第5話 試運転

 向かう、といっても、リルの膂力なら、多少の距離は一瞬で済む。

 ものの数秒で目的の場所へと到着する。



『主っ! アレではないでしょうか!』


「うん、そのようだな」



 そこにいたのは――



「グゲ、ギャギャ?」



 醜悪な見た目、周りのゴブリンとは比較にならない巨軀……ゴブリンを統べる王。『ゴブリンキング』がいた。



「まあ、予想通りの」


『雑魚ですな』



 群れの規模としては100かそこらだろうか?

 正直、肩慣らしになるかどうかも怪しいな。



「ゲギャ、ギャギャ、ゲグ!」


「ギャ!」



 ゴブリンキングの指示で、ゴブリンたちが、俺とリルを囲むような配置に移動する。

 リルを見て、よくそんな指示が出せる。司令官としては三流以下だな。



『……やはり、ワタクシが出ましょうか?』


「……いや、試運転は大事だ」



 ぶっつけ本番の転生魔術で、15年も記憶を失うという……いわば事故を経験したばかりだ。試運転の大切さは身に染みた。

 リルの背を降り、下がらせる。

 さすがにゴブリンたちも、見るからに格が違うリルの後退を邪魔することはできず、むしろ、通る道すら空けている。



「さて、久方ぶりの戦闘だ。少々付き合ってもらうぞ?」


「ギギャァァァァ!!」



 キングの咆哮により、周囲のゴブリンたちが一斉に飛び掛かる。

 さて、千年ぶり、一発目は基本に忠実に……。



「――オリジン・フレイム



 白い炎が、周囲に広がる。


 その炎に触れたゴブリン、いや、木々や地面、影までも、音を残さず消滅していく。

 逃げようとするゴブリンもいるが、炎が広がる速度に追いつくことができず、飲み込まれていく。



『……千年経っても、未だ衰えず。ですね』



 炎が治まり、周囲がひらけたところに、リルが近づいてくる。



「ギャ……ギャゲ……?」


『おや、キングは残したのですね』



 炎のギリギリ範囲外にて、自らの配下が数秒で跡形もなく消え去ったことに呆け、口をあんぐりと開いているキングが佇んでいる。

 目を何度もパチクリさせ、目の前で起こったことが理解できていない、といった顔だな。



「打つ直前に、学院の試験の途中ということを思い出した。せめて一匹分の討伐部位は持って帰ろうと思ってな」


『なるほど。流石の力加減ですな』



 俺たちの会話を理解したのか、ハッとした顔で首をブンブンと振り、その体躯に見合った大剣を構えるキング。

 ほう、今のを見て立ち向かうことを選んだのか。



「その心意気や、良し」


「グギ、ゲゲギャッ!!」



 大剣を振りかぶり、横薙ぎをする。

 小柄な樹木ほどの大きさを有する大剣を、それよりも大きいゴブリンキングが振るう。

 それがまともに当たれば、並みの人間どころか、中型のモンスターですら、原型を残さず、肉片と化すだろう


 しかし――



「ゲ、ゲギャッ!?」


「残念だったな。魔鎧マガイを纏えば、そんなナマクラ、文字の通り刃が立たないぞ?」



 防御態勢を取るまでもなく、体の周りに纏わせた魔力の鎧に触れた瞬間、大剣は逆に砕けてしまう。

 予想外の事態に、ひどく狼狽えているな。

 まあ、この森程度では、これができるものもいないのだろう。



「壊しすぎないように慎重に……と」


「ゲギャァァァァァァァァァ!!」


「――オリジン・ブレイド


「ギャ――」



 手刀で、虚空を切る手真似をすると、そこから発生した不可視の斬撃により、キングの首が地面に転がる。

 頭部を失った胴体も、数秒ほど佇むが、間もなくして、力無くその場に崩れ落ちてゆく。



「よし。どうだ? 見事な加減だっただろう?」


『おみそれいたしました』


「まあ、この程度は――」



 リルの賞賛に返答しようした瞬間、キングの後ろにあった木々が次々と倒れていく。

 自然に倒れたものではなく、その全てはキレイな切り口で、真っ二つになっている。



「……これは、まだ調整が必要そうだな」


『……そのようですな』



 ゆっくりと辺りを見渡す。

 焼け焦げ、抉れた大地。ポッカリとひらけてしまった森。そして倒れた木々。



「……環境破壊も甚だしいな」


『き、記憶が戻ったばかりです。すぐに感覚も取り戻せますよっ!』



 リルの励ましが身に染みる。

 大戦時ならともかく、今の時代を生きるには、少々加減を身につけないとな……。


 キングから、ゴブリン種の共通の討伐部位である右耳を切り取り、カバンに詰める。

 元々の体躯があった分、少しカバンからはみ出してしまうが、文句は言えない。



「さて、一旦、教師の元に戻るか。リル、また送迎を頼む」


『かしこまりました!』



 力加減や、今後の方針と、色々と考えることは山積みだが……、ひとまず、皆と合流するとしようか。

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