第18話 目安箱
「――
「――
アリシアが打ち出す炎球に合わせ、火球を放つ。
俺の火球が真っ直ぐアリシアの炎球に向かい、ぶつかる寸前。アリシアは手元を動かす。
「動けぇぇ!!」
精一杯に叫び、炎球に魔力を込めている様子だが……。
「あぁ……!!」
「ふう……、まだ難しいようだな」
アリシアの健闘は虚しく、炎球と火球はぶつかり、空中で散ってしまう。
「で、でも! ちょっとだけ動いたんじゃないかしら!? 2ミリくらい!」
「いや、動いてないな」
「くぅ……!」
悔しそうに項垂れるアリシア。
アリシアと訓練を始めたから、1週間が経った。
朝は変わらず、水晶を使った基礎力向上トレーニングを続け、放課後は模擬戦を繰り返している。
現在は、『打ち出した魔法を操作する』という訓練中だ。
「もー! 大体どうやんのよこれ!? コツとかないわけ?」
「訓練あるのみだな」
「もぉぉぉ!!」
アリシアが爆発してしまった。
まあ、1週間訓練を続けて、基礎力はそこそこ上がったが、まだアウトプットが苦手なようだな。
「あー、そうだな。一つ言うなら……」
「え、なんかあるの!!」
「放出した魔力を、『自分の体の一部』と認識すること、かな」
俺の言葉に、またまた混乱したような顔で見つめてくる。
「放出した魔力を、って……もう自分の体から出ちゃったのに?」
「まずは、その認識を変えるところからだな……」
説明のため、リルに訓練の用の水晶を貰い、アリシアに手渡す。
「これって……なによ、また基礎練?」
「いや、とりあえず、ソイツに魔力を注いでくれ」
「別にいいけど……」
手元の水晶に、魔力を込めるアリシア。
……1週間の訓練で、随分と魔力コントロールが上手くなったものだ。まだ荒い部分が無いわけでないが、ほとんど均一に魔力を注げている。
「ここで問題だ。今水晶に込められている魔力は、誰の魔力だ?」
「そんなの、アタシのに決まってるじゃない?」
「じゃあ、その魔力は、アリシアの体内にあるのか?」
「……あ」
ここまで言えば、少しはピンときたようだな。
「そう、放出した魔力も、根本的には自分の一部なんだ」
「なるほど……」
「だから、そこの認識さえできれば、体内の魔力を操作する感覚で、放出した魔力も操れるさ」
俺の説明に納得いったようで、早速、魔法を打ち出そうとしている。
「いいか? 魔力を自分の手足だと思え」
「ええ、やってみるわ! ――火球ッ!!」
打ち出された火球は、真っ直ぐに打ち出され、的に当たる直前――急カーブし、こちらへと戻ってくる。
「え、ちょ、きゃぁぁぁぁぁ!!?」
「――火球」
火球を放ち、暴走した火球を撃ち落としてやる。
アリシアの方を見ると、驚きすぎたのか、腰を抜かし、尻餅をついていた。
「し、死ぬかと思った……」
「けど、コントロールはともかく、魔法の軌道を変えるのはできたじゃないか」
「ふ、ふふん、どんなもんよ」
まあ、暴走はしてしまったが……、実際、イメージさえ掴めればなんとかなりそうだな。
「よし、今日の訓練はここまでにしよう」
「ええー! アタシ、まだまだ出来るわよ!」
「こういうのは、一気に詰め込んでも意味がない。一晩寝て、冷静になってからやったほうが吸収がいい。……それに、マグナ教諭に呼ばれてるだろ?」
授業終わりに、訓練後でいいから来てくれと頼まれている。
何の用かは分からないが、あまり待たせるのも悪いだろう。
「う〜ん……それもそうね。そうと決まれば、さっさと行きましょ」
「ああ」
*
「やあやあ、ようやく来てくれたか! とりあえず座ってくれたまえ!」
研究所に着くと、妙にテンションの高いマグナ教諭に出迎えられた。
座れと言われても、相変わらず座る場所がない部屋だ。……また、スペース確保から始まるな。
書類の束を退かし、なんとか2人分のスペースを確保することに成功した俺とアリシアは、ようやく座ることができた。
「ささっ、紅茶でもどうかね」
「……どうしたんだ。やけに、もてなしてくるじゃないか」
妙な笑顔と、妙な歓迎ぶりに、さすがに違和感を覚える。
短い付き合いとはいえ、この男が無償でここまでするような奴ではないことはわかるぞ。
「いやー、別に大した用事というわけではないよ、うん」
「……嘘くさいわね」
ここ1週間、ちょこちょこ顔出していたのもあり、最初こそ敬語だったアリシアも、徐々に砕けた様子……、というか、まあ悪くいえば、完全に舐めた始めた様子になっている。
「どうせ、また頼み事だろ? いいさ、この前の借りもあるし、出来るだけ応えるよ」
「まあ……それもそうね。買い出しの件が、いいキッカケになったのは確かだしね……」
アリシアには、買い出しの件を俺からマグナ教諭に頼んだことは、正直に話している。
いつまでも隠すことでもないし、なにより、変に隠し事をするのも良くないだろうと思ってな。
「本当かね! いやぁ! 私も良い生徒を持ったものだねぇ!!」
マグナ教諭は、ニコニコとした様子で、大袈裟に喜んでみせる。
いちいちオーバーなやつだな……。
「ではでは、さっそくコレを見て欲しい!」
そう言い、書類の山から、少し大きめの箱を取り出すマグナ教諭。
何か文字が書いてあるな……。
「目安箱……?」
「ああ、そうだ! このアーバロル魔導学院に所属してるものの不満・不安・要望・悩みが投函されるもの……それが目安箱だ!」
「へぇ……。そんなものがあったのね」
俺も初耳だな。まあ入学して間もないし、一年の俺たちでは、知らなくてもそう不思議ではないか。
「実は、この目安箱なんだが、定期的に教師が持ち回りで中身のチェックをしているのだよ」
「まあ、目安箱なんだから、中身くらいは見ないとな」
「そして、今回、私の担当となったわけだが……、私は思うのだよ。ただ中身をチェックするだけで良いのか? 否っ! 生徒たちの問題の解決をせずして何が教師かっ!!」
マグナ教諭はそう高らかに言い放ち、立ち上がる。
その姿は、普段のマッドな雰囲気ではなく、生徒想いの熱血教師のようだった。
「だが、あいにく私1人の力では限界がある……、そこでだ! 君たち2人には、目安箱に募られた生徒たちの問題の解決を手伝って欲しい!!」
「それは素晴らしいわね! ……で、本音は?」
「実績に応じて学院長から特別手当が貰えるので、どうか手伝って欲しいです」
あまりの身代わりの速さに、ズッコケそうになる。
なるほど……。普段のマグナ教諭からは想像がつかないとは思ったが、要は小遣い稼ぎがしたいわけか。
「……まあ、マグナ教諭の思惑はともかく、困っている生徒たちを助ける、ということ自体は、悪いことじゃないしな」
「そうだろう、そうだろう!! というわけで、君たちに任せたぞっ!」
勢いのまま、俺の膝上に目安箱を置かれてしまった。
「え、は? もしかして、全部俺たちにやらせようって言うのか?」
「いやぁ、実は今取り掛かってる研究が忙しくてねぇ……、大変心苦しいが、君たちに任せたい!」
「……ハァ。ま、出来るだけやってやるよ」
「その代わり、アタシたちにも分け前くらい寄越しなさいよ?」
たしかに、借りもあるとはいえ、無償で引き受けていては身が持たない。
ここは少しがめつくいかせてもらうか。
「うーん……。まあ、研究の手伝いで報酬を払うと言うのは、他の教師もやっていることだし、そういうテイで渡せなくもないか」
「よし! そういうことなら、張り切ってやってきましょうか!」
「ああ、そうだ。私の担当期間は、正確に言うと、休み明け、来週1週間だから、そこのところよろしく頼むよ」
なんだか流れで受けてしまったが……、来週は忙しくなりそうだな。
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