第30話 アリシアVSフィルゼ



「どうだい? 良い景色だろう」



 屋上に辿り着いたアタシに、フィルゼが問いかける。

 いつも、落ち込んだ時に見ていた綺麗な景色は、あいにくの曇り空で、なんだか淀んで見える。



「……それで、アタシに話ってなによ」


「ははっ、釣れないねぇ」



 爽やかな雰囲気で話そうとしているが、気色悪い。

 いつもの陰険な性格の方がマシに見えるわね。



「まぁ、本題に入ろうか? 君に、元公爵家の令嬢である君に、聞きたいことがある」


「……なによ」


「なぜ、平民である、ルーネス・キャネットくんと馴れ合う」



 予想外の角度の質問に、思わず拍子抜けする。

 わざわざ屋上に連れて来てまで聞きたい話が、それ?



「なぜって……、ルーネスは良いやつだし……、ていうか、平民とか貴族とか関係ないじゃない?」


「……関係ない、だって?」



 フィルゼの作り笑いが曇る。

 まずい、怒らせちゃった……?



「……君は、貴族のあるべき姿は、なんだと思う?」


「あるべき姿? ……そんなの、国のために仕え、民を守ため――」


「――違うっ!!」



 すごい剣幕で言葉を遮られ、口をつぐんでしまう。



「いいかね? 貴族とは、使えない平民を使役し、有効利用してやる、それがあるべき姿なのだよっ!!」


「っ! 違うわ、それは独裁者のすることよ」



 時間稼ぎで、慎重に話を長引かせようと思ってたけど、その意見には我慢ならない。



「民は国の宝よ。それを蔑ろにするなんて、とうてい許されることではないわ!」


「……っ! なぜ、私をそんな目で見る……。わ、私が、間違っているとでもいうのかね!?」


「きゃっ!?」



 フィルゼに突き飛ばされ、尻餅をつく。

 フィルゼの、怒っているというよりも、怯えているような表情に、困惑してしまう。



「アンタ、なんでこんなことをしたのよ」


「わ、私は、何も悪くない! 攫って来たのも、貴族ではなく、平民出身のクズだけだっ!!」


「っ!! 平民だの貴族だの関係ないっ!! 人を傷つける行為が、許されるとでも思っているの!?」



 いつまでも凝り固まった、選民主義な考えに苛立ち、語気が強まる。

 アタシの言葉に驚いたのか、フィルゼはうずくまり、ブツブツと呟き始める。



「わ、私は悪くない、私は悪くない……、父上の教え通り、他をしりぞけ、選ばれた貴族による統治をしたかっただけで……」


「な、なんなのよ……」



 先ほどからコロコロと変わるフィルゼの様子に、どう対応して良いのか分からず、見つめることしかできなくなる。



「あぁ、父上……、見捨てないでください……、つ、次はもっと上手くやります……、だから、だから……!」



 言葉から察するに、フィルゼは、お父さんの影に怯えてる……のかしら?

 うずくまって震えているフィルゼを見ていると、さっきまでの怒りよりも、可哀想という思いが強まる。



「フィルゼ……、あなた、かわいそうな人なのね」


「っ!! ……わ、私を、そ、そんな顔で見るな……っ! 私を、そんな……哀れんだ目で見るなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 フィルゼから、黒い影が溢れ出す。

 その勢いはものすごく、余波だけで強風が起きる。



「きゃぁぁぁ!!?」


『私は……私はぁぁぁぁぁ!!!』



 渦巻いた黒い影は勢いを弱め、現れたフィルゼの姿は、先ほどの魔人のように、8つの目を持ち、ゴツゴツした岩のような皮膚へと変貌していた。



『アリシア、アーガネットォ……、私ヲ、そんな目デ、見るんじゃぁナイッ!!』


「っ! フ――炎球フレイム・ボールッ!!」



 こちらを睨みつけ、近づこうとするフィルゼに、咄嗟に炎球をぶつける。

 しかし、フィルゼは意にも介していないという様子で、こちらへ近づいて来る。



『アーガネット……アーガネットォ!!』


「ひっ――不死鳥ノ爆撃フェニックス・ストライクッ!!」



 先ほどの魔人の時のように、フェニックス・ストライクはフィルゼの口に目掛けて飛び立ち、ヤツの口内で爆発を起こす。



「や、やった! これならっ!」


『グルルルルッ!! そんなものかぁぁ!!?』


「ぅぐっ!?」



 爆炎の中から、フィルゼの手が伸び、私の首を掴む。

 い、息が……。



『ハハ、ハハハハハハハハッ!!! 見たまえっ! これが私の真の実力なのダヨ!!』


「ぐぅ……離しなさい、よ!!」



 油断しているフィルゼの顔面に両腕を向け、炎球を2つお見舞いしてやる。

 さすがのフィルゼも驚いたのか、首を絞める手の拘束が緩む。

 その隙に拘束から抜け出し、フィルゼから距離を取る。



『グゥゥゥ……、元貴族のくせに、平民に肩入れする裏切り者ガァァァ』


「しつこいわね! アンタの家みたいに、差別主義のクソみたいな教え方されてないのよっ!!」


『ち、父上を、愚弄するノカァ!! アーガネットォォ!』



 そうだ……演習場で、ライグをやったあの魔法なら……!



「――不死鳥ノ双爆(ツイン・フェニックス・ストライク)」



 両の手から、それぞれ不死鳥を生み出す。

 ルーネスとの特訓で、魔力操作を鍛えたおかげで、撃てるようになったこれなら……っ!



『魔法を、同時に……?』


「さあ、踊りなさい。不死鳥ちゃんたち」



 両手から放たれた、2体の不死鳥は滑空し、フィルゼの方に向かう。



『その程度ッ! ――蜘蛛弾幕アラクニッド・バーレッジッ!!』



 演習場の魔人のものと似ているけど、数も、一つ一つの大きさも段違い……っ!

 さっきのが石のツブテなら、こっちは一つ一つが大砲並みね――けど!



『ヌゥ!? ちょこざいナァ!!』



 その程度、アタシの不死鳥の敵じゃないっ!

 さあ、もう弾幕をくぐり抜けて、フィルゼの顔面に叩きつけてやりなさい!!



『グォォォォ!!?』



 やった! 直撃よ!

 2体の不死鳥は、正確にフィルゼの顔面に直撃する。

 さすがのフィルゼでも、これを食らったなら……っ!?



「な、なんで、ピンピンしてるのよ……」


『フ、フフフ……今のは、流石に焦っタゾ』



 2体の不死鳥の直撃を喰らったにも関わらず、フィルゼは直立したままの姿で……っ!



「さ、再生……している?」


『フフフ、あぁ、ソウダ。素晴らしいダロう? これが魔人の真価、トイウわけダヨ』



 よく見ると、直撃したであろう箇所が、焼けただれ、肉が見えていた。

 けど、グジュグジュと気持ち悪い音を立て、その穴を塞ぐように、肉が蠢き、傷が徐々に塞がっていた。



(ライグの時は、これでしばらくは動けない程度にはダメージが入っていた……フィルゼは、それ以上ってわけ……?)


『ダガ……、君ごときニ、傷を負わサレるとは……。これデハ、ルーネス・キャネットには……」


「そ、そうよ! ルーネスが来たら、アンタなんかワンパンよ!!」


『ソウカ……、それナラ、いたしかた、あるマイ』



 フィルゼの身体から、再び黒い影が噴き出す。



「な、なによ!? 今度はなにをするのよ!?」


『ナァに、栄養補給をスルだけサ……』


「栄養……補給……?」



 黒い影が蠢いたと思いきや、その影から、数本の黒い糸が現れ、時計台から、それぞれの方角へと急速に伸びる。



「い、一体……何をしているの……?」

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