第22話 失踪事件
行くか! と、息巻いたはいいものの。
イリーナによると、次の事件が起こりそうなのは次の日……つまり、今日の放課後になるらしい。
「で、ここがその場所か……」
「……本当にこんな場所で起こるっていうの?」
俺たちがイリーナに連れこられたのは、学院の中心にもあたる、時計台のある中央広場だ。
放課後になったばかりだけあって、まだそこそこの数の生徒が、憩いの場として楽しんでいる。
「え、ええ、間違いないかと……」
「まだ人も多いし、事件が起こるとは思えないんだけど?」
「い、いえ、聞き込みの結果、今日はこの場所で合ってると思います」
聞き込み……か。
「なあ、その聞き込みって、誰に聞いたんだ? クラスのやつに聞いた感じ、そもそもこの事件を知ってる人間もあんまりいなかったぞ?」
「アタシの方もよ。しかも、知っている人の情報でも、日時も場所もバラバラどころか、いつの間にか消えた〜って話ばっかりで、ハッキリとしない情報ばっかりよ?」
「そ、そう言えば、説明してませんでしたね……」
そう言い、イリーナは振り返り、ローブを外し、髪をかき上げて見せる。
その露わになったうなじには……。
「魔法……陣?」
「その魔法陣は……
「私はネクロマン……え? し、知ってるんですか!?」
懐かしいな。千年前の戦場にも、数は多くないが確認できた。
「たしか、死者やアンデッド系のモンスターを操る魔術を使うんだったよな?」
「そ、そ、そうなんですけど……。よ、よく知っていますね。マイナーな一族なのに……」
「マイナー……?」
たしかに、一族秘伝の魔術だったらしく、あまり人数は多くなかったが……、マイナーというには、かなり有名な一族だったはずだぞ?
「
「……そ、そういう時代もあったみたいですけど、近代では、その数も減って、一族も影を潜めて生きているんです」
「そうだったか……。なんというか、
イリーナにとって、ナイーブな話だったらしく、少しトーンが落ち始める。
すると、ローブを被り直したイリーナは、慌てて言葉を紡ぐ。
「い、いえ! お、お気になさらないでください! ……で、ですが、この魔法陣と一族のことは、あまり公表しないようにと言われてますので、その……どうかご内密に」
「……え? アタシたちに言って大丈夫だったの?」
たしかに、出会ってまだ1日しか経ってない俺たちに言うには、まだ早いんじゃないか?
「だ、大丈夫です! ……多分」
「多分って……」
「こ、こちらから協力をお願いしたんです。信頼を得るには、ま、まずこちらから、と言いますし……」
信頼を得るには、か。
たしかに、何も知らない相手より、秘密の共有をした相手の方が、信頼しやす……、いや待て、その理論だと、俺はマグナ教諭と信頼し合っていることになってしまうぞ?
「なるほどね……その、ねくろまんさー? ってやつの力で、色んな情報をゲットしたってわけね?」
「そ、そうです。事件の噂も、学院内に漂ってる幽霊さんたちに聞きました」
そうか……。目撃情報も少ない事件だが、幽霊たちは、犯人に見つかることなく、現場を見ることができたわけか。
「へぇ〜! 便利な魔術なのね!」
「え、えへへ。そ、そんなことないですよ〜」
そう言いながらも、ニマニマする口元は抑えられていない。
気弱な性格に見えていたが、存外、褒められると弱いタイプか。
「そういえば、場所はここでいいとして、後どれくらいで事件は起こりそうなんだ?」
「そ、それは……正直、放課後のこのくらいの時間帯、ということまでは絞れたんですが、それ以上は……」
「しばらく張り込んでみるしかない、か」
まあ、どうせ何時までかかるかわからないと思っていたんだ。
イリーナに確証があるなら、それに乗ってみるのも悪くないだろう。
*
「だいぶ減ってきたわね」
「ああ、もう数える程度しかいないな」
1時間もすると、寮に戻る生徒も増え、中央広場にいる人間はもう、俺たちを含めても10人もいなかった。
「……なあ、本当にこの場所なのよね? 実は違う場所で事件が起こってる〜なんてことはないのよね?」
「は、はい、そのはず……です。幽霊さんたちも、他の場所で何か起こっているのを見たものは、い、いないそうです」
「2人とも、静かに。……何かいるぞ」
魔力探知に反応があった。
なにか黒い魔力の塊が近くに現れた……、この反応、どこかで見覚えがあるような……?
「でさぁ、そこで俺ぇ、カマシてやったわけよ!」
「ヒヒッ! マジィ!? ゲヒャヒャ!!」
先ほどからたむろしている不良風の男たちの声が響く。
俺たちが集中して辺りを見渡していると、草むらから黒い影が、不良生徒たちの方へと飛びかかる。
「ハハ……っ!? な、なんだテメェ!?」
「き、気持ち悪りぃ、こっち来るんじゃ……ガッ!?」
黒い影は、瞬く間に不良生徒の片割れの首を掴み、宙へと浮かす。
うろたえたもう1人の不良生徒は、慌てて魔法を放とうとする。
「くっ! 相棒を離しやがれっ!! ――
『――フン』
「ぐぁぁぁぁぁ!!?」
黒い影は、捕えていた不良生徒を盾にし、放たれた火球を防ぐ。
火球を当てられた不良生徒は悲鳴あげ、そのまま気絶したようにグッタリしてしまう。
「なっ! す、すまねぇ、相ぼ――ぐっ!?」
誤射してしまったことに動揺しているところを殴られ、もう1人の不良生徒も吹き飛ばされ、気絶してしまう。
「見てられない……、ルーネス! イリーナ! 行くわよ!」
「へ? あ、は、はいぃ」
無闇に突っ込むのもどうかと思うが、このまま見過ごすわけにもいかない。仕方ない、俺も行こう。
「そこまでよ! アンタが失踪事件の犯人ね!?」
『ッ!?』
突然の乱入者に驚いたのか、黒い影が動揺したように動きが止まる。
「お縄につきなさい! ――
アリシアの放った火球は、先ほどの不良生徒とは比べ物にならない速度で黒い影へと迫る。
アリシアの魔法速度と威力、当たればひとたまりもないし、波の相手では避けるのは難しいだろう。しかし――
「なっ!? わ、私の火球をっ!?」
黒い影は、動揺から脱し、スルリと身をかわし、火球を避ける。
これは少し予想外だな。正直、アリシアがいればすぐに捕縛できると思っていた。
『……チッ』
「あっ! こら、待ちなさい!」
俺たちの人数を見て不利と判断したのか、抱えていた不良生徒を放り投げ、黒い影は森の方へと走り去る。
「追いかけるわよ!」
「ま、待ってください〜、そ、そんなに早く走りなっ……」
「すまない、少し乱暴になるぞ」
「へ? きゃぁ!?」
俺は、イリーナを抱え、先行するアリシアを追いかける。
アリシアを1人で行かせるわけにも、イリーナを現場に置いていくわけにもいかない。勘弁してくれよな。
「さて、飛ばすぞ」
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