第21話 イリーナ・イーヴェル


「ねえ、本当にこっちであってるのかしら?」


「わからん」


「わからんって……、まあ、この広い学院だもの、仕方ないわよね」



 俺たちは今、学院内の森の中を彷徨っている。

 最後の依頼主である、イリーナ・イーヴェルがいる、オカルト研究会を探すためだ。



「それにしても、旧校舎って……、学院にそんな場所があるのね」


「伝統ある古い学院だからな。校舎も建て直したりしたんだろう」



 たしか、千年前……戦争が終わった頃。色々と世界の立て直しが終わったら、学校を作りたい……そんなことを言った奴がいたな。

 もし、この学院がそいつが作ったものなら……かなり古くから存在することになるな。

 まあ、全然違うやつが作った可能性もあるから、わからないけどな。



「あ! ねえ、もしかして、あれじゃない!?」


「……生徒たちに聞いた地点とも一致している。間違いないな」


「随分と……ボロボロね」



 森を抜けた先にあったのは、校舎というにはかなり劣化していて、ところどころ穴が空いていたり、雑草も伸び放題な……、言い方は悪いが、形容するならば、校舎というよりも廃墟だった。



「本当に、こんなところに人がいるの……?」


「い、いますよ〜」


「きゃぁぁぁぁ!!!? お化けぇぇぇ!!!?」



 突如、背後から聞こえた声に、アリシアが悲鳴を上げる。

 俺は魔力感知で気配は感じていたんだが……、今度、特訓でその辺も鍛えてやらないとな。



「び、ビックリさせるんじゃいわよ!」


「ご、ごめんなさい、そんなつもりでは……」


「アリシア、そう怒鳴るもんじゃない。……お前が、イリーナ・イーヴェルで合っているか?」


「は、はい」



 規定の制服の上から被った青いローブと、淡い水を思わせる透き通った髪を肩まで伸ばしている姿は、肌の青白さと相まって、たしかに幽霊と見間違えられてもおかしくはないな。



「あ、あの……、こんなところまで、な、何のご用でしょうか……?」


「自己紹介が遅れたな。俺はルーネス・キャネット、で、こっちがアリシア・アーガネット。お前と同じブラックの1年生だ」


「アタシたちは、目安箱に入っていた依頼を解決するために、ここまで来たってわけ」



 アリシアの言葉に、イリーナは猫背気味な体を起こし、嬉しそうな顔を見せる。



「ほ、本当ですか! わ、私の依頼を引き受けてくれるんですか!?」


「ああ、だからまずは、詳しい話を聞かせてくれるか?」


「あ、す、すみません、1人で盛り上がっちゃって……。と、とりあえず、部室でお茶でも飲みながら話しましょう」




          *




「そ、粗茶ですが」



 イリーナに案内された部室は、髑髏の水晶やら、謎のお面、怪しい箱で部屋中が圧迫され……、まるで、どこぞの教諭の部屋のようだな。



「まるで、マグナ教諭の研究室みたいね」


「おい、俺が口に出さないようにしたことを……」


「マグナ教諭……ですか? れ、礼儀正しくて、キチっとした方に見えますが……」



 やはり、一般生徒にはそう見えているのか。

 ……あの部屋や、本性を見られたら、驚かれるんだろうな。



「まあいい、俺たちは、そのマグナ教諭の代理で来たんだ」


「そ、代理という名の押し付けね」


「そ、そうだったんですか。アーガネットさんも、キャネットさんも、わ、わざわざご足労いただき、ありがとうございます」



 そう言い、深々と頭を下げるイリーナ。礼儀正しい子だな。



「よしてくれ、同い年なんだ。気軽にルーネスでいい」


「私もよ。アリシアで良いわ」


「は、はい……、ルーネスくんに、アリシアさん、ですね」



 正直、敬称も要らないんだが……、まあ、わざわざ無理強いをすることでもない。呼び方なんて、呼びやすければそれで良い。



「で、生徒が消える事件……だっけか?」


「は、はい。わ、私がまとめた資料がありますので、これを見てください」



 そういい、紙束が渡される。

 中を見ると、生徒や教職員の名前やクラス。簡単なプロフィールと、いつどこで消息を絶ったか、が記載されていた。



「わ、私の独自の調査によると、ここ1週間で、39名の学院関係者が、突如行方不明になったみたいなんです」


「……かなり多いな」


「こ、これって、かなり大きな事件じゃない!」



 40人近い人間が、1週間でいなくなる……。

 これは、教師どころか、本来、国の機関の担当するような案件じゃないか?



「正直、学生の領分じゃないと思うが……。なんで、この事件に関わりたいんだ?」


「そ、そこに謎がある限り! オカルト的存在は実在する!!」



 オドオドしていたイリーナが、突如立ち上がり、叫ぶ。

 さっきまでの態度からの豹変ぶりに、思わず呆けていると、イリーナは恥ずかしそうに、またオドオドした様子に戻り、椅子に座り直す。



「わ、我がオカルト研究会の心得の一つです……。正体不明の事件があるなら、オカルトがあるかもしれないから、積極的に首を突っ込め……という意味です」


「……思ったより、アグレッシブな部活みたいね」



 文化系かと思っていたが、中身は体育会系なんだな。

 というか……。



「すまない、あまり詳しくないんだが……オカルト、って一体何なんだ?」


「あ、それアタシも気になっていたのよね」


「オカルトがなにか……ですか」



 俺たちの質問に、重苦しい空気感を発するイリーナ。

 そ、そんなに凄いものなのか、そのオカルトというものは……。



「オカルトというのは……」


「お、オカルトというのは……?」


「私にも分かりません」



 思わず、椅子から落ちそうになる。



「わ、分からない……?」


「ええ、お、オカルト研究会にも、詳しい概要が伝わっていないんですよ」


「そ、それじゃあ、何を研究しているのよ……?」



 全くだ。研究会を名乗っているのに、何を研究したら良いかわからないとは、どういうことだ?



「い、一応。『オカルトとは非日常的なもの。オカルトとは実態の無いもの。オカルトとは生きている我々の逆位置にあるもの』と、オカルト研究会には伝わっています」


「ああ……。オカルトがゲシュタルト崩壊を起こしそうだわ……」


「つ、つまり、未知なるものを探究すること、それ自体がオカルト……だと、私は解釈しています」



 未知なるものを探究……か。

 たしかに、そう言われればロマンを感じるな。



「……いいだろう。その熱意、気に入ったぞ」


「ま、これで行方不明者が増えても大変だものね。アタシたちも手伝うわよ!」


「あ、ありがとうございます!」



 まあ、俺とアリシアがついていれば、何があっても大丈夫だろう。



「それで、俺たちは何をすれば良いんだ?」


「か、簡単に言えば、私の護衛です」


「護衛か……、ということは、事件の調査に向かうんだな?」


「は、はい。実はですね、私の独自の聞き込みと推察で、次の事件現場を予想したんです」



 ……凄いな。自力でそこまで調査できたのか。



「それじゃあ、早速その場所に行くとするか」

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