第34話 オッサンは開放されました?

 その後、何件か入ってくる解体依頼をこなして日が沈んだ頃に誠司は開放された。


「あの」

「ん?」


 誠司の後ろにいた購買部の小野鳩円香このばと まどかに声をかけられた。


「今日のお仕事の代金について聞いてこいと…。」


「始めから貸し借りの問題だ、貰う気はねぇ。」


 誠司の言い分を小野鳩は全く理解できないのか、豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「教育係にも伝えとけ、文句があるなら自分で言いに来いって」


 そう言って誠司は小野鳩を追い払おうとしたが、そういえば一人でココから出られないのだったと思い直して小野鳩の後について出ることにした。


「そんなこと先輩に言えるわけないじゃないですか。」


「じゃあ、俺が直接言ってやるよ。」


「ええ~、やめてくださいよ。」


「なら「受付課の道明寺ってのと話がついてるから、いらんって言われた」って伝えろ。」


「それぐらいならまあなんとか。」


 小野鳩に案内で、職員スペースから誠司は1Fのロビーに戻る。


 誠司はこれからのことを考える、今から潜ってもいいがなんとなく気分転換がしたい。


「とりあえず飯でも食うか。」


 更衣室でナイフを預け、受付を済ませる。この時間にはいつものみなとも雛菊もいなくなっていたので適当に済ませる。


「受付完了です、今日は遅いですね。」


「まあ色々あってな。それでこの後どうするか悩んでるんで、とりあえず飯食ってくる。」


 誠司は練馬支部を出ると、さてどうしようと悩む。

 軽く腹に入れてこの後潜るか、思い切って酒を飲んで帰ってしまうか。ああでもないこうでもないと色々考えていた時に一つの店が思い浮かぶ、今日はあの店にしようと。そうと決まれば話は早い誠司はいつもの如くぶらぶらと歩き始めた。


 幹線道路の目白通りといえば聞こえは良いが、練馬の飲み屋街の外にあるので人通りも少ない、都会の交通量の多い道沿いで駐車場もないので車の客も望めない、そんな所にぽつんとあるラーメン屋「bonísimo」。

 店主が所謂普通の中華そばにこだわった店、それなのに店名はスペイン語だ。多分店名に煮干しを入れたかっただけなのかもしれない。

 引き戸を開けて店内に入ると、いつもガラガラのカウンターに、奥から休んでいただろう店主が出て来る。

 入口すぐの券売機で、おつまみワンタンとビールをぐっと我慢しながら、油そばとラーメンのボタンを押す。


「ラーメンは後でいいか?」


「いいよ、その時に声かけて。」


 誠司が食券2枚渡しながら言うと、店主も特に気にせず受け取って調理を始める。店内には店主の調理する音と、店の端においてあるテレビから流れるサッカー中継だけが響く。この店はいつもこんなもんだ。


「おまたせ」


 カウンターに丼が置かれて、誠司はそれをとると、よく混ぜて食べ始める。旨い、特別旨いわけじゃないが、普通に旨い。

 他所からわざわざ足を運んだ奴等じゃ、納得出来ないかもしれない「このレベルなら、うちの地元にもある!」と。

 多分それで良いのだと思う、そういう奴は近くで行列のできる店に行けばいいだけだ。今は普通にラーメンを食べたかっただけだ、だからこの店だ。


 入口の引き戸が開く音が響く、入ってきたのは親子連れの3人組だ。


「なあ、ビールとワンタンいいだろ?」

「しょうがないわねぇ、私にも飲ませてね。」

「僕コーラ飲みたい!」


「ラーメン頼む。」


 券売機の前で親子連れがそんなことを言ってる中、誠司は食べ終わった丼をカウンターに置いて次を頼む。


「はいよ、おまたせ」


 親子連れが席についてワイワイと楽しむ中、誠司は一人ラーメンを啜る。あの夫婦がビールを注ぎあって飲んでいる所を見ると思わず喉がなる。子どもの方も、このご時世で瓶コーラだ。自分でグラスについで楽しそうに飲んでいる。

 誠司は「このままではイカン、口がビールモードになってしまう」と慌ててラーメンをかき込むと店を出た。


 結局飲まずに外に出た、潜る気がなければあそこで飲めばよかったのだ。飲まなかったということは、そういうことなのだろう。誠司は支部の方へ足を向けて歩き出した。





「受付完了です、荒らさないでくださいね。」


「最近、んなことしたことねぇだろ。」


 眼の前の受付の男が誠司にカードを差し出しながら言う。コイツは付き合いだけで言ったら、寺島や雛菊よりも長い。ただ夜から朝にかけてしか入らないから合う回数は少ないものの、何故かコイツが受付の時に限って、誠司が色々やらかした過去がある。


「お前のせいで、いつものまで言うようになったんだぞ。」


「自業自得ですよね。」


「俺はお前が疫病神じゃないかって思うよ。」


「私も小山さん以外にひどい目に合わされたことがあまり無いので、同じように思っていますよ。」


 互いに疫病神であることを確認しあい、誠司はカードを受け取るとゲートへ向かう。


「それではお気をつけて。」


「ああ。」


 軽口さえ終われば、あとはいつも通りだ。受付に見送られて、ゲートを通り、装備に着替える。いつもと違うのはただ日が落ちている、それだけだ。



 ########################

 今回モデルにさせていただいた店は練馬の「ぼにしも」さんです。

 残念ながらこの店は24年4月を持って閉店されてしまいました。この店の私の感想については別途、エッセイという形で書きます。

 本当は近況ノートにしたかったけど、予約投稿が出来ないから…


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ダメなオッサンは今日もダンジョンへ潜るしインフルエンサーは目指さない 釜屋留間幾二 @neji_

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