第26話 ワニワニ天国

 6月も中頃に入り、今日も今日とて、誠司は仕事ダンジョンへ向かう。


 先日、ダンジョン部の引率としてダンジョンに潜って以降、ちょくちょく部活に付き合うため放課後に女子校に行ったり、土日のダンジョン探索に引率している。


 どうしても自分のこと以外に時間を取られる関係上仕方がないが、収入が若干落ち込んでいるので、通勤の間なにか旨い獲物はないものかとダンジョンアプリでドロップ品の買取価格を眺めていると、マッドクロコダイルの素材がやたらと値上がりしているのを発見した。何か新しい使い途でも見つかったのかもしれない。


「今日はこれに乗ってみるか。」


 そう言ってぶらぶらと練馬支部に向かって歩く。今日は混んでるだろうなぁと思いながら。


 何度も言うが探索者の朝は意外と早い、ヤクザな職業を選んでおいてどういうことかと思うかもしれないが、こういう買取価格の急上昇をキャッチして早朝から動き出す者がいるのだ。

 それを考えれば誠司は乗り遅れている方だが、これも祭りかと思って気楽に参加することにした。


 ちなみに価格はリアルタイムとまでは行かないまでも、ある程度の間隔で変動するので、一日駆けずり回って素材を集めた挙げ句、買い取りブースに持ってきた頃には通常価格に戻ってた、なんてことをやらかす探索者は後を絶たない。



 ************************


 練馬支部に着くと、いつものみなと受付にカードを出す。


「おはようございます!カードを受け取りますね。」


「マッドクロコダイルの状況わかるか?」


 いつもの笑顔でカードを受け取る湊に、誠司は今日の目的の状況を聞いてみる。


「早くから入ってる人達はそれなりにって感じですかね。大体D上位からC中位ぐらいまでは動いてそうです。」


「そうか、まあそんなもんだよな。」


 湊は引き継ぎを受けたときの情報や、受付に座ってから耳に入ってきた声から状況を判断して誠司に伝える。


「もしかして参加されるんですか?荒らさないでくだいね?」


「そんなことしたことねぇだろ。」


 祭りに参加する誠司に対して、いつものやり取りをする。


「はい、受付完了です!そういえばワニ肉も美味しいらしいですよ。」


「残念ながら、今日はドロップ狙いだよ。加山さんも今日は忙しいだろうしな。」


 カードを差し出してくる湊はちゃっかりお土産をねだるが、誠司はあっさり断る。

 今日はCランクのバッグ持ちが未解体の魔物ワニを多数持ち込み、解体場から加工室まで大忙しなことが容易に想像できるからだ。

 一応ドロップ品でもワニ肉は出るが、解体した際の量と比べると雲泥の差だ、その上で大忙しの解体場や焼き場を使わせてくれとは、とてもじゃないが言えないだろう。


「それじゃ仕方ないですね。いってらっしゃい、お気をつけて。」


 誠司は何が仕方ないのかわからないながらも、いつものように送り出される。



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 練馬ダンジョン三十九層


 マッドクロコダイルはDランク層(21~40)においても最深部38~40層に生息する魔物だ。さらにその当たりはエリア全体に大河が流れ、周囲は湿地で覆われて、所々深い沼地になっていたりと探索者にとって大きく行動が制限される。


 マッドクロコダイルの厄介さは足元からの急襲だ、ただでさえ機動力が奪われ、足元の視界が悪い所をヤツラは悠々と近付いて襲いかかってくる。


 しかも敵の位置があまりにも低いため、足元に対応する術を持たない探索者の攻撃では背中側の硬い皮に弾かれ、噛みつかれ、そのまま沼地の奥へ引きずり込まれてしまう。

 だが下だけを気をつけていればいい程、ダンジョンは甘い場所ではない。


 三十八層は目的の獲物の数が少ない為さっさと通り抜け、三十九層へ到着した誠司は最短ルートから外れて脇道へ向かう。ここからは獲物を狩っていくためだ。そしてロングソードを引き抜いて歩き始める。


 <探査ソナー


 誠司の脳裏に次々と光点が浮かぶ、その光の動きだけで人か魔物かの大凡の判断をつけながら歩いていく。

 そのうちの光点の一つが近付いてくるのを確認すると、誠司はその方向に頭を守るように剣を横に構える。


 カツン


 構えた剣に軽い衝撃が伝わる。そして足元にポトリと落ちる音、そこを見れば一羽の小鳥が湿地でもがいている。バレットロビン、決して強い魔物でもない。どちらかと言うと弱い部類に入る魔物である。

 誠司がやったように、あるいは攻撃を防ぐだけの装備をしていれば簡単に落ちる。


 だがこれがここでは怖い、探索者達はただでさえ機動性の不利を受け、慣れない足元の敵と戦っている最中に、コイツは頭上から己の身を弾丸として突っ込んでくる。

 重装の者は防げるかもしれないが、軽装、ローブといった者は防具がない場所に衝突され、そこから食らいつかれるのだ。怖くないわけがない。

 しかも核石の値段はDランク層でほぼ最低値で、おまけにドロップもない。本当に害悪でしかない魔物と嫌われている。


 誠司はそのままバレットロビンを握り、翼の羽を毟る。二度と飛び立てないように。


 そうして誠司は再びゆっくりと足元の草をかき分けながら歩みを進める。


 目的の場所に着くと手にしていたバレットロビンを放り投げた。

 水辺に落ちたバレットロビンは羽を失った翼を懸命に動かして飛び立とうと藻掻いている、誠司はそれを離れたところからじっと待機する。


 しばらくすると水面にマッドクロコダイルの目が現れ、水辺で暴れるバレットロビンに近付いていき水面から飛び出したと同時に一飲みにする。瞬間誠司も駆け出し、振り上げたロングソードをマッドクロコダイルに脳天に叩き込む。

 誠司の手に頭蓋を叩き割った感触が伝わると、誠司は敵を即死させたと確信し、そのまま脳天に剣を突き刺しそのまま強引に水辺から引きずり出して仰向けにする。

 そして周囲を警戒し安全が確認できたところで、剣で乱暴に腹をかっさばいて手を突っ込み核石を毟り取った。

 気分はゲーセンのワニ叩きゲームだ。


 先日の汗血奮馬の解体とは全く反対の荒々しい行動だが、ドロップ狙いであるなら、これが一番手っ取り早い。


 残ったのはマッドクロコダイルのドロップ品と、丸呑みにされたがまだ息があるバレットロビン。


「もう少しだけ役に立ってくれよ。」


 マッドクロコダイルのドロップ品をポーチに入れると、誠司はそう呟いてバレットロビンを拾い上げた。


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