第23話 影を追って
「アリシア、ヤツの様子はどうだ?」
「もちろん見失ってないわよ!」
アリシアの視線の先を見ると、未だに闘争を続ける黒い影があった。
「ああ! 中々距離が縮まらないわね! こうなったら! ――
アリシアから放たれた風の刃は、木々を切り倒し、真っ直ぐに黒い影へと向かう。
『クッ……!』
気配を察知した黒い影は、何か細い紐状のものを腕から伸ばし、木へと巻きつけ、スピードを殺さずに勢いそのままに上空へと飛び立つ。
「ああもう! さっきからずっと、こうやって避けられるのよ!」
「……中々すばしっこいヤツだな」
おかしい……。
風系統の魔法は本来、スピードでは1、2位を争うものだ。
それを、アリシアの魔法速度で放つとなれば、普通の人間では、避けるのはかなり難しい。
「もしかしてヤツの正体は……」
「あっ! 少し開けたところに出るわよ! そこで一気に決めましょう!」
アリシアの指し示す通り、先行する黒い影のさらに向こうが、木々が晴れ、開けてみえる。
たしかに、広い場所ならば、アリシアの使える手札も増える上に、黒い影の使う、紐らしきものを使った回避も難しいだろう。
「あ、あの、ル、ルーネスくん。ま、魔法を放つなら是非私を下ろしてからで……」
俺の腕の中で、イリーナがおずおずと意見を述べる。
そうだった、小柄な上に軽すぎて、抱えていることを忘れていた。
「安心しろ、イリーナを巻き込まないで戦える」
「い、いや、あ、あの、し、心臓がもたな……」
「もう着くわよ! 気を引き締めて行くわよ!」
さあ、黒い影。お前の正体を見せてもらうぞ。
「さあ、観念しなさ――」
「うぉぉぉ!! 俺の部員を返せぇぇぇ!!」
「生徒会の名において、貴様を捕らえる!」
「我の臣下に手を出すなど、万死に値する」
勢いよく木々を抜けた瞬間、同時にあちこちから人が飛び出てくる。
な、なんだ? 黒い影は?
「な、なんだね君たちは! 君たちが犯人か?」
「む。貴様こそ何者だ」
「うぉぉぉぉぉぉ!!! どこだぁぁぁぁぁ!!!」
よく見ると、見知った顔ぶれだな。園芸部の部長のトリングス先輩に、生物部のレオナ先輩。
もう1人は知らない顔だが、服装からして、ホワイトの生徒か?
「ルーネス! 黒い影がいないわ!」
急な出来事に驚いているところに、アリシアの声が響く。
そうだ、ヤツは……。
「本当だ。どこにもいない」
辺りを見渡すが、黒い影の姿はどこにもいないうえ、魔力探知にも、先ほどの黒い魔力反応がない。
どうやら逃げられてしまったか……。
「む。気配が、消えた?」
「……取り逃がしてしまいましたか」
「うぉぉぉぉぉぉ!!! どこだぁぁぁぁぁあ!!!」
……とりあえず、一度状況を整理するか。
*
「――なるほど。貴方たちもあの黒い影を追って……」
一度、1番近くにあるということで、オカルト研究部の部室に移動し、それぞれの情報を話し合う。
眼鏡をかけた長髪の男――生徒会副会長のジーナスという男が、代表として意見を纏める。
「うむ。我が臣下……、生物部の部員が、突如現れた黒い影に攫われた。我はそれを追い、貴様らと遭遇したわけだ」
「俺もそんな感じだな! お花さんたちをお世話していたら、急にあの影が出てきて、俺の大切な部員を攫ったんだ!」
「わ、わ、私たちは、オカルト研究会として、今回の事件の調査をしていたところ、じ、事件現場を見つけました……」
それぞれ、あの黒い影の現場に居合わせ、追跡していたということか……ん?
「ちょっと待ってくれ。おかしくないか?」
「なんですか、え〜……」
「ルーネスだ」
そういえば名乗ってなかったな。
「ありがとう。ルーネスくん、何がおかしいというんですか?」
「犯人はあの黒い影なんだろ? それぞれの話を聞く限り、ほぼ同時刻に事件が起き、それを追跡していた……、犯人はもしかして、単独じゃないんじゃないか?」
俺の発言に、部屋にいる全員が、ハッとした顔になる。
「なるほど……。たしかに、単独犯にしては事件数が異常だと思っていましたが、複数人による犯行なら、合点がいきますね」
「だから、それぞれ追ってきた俺たちが鉢合わせたわけか! 凄いぞルーネスくん!!」
「うむ。大義である」
良い雰囲気になってきたが、まだ大きく進展したわけではない。
これは話すかどうか迷うところだが、犯人が複数人なら、捜査のアンテナは多い方がいい。共有しておくか。
「それともう一つ。重大なことがある」
「ほう、まだ情報があるんですか?」
「犯人の正体……に、関わるものだ」
俺の発言に、どよめきが起こる。
「なっ!? そこまで分かったのか!」
「その情報、ぜひお聞かせください」
「ル、ルーネスくん、あ、あんな短い時間でそこまで……」
皆が俺の発言に耳を立て、注目が集まる。
「犯人の正体だが……、おそらく、【悪魔】に関係していると思う」
「なっ!?」
「あ、悪魔……、ですか」
驚くのも無理はないだろうな。
俺の時代でも、【悪魔】の存在は危険視されていた。
人間と契約し、人外の力を与える、最低でも上位獣クラスの力を保有する存在。
普段は『魔界』と呼ばれる場所に生息しているが、大戦時は各勢力が有力な【悪魔】と契約したことで、激化に繋がった、最悪の存在だ。
「あ、悪魔なんて、御伽話の存在じゃないの?」
「アリシア。悪魔は実在するぞ、普段は人間の住む領域に来ることはないし、大戦時代で、その数は多く減らしたが、奴らの生命力は、その程度で絶滅するようなことはない」
悪魔を見つけたら、7回は殺せ。
俺の時代では有名な教訓だ。
一度殺したと油断したところを、返り討ちにあったやつを何人も見たし、俺も危ない場面も何度かあった。
「……もし、その話が本当ならば、この事件は国家規模になりますよ」
「いや、安心してくれ。悪魔の気配を感じたとは言っても、悪魔本体の気配はとても薄い。おそらくだが、悪魔の魔力だけを使って契約したものだろう」
「魔力だけ……?」
悪魔の魔力は、人間のものとは根本的に違う。
人間の魔力は時間が経てば霧散するが。悪魔の魔力は、特別な方法を使わない限り消えない。
「悪魔の魔力は、その残滓だけで強力な力を得れるような、特別なシロモノなんだ」
「そ、そんなもの、わ、私、聞いたこともありません……」
「まあ、だろうな」
大戦終結時、人間界に残った悪魔の残滓はあらかた始末した。
対戦に関わった悪魔の生き残りも、魔界に退散したから、あれ以降増えるとしたら、悪魔が再び人間界に来たということになるが……。
「教科書でもそんなこと書いてなかったよな?」
「うむ。我も記憶にないな」
この様子を見る限り、大戦以降、悪魔たちが大きく動いた記録はなさそうだな。
となると、あの時に始末しきれなかった残滓が、この時代にまで残っていたか……。
「まあ、あの犯人の魔力を見る限り、濃度も薄い。悪魔の力を使う人間――『魔人』としても、かなり低級だろう」
「魔人、ですか……、いや、やはり、それでも危険です。この件は国家機関に委任しましょう」
まあ、そうなるだろうな。
副会長の意見はもっともだ。低級とはいえ、魔人は魔人。一般人の手に負えるものではない。
特に、この平和な時代な人間ならな。
「これは生徒会で預かります。皆さん、お分かりだとは思いますが、この件は内密に」
「だ、だが、俺の部員たちは……」
「それも、我々と国家機関で必ず助け出します。不安だとは思いますが、少しの間お待ちください」
まあ、この感じだと、イリーナの依頼もお蔵入りだな。
申し訳ないが、今回は大人しくしてもらおう。
「では、今日は解散しましょう。ですが、また魔人が現れるともしれません。解決するまでの間は、それぞれ声を掛け合っていきましょう」
みな、思ったよりも大きな事件の話を聞いて疲弊しているだろう。
今日は、このまま大人しく帰るとするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます