第19話 目安箱事案 1日目
休みが明け、平日の早朝。
俺とアリシアは、さっそく、一つ目の要望に応えていた。
【要望その1
夏前のこの期間、園芸部が所有している花壇には雑草が湧きやすいんのだが、いかんせん、花壇が広い上に部員が少ない! なんとか人手を貸して欲しい!!
園芸部部長 レッド2年生 ハムス・トリングスより】
「いやぁ、助かるよ! この時期は雑草がすごくて、園芸部だけじゃ手が足りなくてね!!」
「……たしかに、この量は結構しんどそうだな」
一面に広がる花壇には、美しい花々とともに、無数の雑草が生い茂っていた。
この範囲を、このトリングス先輩と数名の部員だけでやるとすれば、全て抜ききる前に、次の雑草が生えてきそうだな。
「本当は俺たちでだけでやれれば良いんだが……、くっ! 自分の筋肉の足りなさが不甲斐ない!」
「……草むしりと筋肉は、あまり関係ないかと」
というか、なぜこの男は園芸部なのに、やたらムキムキなんだ?
「部長っ! そんなこと言わないで欲しいっす!!」
「部長の筋肉は世界一っすよ!」
「お、お前たち……っ!!」
よく見ると、他の部員もムキムキなやつが多いな。
……本当に園芸部だよな? 筋トレ部と間違えてないよな?
「よし! お前たち! あの夕日へ向かってランニングだ!!」
「いや、まだ朝だし……、草むしりするんじゃなかったの?」
「はっ!? 俺としたことが、大切なお花さんのことを忘れるとは……! そこのお嬢さん! 俺を殴ってくれ!」
「え、普通に嫌なんですけど」
怖すぎるお願いをされたアリシアは、ドン引きした顔で即答する。
まあ、俺もアレを殴るのはちょっと嫌だな。
「うぉぉぉぉぉ!! お前たち! お花さんのために頑張るぞぉぉぉ!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「根性ぉぉぉぁぉぉぉぉ!!」
……暑苦しいが、やる気があるのは良いことだ。
さて、俺たちも見てるばかりじゃなくて、手伝わなくてはな。
「ありがとう! 君たちのおかげで、お花さんたちが今日も元気になった!」
「いや、センパイ方の勢いがすごくて、正直、俺たちはあまり力になれてなかった」
「力不足でごめんなさい……」
実際、園芸部の方々の勢いはものすごく、俺たちたち2人合わせて、ようやく園芸部1人分くらいの作業しかできなかった。
俺たちが不甲斐なさを感じていると、トリングス先輩が、俺とアリシアにそれぞれ花を握らせた。
「これは……?」
「今日、手伝ってもらった報酬だ」
「いやいや、アタシたち、報酬なんて……」
俺たちは、あくまでマグナ教諭の代理で来ただけだ。
目安箱の相談に答えただけで報酬をいただくなんて……。
「いや、これは君たちへの感謝の形だ。受け取って欲しい」
「そういうことなら……。ありがとうございます!」
「それに、お花さんたちも、君たちに貰われて喜んでいるようだしねっ!」
そう言い、筋肉を際立たせるポージングを決めるトリングス先輩。
……正直、まだポージングを決める理由は分かっていないが、気遣ってくれてるのは分かった。
「それと……この花壇の雑草は元気でね。今日抜いた分も、またすぐに生えてくるんだ。君たちが良ければだが、ね」
「そういうことなら、またいつでも呼んでください!」
「こうやって、一部分ではあるが、花を育てることの楽しさも知れたことだしな」
最初は、マグナ教諭に押し付けられただけのつもりだったが、こういう発見があるのは、悪く無いものだな。
「そうかっ! 君たちにお花さんたちの素晴らしさが伝わったのは、我々としてもすごく嬉しいぞ!」
「こちらこそ、良い体験をありがとう」
「さて、お花さんについてもう少し語りたいところだが……もうすぐ朝のホームルームの時間になる。君たちも、早く教室に向かうといい」
時計台の方に目を向けると、トリングス先輩の言うとおり、もういい頃合いになっていた。
草むしりに夢中になりすぎたな。
園芸部の皆んなに挨拶をし、校舎へと向かうことにする。
*
その日の放課後。
朝に続き、俺とアリシアは、目安箱の要望に応えていた。
【要望その2
我が部で飼育しているペットが逃げ出してしまった。
もう1週間も探しているが、創作は難航している。
まさにワーキャットの手も借りたい所存だ。
ホワイト2年 生物部部長レオナ・グラン】
「うむ。貴様らが救援……か?」
「はい、マグナ教諭に頼まれて、代理で来ました」
「そうか。貴様らの助力。感謝しよう」
タテガミのような銀髪をなびかせ、威風堂々とした姿は、王者のような風格を感じさせる。
彼女が、依頼者のレオナ先輩か……。周りの生物部の生徒たちが、緊張感のある面持ちで整列させられているのも気になるが、何よりも気になるのは……。
「つ、つかぬことを聞くんですけど……なんでライオンに乗ってるいるんですか?」
「ライオンではない。我が僕、ミケだ」
「み、ミケ……?」
彼女が乗っている動物……いや、モンスターは、見たところ『ホワイトレオーネ』だろう。
たしか、上位獣に位置するハズなんだが……それにしては、魔力量が多いな。リルみたいに、なにか偽装しているのか?
『……』
『……』
一緒に来ていたリルも、警戒したように睨む。
睨まれたホワイトレオーネ……ミケは、リルを睨み返し、両者の間には、バチバチと雷が弾けるような幻覚さえ見える。
「ミケよ。どうかしたか?」
『……ガゥ』
「ふむ……、すまないな。普段は大人しいのだが、どうやら貴様のペットとは相性が悪いようだ」
……まあ、大雑把にいえば、犬と猫だもんな。そりゃ、相性は悪い。
「気にするな。……あと、リルはペットじゃない。俺の相棒だ」
『ムフッ!』
相棒。という表現が嬉しかったのか、先ほどのことも忘れ、尻尾をブンブン振って、ご満悦な表情になっているな。
「そうか……。重ねてすまなかったな」
「分かってくれればいいんだ。……それよりも、迷子のペットっていうのは? そちらのミケさんみたいな、モンスターか?」
「否。ピーちゃんはモンスターではない、ただのヒヨコだ」
ヒヨコ……?
レオナ先輩の雰囲気的に、また凶悪なやつを想像したが、ただのヒヨコ? ……あと、さっきからネーミングセンスが可愛いな。
「そ、それで、そのピーちゃんはなんでいなくなっちゃったんですか?」
「わからぬ……、我も、愛情を持って育てていた。その甲斐があってか、今まで片時も離れたことが無かったんだが、1週間前から行方がわからなくなってしまった」
見た目に反して、生き物に愛情を持っているんだな。
片時も離れたことがないなんて、よっぽど懐かれていたんだな。
「そうか……、それは絶対に見つけてやんないとな」
「ピーちゃんの特徴を聞いてもいいですか?」
「見た目は普通のヒヨコとほとんど変わらぬ。……ただ、胸あたりにら特徴的な星型の模様がある」
星型の模様のヒヨコか……ん? んん? あれは……、いや、まさかな。
……まさかとは思うが、一応、念のため聞いてみたほうがいいか?
「すまん。そんなわけはないと思うが、一応、尋ねていいか?」
「む? なんだ、申してみよ」
「その頭に乗っているやつは違うのか?」
ミケに気を取られ、最初は気付かなかったが、よく見ると、そのタテガミのような銀髪の中から、星型の模様があるヒヨコが、顔を覗かせていた。
「……頭?」
レオナ先輩は、何を言っているのか分からない、といった表情で、自らの頭に手をやり、まさぐる。
少し手を動かすと、瞬く間にヒヨコは手の中に収まり、レオナ先輩の目の前へとその姿を現す。
「…………」
静寂。その言葉でも表せないほど、静かな時間が流れる。
遠くで、体育会系の部活生の声が薄ら聞こえる中。俺たちはただ黙る。
「……なんだ、ここにいたのか」
静寂を破ったのは、この気まずい空間を作り出した本人だった。
本人は意にも介さないといった表情で、優しくピーちゃんを撫でている。
……なんて強いメンタルだ。
「ええと、依頼完了……で、いいのかしら?」
「うむ。手間をかけたな。礼を言う」
「い、いえ。見つかってよかったですね! ピーちゃん!」
普段強気のアリシアも、レオナ先輩のオーラと、この気まずい空間には堪えたようだな。
空気を払拭するように、明るい声を出して誤魔化す。
「この礼はいずれ果たそう。だが、今はピーちゃんとの再会に興じたい。失礼する」
そう言い残し、ミケに乗ったまま、レオナ先輩は部室の中へと去っていく。
数秒の沈黙ののち、残された生物部員たちが、緊張の糸が途切れたようにため息をこぼし始める。
「ぷっはぁぁ〜! 緊張した!」
「いやー、いまだに慣れないわー!」
「でも、これで部長の不機嫌は治ったな!!」
先ほどのな雰囲気が嘘のように、各々喋り出す面々。
そのザワザワした雰囲気が落ち着き、代表したように、1人の生徒が声をかけてくる。
「いやぁ! 君! ほんっっとうに助かった!」
「どういうことだ?」
「いやね? 見ての通り、ピーちゃんは部長の頭に乗っていたんだよ」
まあ、そのおかげですぐに依頼は達成できたわけだしな。
「この1週間ずっとね」
「……は?」
まさか、あのピーちゃんはずっとあそこに居たのか?
「あいつ、妙に賢いから、部長が頭に手をやるタイミングに合わせて降りたりして、ずっと部長からは見つからなかったんだよ」
「……それなら、お前たちが教えてやれば良かったんじゃないか?」
「俺らが言えると思う? 頭にピーちゃん乗ってますよ〜って」
……あの緊張した面持ちだと、難しいだろうな。
「たしかに、あの先輩に言うのは厳しそうね……」
「そう! そこに、君たちが来てくれたわけなんだよ!」
「……なるほどな」
生物部からしたら、救世主といったわけか。
「俺たち生物部からも、改めて礼を言いたい! 本っ当にありがとう!」
「礼を言われるほどのことはしてないわよ。……いや、本当に」
「ただ、目の前にいたことを伝えただけだ」
さて、今日を通して、達成した依頼はまだ2件か……。
これは、少々骨が折れそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます