第31話 イリーナ、絶体絶命
拝啓、お父さんお母さん。
お元気ですか? 私――イリーナ・イーヴェルは、元気とは言い難いです。
下の方の成績で入ったものの、学院生活は新しいことを学べる場所なので、毎日が刺激でいっぱいです。
ですが、今回はちょっと……いえ、かなり刺激が強いので、全力疾走中です!
『いつまで逃げてんのよ!! ――
「ひぃぃぃぃぃ!!? お助けぇぇぇ!!!」
後ろから放たれる糸の弾丸が頬を掠め、ジンワリ血が出て……、い、いえ! 今はそれくらいで足を止めてる場合じゃありません!! 全速力で逃げなくては!!
『ったく! トロそうなのに、逃げ足はいっちょまえね!!』
「に、逃げ続けて来た人生ですのでぇぇ!!」
『んなこと聞いてないわよ!! ――糸弾! 糸弾!!』
迫る魔の手……魔の糸? い、いえ、どっちでもいいですが、追っ手からの攻撃は、なんとか当たらずに済んでいます!
も、森の奥ということもあり、魔人の人も、狙いが定まらないんですかね?
あ、そう思うと、ちょっと気が楽に……。
『しゃらくさい!!
「ひゃぁぁぁぁ!!?」
そ、そんなことなかったです!
怒った魔人の人が剣を振るうと、剣先から、炎の大蛇が出てきましたぁぁ!?
『シャァァァァァア!!!』
炎の大蛇が、木々を薙ぎ倒して、わ、私を追ってきますぅぅ!!
「え、きゃ、きゃぁぁ!?」
走っていると、突然木の影から現れた影に驚いて、思わず転んでしまいました……。
何者かと思い、顔を上げると……。
『ガァァァ!!』
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!? ゾンビィィィィ!!?」
焼けただれたように、半分溶けている顔が目の前に現れました!!
な、な、なな、なんなんですかぁ!?
『これが魔人の力……
「ひぃ!? お、追いついたんですか!?」
振り返ると、すぐそばに魔人の人まで……。
驚いていると、木々を掻き分け、ぞ、ゾンビさんと同じ見た目の人が、ゾロゾロと……。
「ぞ、ぞぞ、ゾンビがいっぱいぃ!?」
『……ゾンビじゃ、ないわよ』
「い、いえ! ど、どど、どう見てもゾンビじゃないですか!!」
溶けた顔、目玉が飛び出たり、中には目がないのだって……っ!
それに、服装もボロボロ……で……?
「あ、あれ? そ、それって、ホワイトの制服……ですか?」
『……そうよ。この子たちはね、私と同じ、フィルゼ様の取り巻きだった、ホワイトの生徒たちよ』
「フィ、フィルゼ、様……?」
よ、よく分からないですけど、口ぶり的に、ま、魔人の人と、このゾンビさんたちの、リーダー的な存在でしょうか?
「な、なな、なんで、そんな姿に?」
『……フィルゼ様の魔人の力は強力でね。私みたいに適合して魔人になれた人も何人かいるけど……。この子達みたいに、適合できずに、肌が溶け、自我も無くなった人も多いのよ』
て、適合できなかったら、あ、ああなるんですか……? や、やっぱり、魔人の力、こ、怖すぎますっ!
「で、でも! な、なんでそこまでして、フィルゼ、様? に付いて行くんですか……?」
『……私たちみたいな、ギリギリホワイトに入れただけの弱小貴族はね、立場が低いのよ』
「ほ、ホワイトの方なのに……?」
ホワイトの生徒なんて、わ、私からしたら雲の上の存在なのに、そ、その中でも上下関係があるんですね……。
『そんな、あぶれていた私たちを拾ってくださったのが、フィルゼ様よ』
「お、恩人ってこと……ですか」
『そうよ! 私たちはみんな、フィルゼ様に忠誠を誓ったの! その進む道が……、たとえ、地獄だろうと、どこまでもついて行くわ』
じ、自分を救ってくれた人のために、どこまでも付き添うなんて……。
まるで、物語の登場人物みたいで、わ、私、思わず感動して涙が……。
『そのフィルゼ様の命令なら、殺人だっていとわないわ……、相手が、アンタみたいなお嬢ちゃんでもね』
「きゃぁぁぁぁ!! やっぱり見逃してくれないんですねぇぇぇぇ!!!」
『さあお前たち! フィルゼ様のために、そのお嬢ちゃんを始末するのよ!!』
さっきまで止まっていたゾンビさんたちが、ゆっくりと動き始め、わ、私の方に近づいて来ます……っ!?
う、後ろに下がろうにも、後ろには魔人の人と、炎の大蛇が……あ、終わった。
「……う、うぅ」
『あら、泣いたって、もう遅いわよ?』
「こ、こんなところで! し、死ねません! 幽霊さんたちぃぃぃ!!」
近くにいた幽霊さんたちを呼び、周りのゾンビたちや、魔人の人を襲ってもらいます!
『くぅ!? ちょこざいな! また逃げようってかい!?』
「に、逃げるのは諦めました! なので……!」
『あぁん? ――くぅ!?』
幽霊さんたちの妨害で、前が見えなくなっている魔人の人目掛けて、タックルを試みました。
目論見通り、魔人の人はよろけて、地面に転がります。
「か、覚悟して! ください!」
『な、なにを……』
「せ、せめて、この剣を奪えば……!」
あの大蛇を操れるかもしれない――そう思い、魔人の人の剣に手が触れた時。
私の横っ腹に、大蛇が体当たりしてき……っ!?
「きゃぁぁ!!?」
『……ふ、ふふ、おっほほほほ!!! 甘いわよぉ! お嬢ちゃんごときが、私とフィルゼ様の愛の結晶を奪えるわけがないでしょう!!?』
い、痛い……熱い……。
制服の一部が焼けこげて、肌にも火傷が……。
『全く……逃げ腰かと思えば、いきなり反抗するなんて……一体なんだっていうんだい』
「こんなところで……し、死ねません……ので」
そうだ。私には、やるべきことがある……。
死んでいたら、それができない……けど、これは、歩けそうにない、ですね。
『ま、私には関係ないことね。悪いけど、これで終わりよ』
魔人の人の後ろから、炎の大蛇が、うねうねと動かながら、コチラを見ている……頑張ってみたけど、ここまで、なんですね……。
「あぁ……、どうせなら、もっと自分に自信を持って生きればよかっなぁ……」
人生の最後の瞬間、そんなもの、怖くて見てられません。
目を
――けど、いくら待っても、その瞬間は訪れない。
いくらなんでもおかしい……。そう思って、恐る恐る目を開けると、目の前に広がっていたのは――
「ひっ、ひぃぃぃぃぃ!!?」
無惨に引き裂かれ、体が霧散している最中の炎の大蛇が、転がって……!?
『ア、アンタ!! 何者だい!!?』
(あ、アンタって……? っていうか、周りが暗くなったよう……な……えぇぇぇぇぇ!!?)
不思議に思い、自分の周りを見上げると、そこには、木よりも巨大な毛の塊が……い、いや、これって……犬?
『そこの、イリーナとかいう女よ』
「は、はいぃ!! ……って、え? な、なんで私の名前……」
『先ほどの勇姿、見事だった』
ゆ、勇姿? も、もしかして、さっきヤケクソでした突撃のことですか……?
『弱き者のくせに、自分より強い者に挑む、その無謀な心意気……』
(え? ば、バカにされてます……?)
『その心意気、買ってやろう。見捨てることも考えたその命、救ってやる』
み、見捨てるって言いました? で、でも、救ってやるってことは……み、味方なんですかね……?
『それに、先ほど言っていた生き方。これが終わってからでも叶えたらどうだ?』
「え?」
『先ほどの勇気があるなら、容易いことだろう』
わ、私のことを、応援してくれてる……ってことでいいんですかね?
『……さっきから、無視してんじゃないわよ!!』
「ひぃぃ!?」
そ、そうだ……ま、魔人の人を忘れていました……!
大きいとはいえ、この大きなワンちゃんで大丈夫なんでしょうか?
『ふむ。ちっぽけな存在すぎて、忘れていたな。すまん』
『なっ……! 舐めるんじゃないわよ! アンタは誰だって聞いてんのよ!!』
『……では、詫びとして、正式に名乗ってやろう』
大きいワンちゃんは、姿勢を正し、誇らしげな表情を浮かべ、胸を張り上げ、叫びました。
『我は誇り高きフェンリル!! 主に仕え千と余年! 今宵も命に従い、貴様たちの生命を喰らいにきた……主の牙! リルである!!』
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