第32話 リルと小さな勇気
『――貴様たちの生命を喰らいにきた……主の牙! リルである!!』
「えぇぇぇぇぇぇ!!? フェ、フェンリルなんですかぁぁぁ!?」
『……』
ムゥ……。ワタシの名乗りの返事としてはいささか腑抜けすぎるぞ。
せっかく助けに来てやったというのに、気が抜けるにも程がある。
『な、なんで、そんな伝説上の生き物が、こんなところにいるっていうんだい!!?』
『フン、先ほど述べたであろう? 我が主の命だ』
「あ、主って一体……?」
イリーナとかいう女が、疑問の声を上げる。
『ああ、それはルーネ…………と、尊いお方とだけ言っておこう』
危ない危ない……うっかり、主の名前を口にするところであった。
ワタシとしては、その名が世に轟くことは嬉しく思いが、主自身は、今世では身を潜めることを望んでいる。
ワタシごときが、主の意向に背くわけにはいかん。
『チィ! 伝説の霊獣がなんだっていうんだい! お前たち、出番だよ!』
「グォォォォ!!」
「ウガァァァァァ!!」
周囲にいた
『フッ!』
大きく息を吐き、宙を舞う偽魔人を吹き飛ばしてやる。
「ウォォォォォ!!?」
「ガァァァァァァ!?」
「きゃぁぁぁぁぁ!!? 飛ばされるぅぅぅぅぅ!?」
……しまった。このままでは、小娘まで吹き飛ばしてしまうな。
(仕方あるまい……)
必死に木にしがみついている小娘の襟元を咥え、持ち上げてやる。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!? 食べられるぅぅぅぅぅ!!?」
『誰が貴様なんぞ食べるかっ! いちいち吹き飛んでいたら、踏み潰しそうで危なっかしい。特別に許す、ワタシの背中に乗っていろ』
一度空中に放り投げ、背中でキャッチしてやる。
小娘は、最初はギャアギャアとやかましかったが、すぐに大人しくなる。
……なんだ、話せばわかるではないか。
「わぁぁぁ……フカフカして、お日様みたいな匂いだぁぁ」
『なにを呆けている!! あくまで一時的に乗せただけだっ! これを片付けたらすぐ降ろすからなっ!!』
全く、呑気なやつめ。
……まあ、我の美しい毛並みに触れてしまえばそうなるのは、致し方ないこととも言えるがな。
『い、いつまでも無視してんじゃないわよ! ――
魔人の女が、剣を振るうと、先ほどの炎の大蛇が再び生み出される。
「わ、ワンちゃん! 気をつけてください!」
『誰がワンちゃんだ! ワタシにはリルという、主が与えてくれた――』
『無視するんじゃない、って言ってんのよ!』
ワタシが小娘に説教をしようとした時、炎の大蛇がワタシの首を目掛けて飛び込んできた。
『オッホッホッホ! 焼け死ねぇぇ!!』
全く……ワタシも舐められたものだな。
『――ウルフェノク』
足元に魔法陣が出現する。
「シャァァァァァァ!!?」
喉元まで届きかけていた大蛇の体が、霧散していく。
「ウゴォォォォ!!?」
「ギャァァァァァァ!!?」
『こ、これは……っ!? う、ウァァァァァァ!!?』
大蛇だけではなく、周りにいた偽魔人も、魔人の女の体まで、塵になっていく。
ウルフェノク……魔法陣の中にいる生物の体を、塵に変えていく魔法だ。
主のような、一定以上の強さを持つものには効果が薄い、雑魚狩り専用の魔法だが……我と、我が障壁を纏わせている小娘以外には、抜群に効いているようだな。
『ぁぁぁあ!! グゥゥッ!?』
(やはり、低級とはいえ、魔人か)
他の偽魔人どもは、とっくのとうに塵も残さず消え去ったと言うのに、魔人の女は生き残っていた。
いや、塵になるのと再生を繰り返している状態……。魔人の再生力と、ワタシの魔法の狭間で、地獄のような苦しみを味わっている最中だな。
「ワンちゃ――リ、リルさん」
「む? なんだ、小娘よ」
「あ、あれって、助かるんですか……?」
助かる? ……ああ。
『無意味な心配などするな。心配せずとも、待っていればそのうち死ぬ……。まあ、魔法を解けば、少しの時間で再生してしまうがな』
「っ!! なら――許してあげてください!!」
『……なに?』
許す? どう言う意味だ。
「ま、魔人の人も、悪いことがしたくてやってるわけじゃなくて……た、ただ! 大切な人のためにやってるんです!!」
『……言い分は分かった。だが、やつは魔人だぞ? そのような理由で、見逃すわけがなかろう』
「で、でもっ!! 話せば、わかるはず……です!」
全く……弱いくせに鬱陶しい小娘め。
後ろを振り返り、ワタシの背に乗っている小娘を睨みつけようとしたが、その企みは失敗に終わった。
「うぅ……」
『……むぅ』
どうせ、ひと睨みで諦めるだろうと思っていたが、小娘は涙目ながらも、意外にも食い下がり、こちらを真っ直ぐ見つめていた。
『…………フッ。いいだろう、貴様のその勇気に免じて、一度だけ、願いを聞き入れてやろう』
そういう目をする人間は、嫌いではない。
ワタシの返事を聞き、小娘は一転、満面の笑みで喜びの声を上げる。
「あ、ああ、ありがとうございます!!」
『まぁ……元より、魔人を殲滅しろ、とは命じられていないからな』
それくらいなら、主も許してくださるだろう。
目の前で苦しむ魔族の女を一瞥し、魔法を解いてやる。
『ッガァ!! ……ハァ……ハァ』
魔族の女は、体力はほとんど残っていないようだが、なんとか5体満足で行き残っていた。
話している間に死ぬかと思っていたが、意外としぶといものだな。
先ほど小娘が言っていた『大切な人』のため……というやつか。
「だ、大丈夫ですか!? 魔人さん!」
『ゥゥ……。な、なんで、私を……?』
「えっ? え、ええと……、魔人さん、わ、悪い人じゃなさそうだったから……?」
ワタシの背に身を隠しながら、チラチラと顔を覗かせる小娘。
……まったく、ワタシに啖呵をきる度胸があって、その勇気はないのか? わからんやつめ。
魔人の女は、ワタシたちを一瞬睨みつけるが、フッ、と、諦めたように笑みをこぼす。
『……フン。礼は、言わない……わよ』
「い、いえ! 私がしたかっただけ、ですので!」
『……ほんと、変わってるわね。お嬢ちゃ――グァァッ!!?』
小娘と魔人の女が話していると、突如、空から黒い糸のようなものが現れ、魔人の女の体を包み込んでいった。
『ア、ア、アァァァァァァ!!!?』
「ま、魔人さん!!」
小娘の叫びも虚しく、魔人の体はみるみるうちに包まれていき、引きずられるようにして空の彼方へと飛び去っていった。
『あの方向はたしか……』
「と、時計台……?」
1番大きい、魔人の魔力があった場所か……。
「い、一体、なにが……」
……いよいよ始まるか、この戦いの終幕が。
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