第16話 親友以上、友達未満
「やあやあ! お疲れさ……どうしたんだい? いやに疲れてるようだけど」
「まあ、色々あってな」
そりゃあ、一日中買い物で歩きまわされた上に、フィルゼたちとのいざこざもあったんだ、流石に少し疲れる。
……千年前ではなんともなかったが、肉体ばかりは現代の人間だからな。よく考えれば、全てが千年前のスペックになったわけでは無いのか。
「……ねえ、マグナ教諭って、こんな感じだったかしら」
「ああ、アリシアは普段の姿しか知らないもんな」
「もっとキラキラ系だと思ってたんだけど……、本当に同じ人間?」
随分な言い方だが、気持ちはすごくわかる。
俺も初めて見た時は、ほぼ同じ感想だった。
「まあ、失礼な物言いだが、見過ごすとしようか。それで買い物の品は?」
「ああ、なんとか全部買って来たよ」
手に持っていた荷物をガバッと机に乗せる。
その影響で書類の山がバサバサと崩れ落ちるが、知ったことか。片付けないやつが悪い。もう持ってるのもしんどい。
「おお、よくぞ私のミッションを果たすことができたね! ……正直1日で回れる量じゃなかったんだけどね」
「おい、聞こえてるぞ、クソ教師」
「なんか口調が荒くないかい?」
当たり前だろ。ちょっとアリシアと出掛けるきっかけをくれって言っただけで、こんな量を頼まれると思わないだろ。
隣のアリシアも、グッタリした様子で俺に同意している。
「ほんっと、せっかくの休日が散々ですよ」
「まあまあ、そう言わないでくれたまえ。報酬は用意してある……というか、持って来てもらったよ」
「はあ?」
どう言う意味だ? と首を傾げていると、マグナ教諭は、俺たちが買ってきた袋から、2つ、取り上げ、俺とアリシアにそれぞれ手渡す。
アリシアの方は小包で、俺の方は……、さっきの商人から受け取ったもの?
「これは?」
「まあ、開けてみたまえ」
言われるがまま、包装を取り、中身を取り出すと……。
「剣? それにしては随分と細身のような……」
「それは、極東の国で作られた『刀』と言うものらしい」
「刀……」
刀身は薄いが、脆いわけではなさそうだな。むしろ力強さが感じられる。
全体が真っ白に統一されてるのも、儚さよりも、鋭さの方が強く感じられる。
俺が刀に見惚れていると、マグナ教諭がコソッと耳打ちしてくる。
「君の古代魔法は、強力すぎるからねぇ、手加減のために使うといい。その刀は、君の力に耐えうると思って、仕入れておいたよ」
「なるほど……」
「そして、その刀の一番の特徴は……、まあ、それはまた今度でいいだろう」
相変わらず、不気味な笑顔を向けてくるな。
……だが、これは助かるな。力加減というのは、存外、集中力がいる。一歩間違えば、先ほどのフィルゼも原型を留めないようなことになっていたかもしれない。
無論、加減はできないわけではないが……、その手間を考えると、こういうものに頼るのも悪くないかもな。
「さて、アリシアくんの方は気に入ってくれたかな?」
「これって……、チョーカー?」
アリシアの方に顔を向けると、その手には真っ赤なチョーカーが握られていた。
「それは……、まあ、簡単にいうと、魔力の基礎力を向上させるような効果が付与されているのだよ」
「魔力の向上……」
「君のような向上心を持つ人間には相応しいだろう?」
たしかに、アリシアにはピッタリだな。
「……ありがとうございます。これでまた、強くなれます」
「うん、2人とも気に入ってくれたようで、嬉しい限りだよ。それでは、時間も遅いし、そろそろお開きとしようか」
マグナ教諭は、ニコニコと胡散臭い顔で手を振りつつ、再び俺の耳元でコソコソと耳打ちする。
「それと、約束通り協力したのだから……後日でいいから、また情報を頼むよ」
この男……。今回の買い出しは、必要なものもあっただろうからトントンだろうに。
……まあ、刀の件もあるし、良しとしとくか。
*
「は〜、疲れたわね」
「ああ、これは、帰ったら速攻で寝てしまうだろうな」
マグナ教諭の研究室を出て、寮への帰路。
男子寮と女子寮は少し離れているが、途中まではルートは同じなので、もう少しだけアリシアと歩くことになる。
「それにしても、フィルゼの顔覚えてる? 『る、るぅねす、きゃねっ……がはぁぁぁ』ですって? ふふふ」
「あまり笑ってやるな、可哀想だろ」
「なによ、あんなやつ庇うの?」
不思議そうな顔で、こちらを見つめる。
まあ、たしかに、行いは非常に悪かった……だが。
「あんなやつでも、根っからの悪人ではないだろ。環境がそうさせただけだ」
「ふーん、随分と達観してるのね」
「ま、色々なやつを見て来たからな」
千年前。今の人生よりも、もっと多くの人間を見て来た。それこそ、フィルゼのような奴もいたし、もっと酷い、救いようのない奴も見て来た。
それと比べたら、フィルゼはまだかわいい方だ。
「なんか、ジジくさいわね」
「……思っても言うなよ」
「あら、素直なのが、アタシの良いところよ?」
そう言い、クスクス笑うアリシアは、普段の強気な部分が想像できない、等身大の女の子そのものだった。
「……なあ、アリシア」
「なによ、急に改まって」
「お前の『やりたいこと』ってやつを、聞かせてくれないか」
俺の言葉に、少し言い淀むアリシア。
しかし、数秒ののち、諦めたようにため息を吐く。
「ハァ……、あんたも折れない男ね」
「それが、俺の良いところ、だからな」
先ほどのアリシアの口調を真似、ニヤリと笑って見せる。
すると、アリシアは、俺の顔を見て、呆れたように笑う。
「ふふ、短い付き合いだけど、ちょっとずつアンタのノリも分かり始めたわ」
「そりゃ、嬉しいな」
「……きっと、マグナ教諭から、なんとなく聞いてるんでしょう? アタシのこと」
アリシアの言葉に、少し驚く。
「なんで分かったんだ?」
「この学院に入る時、面接官がマグナ教諭だったのよ。それに、アンタと教諭が目配せしてるのも見てたわよ?」
「ありゃ、バレてたか」
まあ、マグナ教諭のあんなネットリとした目でアイコンタクトしてたら、そりゃバレるか。
「どこまで知ってるの?」
「……アリシアが、元貴族だってこと。没落したことが原因で、ブラックにいること、かな」
「……正解」
昼の戦闘や、模擬試験。それにアリシアの優秀さを見て、薄々おかしいとは思っていた。
なぜ、こんな優秀な人間なのに、貴族主義のホワイトはともかく、レッドですらないのか、と。
「……うちの家はね、元々は結構大きな家だったのよ? 王に直接使えるような、誇り高い家だったの」
「そう聞いたよ」
「それなのに……、数年前、お父様が謀反を引き起こそうとした。なんて根も葉もないような話で、落ちぶれてしまって、そのまま爵位も取り上げられちゃったの」
大貴族の謀反。あの時代でも、よくある話だったな。だが……。
「お父様はそんなことしない! 誰かがお父様を陥れるために仕組んだ罠に決まっているわ!!」
「……」
「だから、アタシは決めたの。この学院でナンバーワンになって、王宮への推薦権を得て、アタシの代で、また復権して、お父様を陥れた犯人をこの手で……」
そこまで言い、アリシアは、浮かべていた涙を拭う。
その赤い瞳には、熱い炎が宿ってるかのように見える。
「……だから、アタシは遊んでいる暇はないの。もっともっと強くなる必要があるのよ」
「……俺に、その手伝いをさせてくれないか?」
「……え?」
驚いた表情で、こちらを振り返るアリシア。
「俺は、アリシアが挑んできてくれて、嬉しかった。この人生で初めて、競い合おうとしてくれる人ができた」
「そ、それは、噂のアンタに勝てば、ナンバーワンに近づくと思ったからで――」
「――でも、俺は嬉しかった」
あの時代でも、あそこまで真っ直ぐぶつかろうとして来たやつは、そういない。
その真っ直ぐさに、俺は惹かれたんだ。
「正直、復讐というのは俺の性に合わない。だから、それを手伝うのは、難しい」
「なら……」
「その代わりに、アリシア。お前が強くなる手助けをしたい」
俺の言葉に、目を見開くアリシア。
「だから、アリシアの目的が果たせた時。改めて俺と『友達』になってくれ」
「…………ふ、ふふ」
「……ん?」
え、笑うところだったか? 今。
「ふふふ、あは、あははははは!!」
「ア、アリシア?」
「あはは……、アンタ、ほんっっとーに、バカね!」
嘘だろ……、この流れでもダメなのか?
「分かったわ。こちらこそ、お願いするわ」
「え……いいのか?」
「ええ、その代わり……ちゃんと責任とって、アタシをナンバーワンにしてちょうだいよ?」
「……ああ、もちろんだ!」
少し驚いたが、なんとかアリシアと友だ……。
「あれ、まだ友達になれてないもんな……? なんて呼んだら良いんだ?」
「んー、知り合い? ライバル? 師弟? ……でも、アタシの感覚的には、もはや親友以上なのよね」
うーむ、これは困ったな。
友達にはなれてないけど、親友……? なんだか、より難しい関係だな。
「まあ……とりあえず、『親友以上、友達未満』ってことにするか?」
「ふふ、なにそれ?」
「上手い言葉が見つからなくてな」
まあ、今はその関係性でいいだろ。
俺は、右手をアリシアに差し出す。すると、アリシアも意図を汲んだのか、右手を差し出す。
「それじゃ、よろしくね? 親友以上の友達未満さん?」
「ああ、友達になれるよう、精一杯努力させてもらう」
こうして、俺たちの新しい関係性が始まった。
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