第参幕 八

 草木も眠る丑三つ。

 僕は家からのそりと抜け出して、空を見やるのが好きだった。

 只の黒ではない、多多なる色を混ぜ込んで作られたそれには、ぽつりんぽつりんと光体が飛び散っている。

 あの輝きは一体どのくらい離れた場所にあるのだろうか。

 いつか、僕もあんな風に輝けるだろうか。

 想いを馳せると、死の淵で踊っている自分の意識はのろくなる。天界から見やる僕は、遠慮無く息を吸っていいし、堂々と心膜を動かしてもいい。星はちっぽけな僕の生存を許してくれる。

 一等の星に、僕は救われてきた。

 それがよう、いつつになったとしても、救ってくれるはず……だろ?

「これは驚きだわ。エースが五枚ある」

「ほほーん。興味深いわね。つまり、イカサマをしているということかしら」

「金狐、やりやがったな! エースのフォーカードなんてあり得ないだろ」唾を飛ばし、狐をなじる。

「キングのフォーカードを手にしている人間が吐く言葉じゃなくってよ」

「トランプはおまえが用意したんだろうが」

「新品だったじゃない。あなたも見たでしょう、びろびろ剥いたプラスチックのフィルムを」脳裏にあのフィルムがむずがる姿が蘇る。

「あんなの、金をかければいくらだって作れるじゃないか」

「こんこんこん、酷い言い草ねー」金狐はえくぼを作るように人差し指を右頬に押し当て。

「全く、男の風上にも置けないわねー」銀狐はポーカーマットの上に載せたあごをぐーりぐーり。

「じゃあ、証拠を見せなさいよ」金狐が言うと、「そうだ、証拠だ」「目に見えるものを突き出せ」子狐たちから野次が飛ぶ。

 なんだとぉ?

 目に見えるものだって! 

 はん!

 動かず、立体的で、客観性が装飾された証しの拠り所ってやつか。

 法廷でも、

 推理小説でも、

 あの探偵ぶった鳩貝という警察官でさえ、

 証拠はこれだと持ち出してくる。

 いい加減に、うんざりなんだよ。

 それだけが全てじゃないだろうが。

 世界を構成するパーツのほとんどは目に見えないじゃないか。

 肺を蝕み、喉が腫れて、咳き込み、発熱する猿の一族は、目に見えない、生き物かどうかすら証明できないそれに、骨の髄まで怯えているんじゃなかったっけぇ?

「わたしには証拠があるわよ。酒之助がイカサマをしたっていう確たるやつ」

 金狐がとんでもないことを言いだし、響めきが起きる。

「どんな証拠なの。教えてちょーだいな」銀狐が餌を前にした狐のようにはしゃぎながら言った。

「さっき、ポケットにトランプを入れていたわよね」

「な、なんだってえ!」「大胆不敵」子狐が騒ぐ。

「ぼ、ぼ、僕はポケットに手は入れていない! いつだって、手に持ったままだった」口から修正液をぶちまけるがごとく、騙る。

「嘘をおっしゃい、証人もいるわ」金狐の言葉に、子狐がわららと手をあげる。

「見ました、金狐様。確かに、酒之助はポケットに手を入れていました」

「こんな感じでした」

 子狐が半紙を広げて見せる。

 小筆でうにょうにょ、墨書きされたそれは、醜悪そうな顔をした僕が、ポケットに手を突っ込んでいる絵であった。器用なぎぃつねめぇ。

「でっち上げだ! お前ら、全員グルだろう。そうやって、僕を陥れようとしているんだ」いつもそうだ。僕を悪者にし、攻撃の対象にし、必死で踏ん張っている日常の足場を崩そうとしてくる。

「そうね、そうかもしれない。じゃあ、他人を納得させられるような、証拠を突き出し、推論を重ねなさいよ。面白いから暴いてみなさいよ。真実というやつを」

「ちょ、ちょっと待て。証拠を探す」

「アハハ、ぶっざまァー。安楽椅子に腰掛け、パイプを吹かし、さて――――。それがスマートなやり方でしょう。証拠はもう揃っている。それを話術に溶かし込むだけ。そうしないとね、聴衆は退屈してしまうのよ、今の子ぉは、ほんのわずかな広告ですら待ってくれないんだから」

「ねー、金狐ぇ、暇だから開けてもいいかしら。山崎五十年♪」

「や、やめろ。まだ、勝敗はついていない。必ず、覆す」歯をがちがち、地団駄をこれでもかと踏み鳴らす。

「遅いわ。時は金なり、狐なり」

 僕は狐たちの会話から意識を逸らし、イカサマの証拠を探す。ポーカーテーブルの周囲をぐるり、検分する。

 僕は、僕の正しさを証明できる。

 誰だってそうだろ、自分の行いはいつだって正しい。

 強盗であっても、詐欺師であっても、人殺しであっても、自分の意識の中では全てが生きていくための正当防衛に過ぎない。

 確かに、狐たちの言うとおり、こっそりエースを追尾して、握り込み、どさくさに紛れてポケットの中に入れた。ロイヤルストレートフラッシュは消しておかなければならない。

 しかし、ゲームの外から持ってきた新しいエースは投入していない。僕が手にしているのは、ポーカーで使われていたエース。

 思い出せ、

 金狐の動き。

 彼女はどんな風に手を動かしていたか。

 記憶を遡り、

 早回しにする。

 透明なびろびろを剥いて、トランプを取り出した。そこからジョーカーを二枚抜いた。そのジョーカーは……まだ、テーブルの上にある。

「まだかしら? 謎解きぃ、遅すぎー」

「探偵事務所は開けないわね」

 狐たちの軽口が耳にさわる。

 静かにしてくれ。

 ただでさえ、酔っ払って吐きそうなのだ。

 それからシャッフルをした。

 金狐がトランプを繰って、僕がトランプを繰った。

 不審な動きはなかったはず。最初のゲームは僕が勝った。トランプの役も、僕が無役で、金狐の役は二のワンペア。ありふれている。つまりは、最初のゲームでイカサマはなかったのかも。

「そーれぇ、銀狐」金狐が山崎五十年のボトルを放り投げる。「あっ」悲鳴が口からこぼれた。銀狐はよぉろよぉろ、落下点を見定めて、ボトルを掴み取る。

「やめてくれ、もう少しで分かりそうなんだ」

「勝手に集中すればいいでしょうに。わたしとあたしがウィスキーのボトルを投げ合って、遊んでいることは関係ないでしょう」

「酒之助の脳みそを弄くり回しているわけじゃないのだわ。あなたの、ちんぽな集中力がその程度ってことなのよ」

「ちんげでしょ、銀狐や、はしたないわよ」

 ぽーん、ウィスキーのボトルは飛び交う。

 つるっと滑って、地面に落下し、叩き付けられる光景が頭をかすめる。

 呑んでしまうのならまだいい。

 その味を誰かが舌で味わい、心の壁面に印をつけるのなら、我慢できる。が、床に落としてしまうのは許されない。蒸発するのを待つ、無価値な液体になってしまうことは、侮辱だ。

 ガラスが割れる光景……見たような気がする。

 湯気を立てる豚まん。

 直立不動で立つ米兵。

 無数のコンテナ。

 徒労に終わった正義感の行使。

 蹴り飛ばしたショットグラス。

 ――――そ、れ。

 コンテナの壁にぶち当てて、酒の密輸を暴いた。

 周囲を見渡す。

 コンテナはない。

 あるのはポーカーテーブル……ポォカァテェヴルゥ……。

 右足を後方へ大きく振った。

 あのときの動作に重ねるようにして前方へと蹴り出す。

 テーブルの下部をすっぽりと覆っている、台座に亀裂が走る。

「な、何をしているのかしら」

「器物損壊! 警察を呼びなさい」

 金狐と銀狐が騒ぎ立てるが、無視。

 僕は台座の破片をむしりとりながら、ペンライトを点して、暗がりを照らし出す。

 ぬ……狐の顔が浮かび上がった。

 瞳の茜色が、ペンライトの光を浴びて燦々としている。収穫を待つばかりの綿畑のような仮面の毛皮がおめでたい紅白のコントラストを生み出している。

「お嬢様、バレましたね」白狐は悪びれる様子もなく、答えた。

「むぎぃ。失敗したのだわ。ポーカーテーブルの中に隠れるって金狐が言ったのをまともに受けてしまった」

「銀狐の提案じゃない。わたしはやめたほうがいいって言ったのに。名案だ。銀狐は天才なのよって言うから」

「わふう」

 金狐と銀狐は両腕をぶんぶんと回転させて、互いを攻撃している。

「相埜谷酒之助様、どうして分かりましたか?」

 白狐はプラスチックの破片を丁寧に払いのけてから、すっくと立ち上がった。

「横浜港で、コンテナを蹴飛ばして、酒の密輸を暴いたのを思い出したのさ」

「なるほど、あのトリックは白狐が考えましてな。やはり、暴かれた謎をもう一度据え付けるのはよくありませんなぁ」

 白狐は仮面の表面を覆った白毛をずりずりと撫でつける。

「お前、何者だ。スピークイジーにもいたよな」

「ああ、よく覚えてらっしゃいますね。あのときはバーテンダーをやっておりました。ジントニックは美味しゅうございましたか」

「なかなかの腕前だったよ。ライムの香りが飛んでないのが最高だった」

「ほう、檸檬の味がすれば良いとする殿方が多いですがね。あの香りを感じ取れるのなら、相埜谷酒之助様はなかなかの御仁。特別に正体を明かして、しんぜましょう」

 白狐は人差し指と中指をハサミのように立てて、仕立ての良いダークスーツの胸ポケットから一枚の紙切れを取り出す。茜色の蝶ネクタイがやけに目立っている。

 達筆な筆文字で『酒類取締官 相埜谷酒之助』の文字があった。

 目が点になったのを自覚する。

「へえ? あいのやさけのすけ?」

「白狐と呼ばれたり、妖頭芭蕉と呼ばれたりしますが、本名は相埜谷酒之助にございます」

「相埜谷酒之助は僕だろう」僕は僕であり僕なのだ。僕以外の僕が存在するはずはない。

「確かに、そうでございますね。僕と称する相埜谷酒之助様もおります。それは、あなた様のことです。ええ、これは間違いございませんよ。しかし、僕は僕しかいないと誰が決めたのでしょうか? 地球の裏側には同じ顔をした生命がいるかもしれませんよぉ」

「そんなことはあり得ない!」断固、首を振る。インターネットが覇権を握り、半導体が人類を支配する時代。サイエンスフィクションは物語の中で死に絶えたのだ。

「そう、自信を持って断言ができる根拠はどこにございましょうか? 僕は……この場合はオリジナルの相埜谷酒之助様の僕ですが、僕以外の存在が頭の中に棲みついていることを知っていますよね」

 図星。

 僕は僕と僕以外をどうやって分離していいか分からなくて困っている。

 僕が僕に向かって、命令をする声が頭の中でいつも聞こえる。今すぐに、紐で首を絞めて死ね。生きているだけで、相埜谷酒之助を視界に入れている他者は大きく迷って惑うから。社会正義のためにはらわたを撒き散らせ。刃物を握れ、男を魅せろ。

「それは、相埜谷酒之助様の声でもあり、白狐のものでもあり、探し求めてきた妖頭芭蕉のものでもあります。我らは一心同体なのであります。密接不可分であり、切れ目がなく連鎖した自家撞着なのであります」

「てめぇなあ、ごちゃごちゃと抜かしやがって。お前が妖頭芭蕉なのか」声が震える。どの僕が発した声か分からない。きっと、オリジナルの僕の声だと思う。僕以外の僕が僕を通して僕の発言を空気の中に放出するはずない。

「そうですよ。妖頭芭蕉にして、相埜谷酒之助です。酒の違法流通を一手に引き受け、血なまぐさい殺人をやってきました」

「間違っている」唇の端っこに汚らしい泡が溜まっているのが分かる。拭い取りたいが、少しでも気を抜いたら白い狐があんぐりと口を開けて僕を食ってしまうのではないか。

「何が間違っているのでしょうか。認めたくないだけでは、嗚呼っりませんかぁ? まさに、現実逃避という言葉がお似合い」ヒヒヒ、白狐は笑う。

「そうやって、わたしを作ってきたのでしょう?」

「そうやって、あたしを作ってきたのでしょう?」

 金狐と銀狐の言葉が割って入る。

 大事な話をしているんだと、怒鳴りつけようとして、言論の葉っぱたちは喉の仏の道で往生してしまった。

 個性的で、てんでばらばらだった狐たちの仮面が変わっていた。いや、仮面じゃない。人間の顔だ。双眸があり、げじげじとした眉があり、どっしりとした翼が生えた鼻に、皮がめくれて肉厚の唇。

 見たことがある顔だった。

 この造形のせいで、とことん、いじめられたのだ。

 彫刻刀で凹凸の隅々を納得がいくまで彫り直したいと願っているツラ。

 僕だ。

 あっちもこっちもそっちも、狐ごっこはおしまいと、僕がうじゃうじゃいた。

「な、なんだその顔は!」

「驚いては困るわ。酒之助の顔でしょう。わたしたちは酒之助によって作られたの。だから、酒之助の顔を持っていてもおかしくはないわけ」金狐、いや、金髪の僕がそう言った。

「この顔はあまり表に出したくないのだわ。不評なのよ。不細工で、弛んでいて、醜い。美しい銀の狐が台無しなのだわ」銀狐、いや、銀髪の僕がそう言った。

 有象無象な子狐も、僕に化けている。

 が、リアリティに欠けるものが多い。

 デッサンが傾いていたり、

 目が左右対称になっていなかったり、

 鼻がぐにゃんと曲がっていたり、

 品質が保証されない格安量産型の僕がたくさんいた。

「狐はみんな僕だって言いたいのか!」

「そうでございます。真相は分かってみると呆気ないものですね。謎は謎のままにしておいた方が美徳だと、白狐は思います」

 白狐は茜を湛えた目を持つ、狐のままであった。

 僕を名乗っておきながら、僕を晒すことはしないらしい。

「お前も僕なのか? 他の狐と同じように、顔を晒さないのか」

「おやおや、白狐の顔が見たいというのですか」

「そうだ。お前も僕なのだろう。ならば、僕の顔を持っているはずだ」僕は何を言っているのか分からなくなってきた。僕は僕しかいないはずなのに、僕を暴こうとするなんて、僕は間違っている。

「確かにその通りでございます。しかし、白狐は顔をお見せしたくないのです」

「なぜだ」

「それはですねえ。相埜谷酒之助様が白狐の顔を見てしまうと、死んでしまうからです」

「ウィリアム・ウィルソンか」

「おっしゃるとおりです。ウィリアム・ウィルソンを標榜する者としましては、オリジナルが死んでしまうのは困るわけです。相埜谷酒之助様が死んでしまったら、オリジナルの近似値として位置づけられている、いかにも主犯格っぽい白狐が相埜谷酒之助様を演じなければならないではありませんか。密造酒の違法流通のスキームを引き継ぎ、連続殺人の連続性を維持し続ける。それ、大変ですよ、オリジナルの相埜谷酒之助様、どうやってやればいいか教えてくれませんか?」

「やめればいいだろう。酒を流通させるのはよくない。人殺しなんて言語道断。常識だろ」僕は酒類取締官、正義の結晶体だ。

「アラ、キレイゴト言っちゃって。だから、女の子にくさいって言われるのよ?」金の僕はそう言って、「狐との逢瀬を妄想しながらするオナニィするのって楽しいの? いい加減さあ、やめようとは思わないわけ?」銀の僕がせせら笑う。

 把が粉々に砕けそうになるほど、握りしめた拳銃を目線の延長線上に持ってくる。

 僕は僕に狙いを定める。

 銃口は僕を構成する最も重要な細胞が格納された容器を狙う。

 熱を持ち、でゅりんでらんと意識が粘液をまき散らかしながら水車のように回転をする。喉に痺れるような痛みが走り、肺が痙攣を起こし、咳をもたらす。

 拳銃は海風に煽られる旗のように揺れる。

「あはぁ、コロナかも」シャンパンゴールドの僕はそう言って。

「隔離しなきゃ、殺処分も考えないと」プラチナシルバーの僕が毒を吐く。

「ワクチンは五回も打った。僕は健康で、健全で、文化的だ」

「っていう、洗脳でしょ?」

「PCR検査が必要ね。ついでに、アルコール検査もしておきましょうか」

「しらふだ。酒なんて呑んじゃいない」狙いはついた。引き金を引くだけで僕を処刑できる。道義的自己防衛は裁判で立証すれば無罪になる。大丈夫、僕は正義だ。

「あ~あ、ついにボロが出ましたねえ。この、大嘘吐きめ。あのテーブルはもう見えないんですか? グラスが折り重なるピラミッドを視認できますか? 呑んだのですよ? それを覚えてないというのですか。客観的証人はたくさんいますよ」夜景を写すべく、緩慢さを引きずったシャッターレンズのような瞬きが繰り返される、好奇心を火だるまにしたような瞳を持ち、唇の端っこにアルコールの異臭を放つ醜い泡をたっぷりと付けた、大量の僕が僕を見ていた。

「そういう、嘘を吐くな。僕は一滴の酒だって、口にしていない!」胃の底で強烈な不快感が芽吹く。酸っぱい唾がぴょっぴうっと泉のように吹いて、横隔膜が奇妙な収縮運動を行う。僕ではない何かが、僕を操作している。

「安心してくださいませ、相埜谷酒之助様。あなた様はちぃとばかり、偏っておるのです。そういう人間は塵や芥のようにたくさんおります。大切なのはですね、バランスなんです。手を広げ、多様性を受け入れ、他者の意見を聞き、常識を身につける。しばし、お待ちくださいまし、まもなく全ての記憶は連結されます。自分が妖頭芭蕉であると認識して、そういう風に立ち回れるようになります。情報量が多いとですね、遅延してしまうのです。脂でできた前頭葉の働きには限界がありますから。適宜休息を取り、栄養を補給し、再稼働させてやる必要があります」

 白狐は右手の人差し指と親指をパチンと弾く。骨のような爪が熱に耐えきれず、破裂したかのような鳴りであった。

 それは唐突に始まった。

 僕が僕であることの存在証明に稲妻が走り、切り裂かれる。

 重要だと思ってきたこと、譲れない正義感、解すことはできない強迫観念。僕の中央に内包されていた核が、破壊されたことが分かった。

 いや、今をもって破壊されたわけではない。

 もともと、僕は壊れていたのだ。破片が散らばって、あちらこちらで残滓を現実に傾けていただけに過ぎない。それに、気づいてしまった。

「お祭りはもうおしまい」

「広げた風呂敷は畳まなければならないの」

 金と銀の声がぶつかるようにして甲高く響いた。

 鉄砲水のように記憶が頭蓋の内側に叩き付ける。

 おやじと共謀して酒の違法流通に手を染めたこと。

 妖頭會の活動が上手くいくために、酒類取締官となり、裏で手引きしていたこと。

 妖頭會の運営方針の違いから仲違いをして、おやじを殺してしまったこと。

 殺人に快感を覚え、しくじった子狐を中心に殺しを進めたこと。

 僕の記憶ではなかった。が、ひとつひとつのピースの縁をぴたりとはめ込んでいき、脈絡のはっきりとした絵が仕上がると、それは僕がこの手で実行したと確信をした。

「完成しました。相埜谷酒之助様が狂った殺人鬼であることが」

「全部、僕の犯行だって言いたいのか」

「そうでございます。オリジナルの相埜谷酒之助様」

「ふざけるな。妖頭芭蕉」

 僕は右腰のホルスターから銃を抜き放った。それを待っていたかのように、金狐と銀狐が口々に言った。

「あら、自分を殺そうっていうの? 考え直したほうがいいわよ」

「自分の行動をよく見て、大変なことになるわよ」

「うるさい、うるさい。その化けの皮を剥ぎ取ってやる」

 僕は銃を向けたまま、白狐の顔に手を伸ばした。


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