第16話 ジャージを脱ぐ日

 誠司は昨日部員達と別れてから咲希とチャットでやり取とりし、結局同じ時間に待合せですることになった為、いつものように仕事ダンジョンをこなし、待ち合わせ時間前に駅前に着くが今日はスマホをいじる気もなく、ベンチに座り駅前の景色を眺めていた。

 するとダンジョン部 部長の駒沢灯里が辺りを見回していたので、誠司は声をかけた。


「おい」

「え、小山さん…ですか?」

「なんで疑問形なんだよ。」

「だって、ジャージじゃないから…」

「ジャージがオレじゃねぇよ。」


 灯里が困惑するのも無理がない。今日、誠司はジャケットに柄シャツ、チノパンと所謂ビジネスカジュアルを着こなしていた。ついでに無精ひげを剃って、髪もちゃんとセットしている。

 格好だけ見れば普通にビジネスマンの方に見えるのだから仕方ない。灯里は普段からこういう格好すればいいのにと内心思いながら促す。


「それじゃあ、行きますか。」


「ちょっと待ってくれ、10年前のサラリーマン時代のオレの魂を、霊界から呼び出している最中なんだ。」


「はい?」


 意味不明なことを言い出す誠司のダメっぷりに、灯里は自分の知っている誠司だと安心した。そして1~2分ほどその場にいると誠司は立ち上がる。


「お待たせしました、行きますか。」


「はい?」


 心做しか背筋が伸びて目に活力が入ったように見える誠司が、今まで聞いたことない言葉遣いで話し出す。灯里は本当に魂を霊界送りにしてたのかと錯覚する。じゃあ今までの魂はどこに行ったのか、かわりに霊界送りにされたのでは心配だ。


「普段からそういう格好しないんですか?」


「どうしても洗濯物とか、クリーニングに出すものが増えちゃうからね。普段はなるべく手間を省きたいんだ。」


 昨日に引き続き二人で学校への道を並んで歩いて会話をするが、口調こそアレだが、内容はダメなオッサンのままで、見たこと無い表情で苦笑している誠司の表情に、灯里の脳はバグりそうだ。

 ホント、コイツは誰だ?昨日と同じおじさんか?いや、いっそずっとこのままでいいんじゃないかと。


 校門に到着すると昨日と同じように灯里は受付に書類を提出し、誠司も免許証を出す。受付の守衛ガードは昨日と同じ人だったらしく、免許証を確認している時に誠司を二度見三度見して、通行書を渡してきた。

 二人は校内に入り、灯里の案内で職員室へむかう。


「職員室なんて何年ぶりですかね。」

「昨日も似たようなこと、言ってましたよ。よく呼び出されたんですか?」

「普通ぐらいですよ、当時は無難な学生でしたので。」


 そんな話をしていると職員室の前に着く、灯里は扉をノックしてから開けて入室する。


「「失礼します。」」


 灯里の後を歩きながら、誠司は職員室を眺めて「どこも似たような雰囲気」だと感想を抱く。


「先生、こちらが特別コーチを受けていただいた小山誠司さんです。」


「はじめまして、練馬支部所属Cランクの小山誠司と申します。名刺は持ち合わせていないため、こちらをご確認ください。」


「こちらこそ、はじめましてダンジョン部顧問の天堂順子てんどう じゅんこと申します。本日はよろしくお願いいたします。」


 誠司は挨拶をし、眼の前の女性教諭へ探索者カードを差し出す。女性教諭も立ち上がり挨拶を返してくる。


「小山さんまずはこちらへ。駒沢さんは戻っていただいて結構ですよ。」


「はい、失礼します。」


 天堂は咲希に退出を促して、誠司を窓際のパーティションで区切られた会議スペースへ案内する。

 誠司は椅子に座るとビジネスバッグから茶封筒を取り出した。


「まずはこちらをお収めください。先日の練習の最中に破損した備品の代金と今後のダンジョン部の活動を補助するための寄付となります。」


「はい、わかりました。ありがたくお受けいたします。」


 天堂は素直に茶封筒を受け取るが、ちょっとした厚みがあることに驚くがすぐに気を持ち直す。


「小山さん、この度は本校の生徒の救助にご尽力いただき、誠にありがとうございます。教員含め一同を代表してお礼を申し上げます。」


「いえ、お気になさらず。私としても一探索者として、不逞を輩を排し若者の一助となれたのであればそれに勝るものはありません。」


 聞く人が聞けば一番好き勝手やってそうなやつが何を言ってるんだと突っ込まれそうだが、天堂の礼に対して、誠司は丁寧に返事を返す。


 ************************

 清心学院 ダンジョン部


「失礼しました。」


 咲希は職員室を退出すると早足で歩き始める、校内を走ると怒られるからだ。そしてグラウンドに出ると一気に加速して、ダンジョン部の部室に駆け出し始めた。


 今日は部活動の日ではないが、ダンジョン部の部室内では全員が揃っており各々が、動画を参考にしたり、スキルを調べてトレーニング方法を考えたりしていると、部室のドアが開き、咲希が飛び込んでくる。


「大変、おじさんがおじさんじゃなくなっちゃった!」


「「「は?」」」


 全員の心が一致した「コイツは一体何を言ってるんだ?」と。


 ************************


「あの、小山さん。失礼ながら動画を拝見させていただきまして…その、だいぶ雰囲気が違うといいますか…」


「ああ、そこのことですか。普段はあんな感じですよ。今日は顧問の先生にお会いするということで、以前の仕事の時を思い出しながら取り繕ってる次第でして。」


 天堂の言いづらそうな質問に、誠司は眼の前に置かれたお茶を啜りながら答える。本人としてもあれが素なのだからしょうがない。


 天堂は誠司が会いに来ると聞いて最初ビビっていた、犯罪者に遠慮なく暴行を加え制圧する人間がコーチに来ると。

 そして備品を壊したから弁償したいと言って来たときには、逆になにか因縁つけて暴れられたり、賠償を求められるのではないかと。実際そんなことすれば誠司は一発アウトなのだが、20年経っても一般人と探索者の乖離は大きい。


 生徒達にヒアリングしても極端に悪い意見は聞かれないものの、気前はいいけど愛想が悪くてだらしないジャージのオジサンという意見が多かった。


 そんなわけでどんな人間が現れるか緊張していた、いざ会ってみるとビジネスマン風で折り目正しい人物だった為、一気に気が抜けた。


「あの、前職は何をされていたんでしょうか。」


「IT関連の技術職をしておりました。とはいえ10年も前のことですので殆ど忘れていますし、最近の技術にはまるでついていけません。」


「それがまた何故、小山さんは探索者になられたんですか。」


「お恥ずかしい話ながら、勤めていた会社が潰れまして。ヤケになって手槍一本担いで練馬ダンジョンに突撃したのが始まりです。」


 天堂は誠司の為人を知るために色々質問していき、誠司もなるべく丁寧に回答していく。



「…ダンジョンは、やはり危険なところなのでしょうか。」


 天堂はようやく踏み込んだ、現代社会において探索者によって成り立っている部分が多数ある。だからといって、自分たちの教え子が望んだからと言って、そこに送り込むを良しとするのは正しいことなのか、そういった葛藤が見える。


「ダンジョンは危険なところです。今まで生き残ってきた私でさえも、明日をも知れぬ身となる場所です。」


 誠司ははっきりと言い切った。


 例えば悪いことをしているのならば止めなければならない、ただ危険、そう危険なことをしているのだ、そして現代社会がそれを推奨しており、自分もその恩恵に預かっている。それが天堂を悩ませる。


 これが恥知らずであれば家に帰ればエアコンの部屋で快適に過ごし、発電所で生み出された電気で走るEV車やガソリン車を乗り回して好きなところに行き、コンビニや自販機で冷たい飲み物を買い求めて、原発を止めろ、化石燃料使用反対と叫ぶだけ、ならば代案はとクリーンな核石を使えと吠えるのに誰一人としてダンジョンへ入らない。

 そんな頭のおかしいやつがゴロゴロいることを考えれば、天堂の感性というのは真っ当と言えるだろう。


「先生、これは提案なのですが先生方でダンジョンへ入りませんか?」



 ************************

 清心学院 職員室 外壁近く


「オッサンがオッサンじゃないってどういうこと?」

「なんかスーツ着てちょっとカッコよかった。」

「え~、チョイ悪親父風な~。」

「そうじゃないんだけど…」

「オジサン、ジャージ以外も着れたんだぁ。」「ね~」


 ガヤガヤと部室を出たダンジョン部員達が職員室の壁際に向かって歩いている。



「みんな、静かに。」


 灯里の言葉に一斉におしゃべりを辞める、そして職員室の壁伝いに静かに進む。洋子スカウトが先行しながら全員で後へ続く。洋子の合図で足を止めるとみんなで窓から覗き込む。


 会議スペース内では、重苦しそうな表情でうつむいている天堂と向かい合っているビジネスマン風の男性がいた。


「「誰?」」

「おじさん」

「「「!?」」」


 全員で一斉にしゃがみこんで密談する。


「あんなのオッサンじゃないよ!」

「ヒゲないし。」「ジャージでもないし。」

「実は弟とかじゃなくて?」「オジサン消えちゃった?」

「え~、嘘でしょ~。」

「もう一回見てみようか。」


 もう一回覗き込むと、天堂が席を外してスペースから出ていくところだった。そのタイミングで誠司が部員達の方を向いて軽く手を振る。


「ヤバ、オジサンあんな顔できるの?」

「すっごい優しそー」

「ずっとあのままがいいー。」

「お父さん…」「オジサマ…」

「なんかカッコイイって言ってたの、わかる…」


 なんか聞こえちゃいけないような言葉が聞こえたけど、とりあえず全員でその場を離脱して、部室へ向かった。


 ************************


 誠司の前で天堂がうつむいている。


「先生、これは提案なのですが先生方でダンジョンへ入りませんか?」


 実のところ教職員であっても現在では探索者としての活動は可能だ。探索者の拡大を狙った政策だろうが、実際は頓挫していると言っても過言ではない。


 以前は公務員の副業不可の制約に引っ掛かり不可能だったため、当時探索者として活動していた人間は、教職員になると探索者カードを返納していた。そして探索者としての活動が認められていたときには多くの教職員が生活の基盤を築いていたため、リスクを負ってまで戻ろうとするものは少なかった経緯がある。


 また新任として配属される者であっても生活圏でのダンジョンの有無、また上記の理由により同僚に探索者がいないこと、専業探索者とは活動タイミングが合わないこと、怪我などによる失職のリスクを考えこちらも進んでいない。


「私もいきなり入れと言うわけではありません。まずは練馬支部に連絡をつけてみてはいかがでしょうか。協会とて若者を放り込んで、ただ終わりというわけではありません、現在は様々なバックアップ体制を築いています。

 まして先生一人で背負えるべきことでもないと思います、例えば先生方で勉強会と言う形で練馬支部の現状を知っていただく事から始めても良いかと思います。」


 誠司はひとしきり喋るとお茶を飲み干す。天堂は顔を上げてその様子を見ていた。


「あの…、お茶のおかわりは」

「いただきます。」


 天堂は席を外し会議スペースからでていく。


 誠司は少し前から窓の外にワチャワチャした気配を感じていた。「なにやってんだアイツラ」と思いながら視線を感じたので窓の外を見ると部員達が覗き込んでいる。

 軽く微笑んで手を降ってやる、サラリーマン時代の誠司なら楽勝だ。


 天堂が戻ってくると手にはお茶のペットボトルが握られている。


「すいません、ペットボトルでよろしければ。」

「ありがたくいただきます。」


 さし出されたペットボトルを受け取り、軽く口をつける。


「当面の間は私の方で面倒を見ることも可能です、ですがその場合には、その間に学校と協会のほうで理解を進めていただいて、サポート体制の構築を図っていただければと思っています。」


「また端的な話になりますが、他の学校にもダンジョン部が出来たとして、こちらにもやったのだから、そちらにも私にサポートに行けと言われても正直お断りすることになると思います。キリが無くなりますし、私にも生活というものがありますので。」


 誠司の言っている意味は理解できる、探索者人口は拡大していくだろう。その中で似たような活動をするところも出てくるだろう。事実、探索者学校なるものもすでにある。

 その中で自分一人が負担を追うことが出来ないと言っているのだ。


「わたしに、出来るでしょうか…」


「先生一人では無理かもしれません、ですが探索者は問題解決ダンジョンにはチームで当たるものですよ。」


 その後も様々なことを話し合い、いい時間となったため辞することとなった。


「校門までお送りいたしましょうか。」

「いえ、結構ですよ。先生もお忙しい身でしょうから。」


 そう言って職員室で天堂と別れてエントランスの方へ向かう誠司、そこの角には先ほど感じた気配が固まっている。


 誠司は仕方ないとため息一つついて歩みを進める。


「オジサン何その格好ー!」

「うお~、マジオッサンっすか!」

「ジャージ以外も着れたんだー!」

「「……」」

「ヒゲ無い方がいいじゃん~」「え~、アタシヒゲのが好き~」


 待ち受けていた部員達に囲まれて好き放題言われる。


「オマエら、まとわりつくな。」


 誠司は鬱陶しそうに距離を取る。


「あの、お昼の時みたいに喋ってもらえませんか?」


「アホか」


 灯里がちょっと変な目で誠司を見つめてくるが、誠司は斬って捨てた。社会人のときの自分はすでに霊界に送り返したのだ。


 受付で通行証を返却すると校門で待っている部員達にのところへ向かう。


「流石に今日は奢らんぞ。」

「まあ、二日続けては流石に…。」


 誠司は釘を刺すが、それは遠慮するつもりだったらしい。


 千川通りを中村橋駅に向けて歩く、中杉通りとの交差点手前で誠司と別れて部員達は歩道橋を登る。


「それでは皆さん、これから暗くなるので気をつけて帰ってください。」


 誠司が部員達に振り返り、声を掛ける。これくらいのサービスは良いだろう、誠司はそう思う。背中にキャーキャー言う声を聞きながら昨日と同じ道通って帰ることにした。




 ちなみに後日、誠司がソロでダンジョンに潜っていると知り、ちょっと騙された気分になった天堂であった。

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