向かう。


「オマエ等、彼等に感謝しろよ。いつもああやって一円でも高く、買い取ろうとしてくれてるんだからよ。」


「アンタは違うのかよ。」


「俺だって探索者だから感謝してるさ。」


「職員じゃねぇのかよ!」


「現役バリバリの探索者だが。」


「なんで職員でもないのに入り込んで普通に作業してんだよ!」




「…渡世の義理って奴だ。」

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