第29話 右腕《ジャック》
『ハァァァァァ!!』
槍による突き技。
ただの真っ直ぐな突進にも見えるが、踏み込み方、軌道、どれをとっても、美しさすら感じる。
(努力した人間の技だな……)
おそらく、何かしらの流派の技なのだろう。
その洗練された動きが、魔人の力で底上げされている……普通の人間なら、避けることもできないだろうな。
「だが……甘い」
『なっ!?』
正しい、型通りの一撃。
だからこそ、少し力の流れを変えてやることで、崩れる。
体を捩り、槍の上から手を添える。すると、真っ直ぐに向かってきていた突きは方向を変え、地面へと突き刺さる。
『っ……! この技、避けたのは、貴方が2人目です』
「へえ、もう1人は?」
『フィルゼ様……です!!』
突き刺さった穂先を素早く抜き、そのままの勢いで横薙ぎをする。
バックステップでそれを避け、感嘆の声を上げる。
「ほう……? フィルゼのやつ、意外と近接もいける口なのか」
『あの人は! 昔から! 魔法も! 武術も! 一流なんですよ!!』
喋りながらも、ジャックの連撃は止まらない。
突き、横薙ぎ、振り上げ、そしてまた突き。
普通、その連続の動きは、勢い任せになりそうなものだが、全てが一連の動きのように繋がった、『武』というよりも『舞』のようだな。
「昔から……付き合いが長いのか?」
『ええっ! 私の一族は! バッシュロックに仕えてっ! きたんです!』
体ごと回転し、遠心力を加えた回し斬りを避け、一度大きく離れる。
ジャックも一度呼吸を整え、再び構えをとる。
「……より不思議だな」
『ハァ……ハァ……なにが、ですか』
「昔からの付き合いなら、なぜ、フィルゼを止めてやらなかった?」
他の取り巻きとの関係は知らないが、幼い頃からの付き合いというなら……ジャックが本気で進言すれば、フィルゼも止まっていたのではないか?
俺の投げかけに対し、ジャックはギリギリと歯を噛み締め、悲しそうな顔で答える。
『……止められるものですか』
「……」
『バッシュロック公……フィルゼ様の父君からの重圧。兄君がたからの眼。周りの貴族たちからの期待…………フィルゼ様が抱える苦悩を、貴方が知るはずもない』
……貴族の苦悩、か。
たしかに、俺はそれを知らない。悩まされる者の気持ちは、本人にしかわからない。
『フィルゼ様は、常に上に君臨することを義務付けられた御方です。……ですが、そこに、異常な力を手にした男が――ルーネス・キャネット、貴方が現れた』
「……俺が?」
『ええ、半月ほど前でしょうか……あの、森での試験の日。あの時から、フィルゼ様は狂い始めた』
……俺が記憶を取り戻した日か。
『これまで下に見ていた貴方が、急に実力を出し始めた。フィルゼ様は焦っていた……いえ、恐れていたんです』
「恐れていた……?」
『自分より劣るものが、自分の首元へ刃を向ける。それが、どれほど恐ろしいことか……フィルゼ様のお立場を考えれば、想像だにできません』
……なるほど、な。
「ああ、わかったよ」
『……そうですか、フィルゼ様の苦悩の一端を――』
「――お前が、家臣でもなんでもない事が、な」
俺の言葉を聞き、ヒク、と、ジャックの片眉が動く。
『……どういう意味ですか』
「そのまんまの意味だよ。ジャック、お前はフィルゼの右腕でも、家臣でも……友人ですらない」
『……っ!! ふざけるなぁ!!!』
目を見開き、怒りを隠そうともせず、ジャックは突撃する。
先ほどのような連撃を振るうが、その槍には、形も、洗練された動きもない。
ただ、怒りのままに振るっている。
『貴方にっ! 私とフィルゼ様のっ!! 何がわかるんですかっ!!!』
「わからないさ、お前たちの関係なんて、俺にはわからない」
「それなら!! ……くっ!?」
大振りになった薙ぎは、容易に俺の手によって止められる。
握られた槍を引き抜こうと、もがいているが、槍は微動だに動かない。
「けど、お前の行動は、フィルゼを思ってのものじゃない。フィルゼに仕えている自分に、荒ぶる主君を、悲劇の主人公にしようとしているだけだ」
『……っ!』
「お前は、臣下なんだろ? 右腕なんだろ? 友達なんだろ? ……それなら、殴ってでも止めてやれよ」
俺の言葉に、ハッとした表情になるジャック。
「フィルゼが間違った道に進もうとしてるなら、一緒に行こうとするな、引きずって、正しい道に戻してやれ」
『私は……私は……』
「もう一度言ってやる。自首しろ、今ならまだ間に合う。……お前も、フィルゼも」
まだ、魔神化したことは、俺たちにしか知られていない。
国家機関の調査とやらも、誤魔化しが効くだろう。
『……ありがとう、ございます』
「……さあ、一緒にフィルゼのところへ――」
『――けど、お断りします!!』
観念したと思い、拘束を緩めたところで、中断された横薙ぎが、再び振るわれる。
寸でのところで避け、ジャックを見つめると、
『ありがとうございます……おかげで、大切なことに気づかされました』
「ジャック……」
『ですが……決意は揺るぎません。私は……私たちは、地獄の果てまでも、フィルゼ様に付いていきます。……いや、共に歩みます!!』
その瞳は、先ほどの怒りに囚われていたのが嘘だったかのように、晴れやかなものになっていた。
「……そうか。なら、仕方ないな」
『貴方の言葉を聞いて、気付きました。後ろを付いていくだけじゃダメだ……。横に立ち、フィルゼ様を1人にしてはいけないと……』
「……それがお前の決意なら、否定はしないさ」
あそこまで話した上で、その判断をするなら、それは、ジャックたちの進む道だ。俺がとやかくいう権利は、ない。
『ところで、お気付きですか? 私の持つ槍の魔力が、変化しているのを』
「ああ、知っているさ」
『それなら話は早い……。この
この前の、取り巻きの女といい。俺の時代のオモチャが好きなようだな……。
だが、これは、この前のものとは違い、一応、戦闘にも使えるものだな。
『まあ、デメリットとして、槍が相手の魔力だけに集中できるように、自分が魔法を発動できなくなるんですけどね』
「だから、槍のみでの戦闘だったんだな」
『……ですが、この一撃で、終わりです』
ジャックが、腰を落とす。
その構えは、もはや、地面スレスレなまでに……後退も、左右に攻撃を変えるつもりもない。目の前へ突き進むことのみを考えた構えだな。
「……いいだろう、俺も避けないでやる。来い」
『ありがとうございます…… ――
爆発的な踏み込みから、高速の突きが放たれる。
踏み込んだ地面が割れ、その破片が地に着く前に、すでにジャックの槍は、俺の胴に触れようとしていた。
「いいものを持っているな ――
『――ゴハッ!!?』
槍の穂先が、俺の胴に触れた瞬間。
魔力の鎧を、右足に集中させ、槍ごとジャックを蹴り上げる。
俺の蹴りを喰らったジャックは、白目を剥き、空中へと放り出される。
『ガッ……グフっ!』
放物線を描き、地面へと落下したジャックは、小さい悲鳴をあげ、グッタリと動かなくなる。
「安心しろ。加減はしておいた」
本来、俺の蹴りを受けたなら、体が真っ二つに裂けるのだが、威力を抑え、意識を奪う程度にした。
(……ジャック。お前から、高潔な決意を感じていなければ、そのまま殺していた)
今回は、その想いに免じて、トドメはささないが……千年前の、大戦時代であれば、その選択はできなかった。
その選択をすることで、いつ仲間が死ぬかわからないからだ。
「……平和な時代に生まれたことを、感謝するんだな」
『ガッ……ァガ……』
喋りながら、フィルゼの元へ向かおうと、ジャックの横を通り過ぎようとした瞬間、足を掴まれた。
気絶する程度にしようとしたが、加減をミスったか。
「……驚いたな、まだ意識が――っ!」
足元のジャックへ目を向け、驚愕する。
ジャックは、白眼を剥いたまま、強い力で足を掴んでいたのだ。
『ァ……フィルゼ、様……ヲ。殺さ……ない……で……』
「……悪かったな。先ほどの言葉、訂正しよう」
ジャックの手をそっと外し、顔に手をかざし、開きっぱなしの白眼を閉じてやる。
「ジャック……お前は、立派な
全く……こんなもを見せられたら、フィルゼを救わないなんて、できないじゃないか。
(フィルゼ……家臣にこんなことをさせるなんて、罪なやつだな)
さて、そうと決まれば『アレ』を取りに行くか……。
俺は、時計台へ向けていた踵を返し、寮の方へと向かう。
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