閑話休題 いつかの思い出



『んん……』


「リル、いつまで寝ているんだ? そろそろ出ないと、間に合わなくなるぞ」


『はっ! 申し訳ありません!』



 寝ぼけ眼だった意識が、主の声で覚醒する。



『む……? ここは……どこでしょうか?』


「おいおい、まだ寝ぼけているのか? ここは国境いの砂漠だろう」



 砂漠……? なぜワタシと主はこのようなところに?



「リル、お前が『この地域にデザートの名を冠するモンスターがいるから、是非食べ……見に行きましょう』というから、戦線が落ち着いている今のうちに、ここに来たんだろう?」


『ああ、そうでしたね……と、というか、ワタクシの口調を真似るのはおやめください!』



 ニヤニヤとワタシの真似をする主の戯れに、照れ隠しする。

 全く……主は昔から、ワタシをからかうのが好きなお方だ。



「しかし……本当にこんなところにいるのか? お前の好きな甘味を併せ持ったモンスターとやらは」


『い、いえ、ワタクシは誇り高きフェンリルですよ? か、甘味など……』


「ああ、そういうテイだったな……いい加減、素直に認めれば良いものを」



 呆れたような顔で苦笑いをする主。

 ……それにしても、主の言うとおりだ。こんな見渡す限りの砂漠に、本当にデザートの名を冠するモンスターがいるのか、不安になって来た。



「俺には到底、モンスターすらいるようには……いや、そうでもないか」


『たしかに、モンスターはいるようですね』



 こちらに近づいて来る魔力を感じ、地面を睨む。


 すると、地面が音を立てて動き、魔力の主が姿を現す。



「グォォォォォォォォ!!!」


「あれは……ワーム系のモンスターか」


『見たことがありませんね……この地域特有のモンスターでしょうか』



 地面から出て来た巨大なイモ虫……いや、ミミズか? ……ミミズは、体を持ち上げ、こちらを睨んでいる……いや、目がないから、睨んでいる気がする、か?

 ……ええい! ややこしいやつめ!



「デカいな……本のサイズのリルくらいあるんじゃないか?」


『ええ、それにこの反応だと……』



 再び、地面が動き出し、ワタシたちを囲むように、次々と同様のミミズが飛び出して来る。



「これはまた、豪華なおもてなしだな」


『ワタシが出ましょう』


「いや、俺も砂漠を歩き続けて飽きていた頃だ。2人で行くとしよう」


『久々の主人との共闘……恐悦至極です!』



 ……相手がこんなミミズ風情というのがいただけないが、そこはまあ目を瞑るとしよう。



「それじゃあ、多く討伐した方が、今日の夕ご飯を決めるとしよう」


『ふふ、面白いですね。負けませんよ?』


「望むところだ……よーいドン!」


『ああ! ズルいですよ、主っ!』



 勝負となった瞬間、飛び出してしまった……こういう勝負事の時は、意外と熱くなるタイプなんですね……。



「――千本刃サウザント・ブレイドッ!」


『ぐぬぬ……ワタクシも負けませんよっ!!』







「へぇ〜お客さんたち、それでこんなに討伐して来たんですね……」


「ああ、つい熱が入ってしまってな」



 勝負が終わり、少し歩いたところにあった砂漠の町に寄り、モンスターを買い取ってくれるギルドまでやってきた。

 どうせなら金に変えておこうと言い出した主に頼まれ、運んできたミミズ共を空間魔法から出したところ、ギルド職員にあっけに取られてしまった。



「こんな大量に持って来たのは、お客さんたちが初めてだよ……で、勝負はどっちが勝ったんだい?」


「俺が50体討伐して……」


『…………ワタクシが49体です』


「はっはっはっ! それじゃ、ご主人様の勝ちってことだな!!」



 ギルド職員に言われ、ガックリとうなだれる。

 ……主に初撃を奪われなければ、ワタシが勝っていたのに……。



「まあ、そう落ち込むなって! そういや、お客さん方は、なんだってこんな田舎まで来たんだい?」


「あー、そういえば、すっかり忘れていたな」



 そうだった、元はといえば、デザートなんとかというモンスターを探していたのであった。



『職員よ! デザートという名のモンスターに心当たりはあるか!?』


「ん? それなら、お客さん方が持って来たじゃないか」


『……ん?』



 ワタシたちが……持って来た?

 辺りをキョロキョロと見渡してみるが、ワタシたちが討伐したミミズしか見当たら……な……。



『も、もしかして……この、ミミズが……?』


「おう、こいつの名前は『デザートワーム』つって、砂漠地域によくいるモンスターなんだよ」


『バカ……な……』



 ワタシは、こんなミミズを求めていたというのか……。


 先ほどよりも、深くうなだれるワタシの頭に、主がポンっと手を置く。



「まあ、そう気に病むな。甘味なら、この町で食べればいいだろう?」


『主……い、いや、しかし! 勝負に勝ったのは主です! 夕食の行き先は主が……』


「あー、なんだか、歩き疲れたな。無性に甘いものが食べたくなって来たなー」



 腹に手を添え、大袈裟にアピールし、こちらをチラチラと見つめる主。

 ……まったく、お優しい方だ。



『そうです、ね。職員よ! この町でとびっきり美味しい甘味処を教えよ!』


「ああ、それだったら――」





          *




「――ル……リルよ、起きろ」


『んん……?』



 この声は……主?



『おかえりなさい……ませ』


「待たせて悪かったな。今、アリシアと別れ、戻ったところだ」



 ……ああ、そうだった。主は、あのアリシアという娘と買い出しに出かけるということで、ワタシは留守番を頼まれたんだった。



「しかし、お前がここまでグッスリ寝るなんて、珍しいな」


『そうですね……それに、内容は思い出せませんが、なんだかいい夢を見ていた気がします』


「ほう、いいことじゃないか」



 なんだろうか……とても、幸せな気分だったんだが、なんだか後少しで何かを食べれたような、惜しかったような……複雑な部分もある。



「あ、そうだ。お土産もあるぞ」


『お土産ですか? わざわざワタクシなんぞのために――』


「ほら、街で評判らしいシュークリームだ」



 しゅう、くりぃむ? 聞いたことのないものだ。



「俺も初めて見るんだが、この時代で生まれたデザートのようだぞ」


『っ!! で、デザートですか!!』


「ほら、お前、昔から好きだろ? 甘味」



 思わぬ吉報に、よだれが出る。



「リルも満足いくように、多めに買ってきたんだ。一緒に食べよう」


『あ、ありがとうございますっ!!!』



 先ほどの夢のことも忘れ、目の前にあるしゅうくりぃむ、に飛びつく。



『むむっ! とても甘い!! これは美味、美味ですぞぉ!!』


「ははっ、そんなに慌てなくても、おかわりはあるぞ」



 主と食べる、久しぶりの甘味に酔いしれ、談笑する日常。




(ああ……これを、千年間待っていた)




 やはり、夢なんかより、目の前にいる主が、心地よい。

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