第6話 屈辱
「そうだ、一旦止まってくれ」
『はっ!』
遠目にアーバロル生が見えた瞬間、大事なことを思い出し、リルを止める。
急停止ながらも、こちらに少しも振動を伝えないリルの心遣いに感謝しつつ、背を降りる。
『いかがしましたか?』
「いや……このまま合流するのはマズいと思ってな」
改めて思うが、リルはデカすぎる。
不用意に生徒たちを怯えさせるのは、望むところでは無い。
「たしか、小さくなれたよな?」
『はい! 自由自在でございます!』
「それじゃあ、一般的な犬程度のサイズで頼む」
リルの体内の魔力の流れが変わり、その体躯が、みるみるうちに変化していく。
変化が収まった頃には、先ほどの巨体の面影はなく、普通の大型犬程度のサイズのオオカミがチョコンと座っていた。
『主っ! こちらでいかがでしょう!』
「ああ、バッチリだ。人前では、普通の使い魔のフリでもしておいてくれ」
これなら、まだ言い逃れはできるだろう。
小柄になったリルの背を撫でつつ、アーバロル生の待つ合流地点まで歩き始める。
*
「――すると、ルーネス・キャネットくんという生徒が、モンスターに?」
「はい……。自分を置いて、逃げてくれ、と。……私がいながら、不甲斐ないです」
「あまり自分を責めるんじゃない。モンスターの異常発生に出くわして、5人も生き延びたのは、君の判断能力の
私の名演技に、無能な教師も騙されているようだな。
周りのものも、賞賛の眼差しや、感動して涙ぐんでいるものまでいる。
「しかし。先ほどの謎の獣の咆哮、そして森のモンスターの異常発生……、なにかが起こってることは間違い無いのかもしれませんね」
「そうですね。念のため、学院に戻った方がよろしいのでは?」
「しかし、まだキャネットくんが森の中に……」
ちっ……。早めに試験を切り上げれば、香水で大量のモンスターを討伐した私が、ダントツで一位を取れるんだがな。
「……やはり、私が森の中に探しにいきましょう。君たちは、他の学生たちと共に待っていなさい」
「いえ、あのモンスターの群れ相手では、ルーネス・キャネットが生きている可能性なんて――」
「すみませーん! 今戻りましたー!」
聞き覚えのある声に驚き振り返ると――群れの元へ置いてきたはずのルーネス・キャネットが、そこにいた。
「なっ!? 貴様、なぜ生きて……っ!」
「おお! なんとか逃げ切れたので……ん? 隣のモンスターは?」
教師の言葉で初めて気付いたが、よく見るとルーネス・キャネットの隣には、オオカミの姿をしたモンスターがいた。
「あー、コイツは、俺の使い魔です」
「ほう、使い魔がいたのですね。いえ、それよりも無事なようでなによりです」
使い魔? こいつに?
今までそんな存在は確認していないが……まさか、この私に隠していたとでもいうのか?
「よし。これで全員戻ってきたわけですし、学院に帰還するとしましょう」
「……ええ、今すぐ戻りましょう」
まあいい、少し予想外ではあったが、私の一位の座が脅かされることはない。
「少し待ってくれ」
私たちがさっさと帰還の準備に取り掛かろうとすると、ルーネス・キャネットが制止する。
なんだ? まさか、香水の件で文句でもあると言うのか?
「先生、実は討伐部位を一つ持ってきたので、それの確認をしてほしい」
「ほう、よく1人で討伐できましたね……どれ、一つだけであれば、先に確認しましょうか」
チッ、なにをチンタラ……って、討伐? あの出来損ないが?
……まあ、油断した雑魚モンスターに不意打ちでもしたのだろう。運のいいやつめ。
「これだ」
「どれ、どんなモンス……ター……こ、こ、これはっ!!?」
教師の驚きの声に、周りの生徒たちも反応し始め、注目が集まる。
なんだ? 雑魚モンスターすぎて呆れでもしたのか?
「ご、ご、ゴブリンキングの右耳じゃありませんか!?」
「ご、ゴブリンキング!?」
「じょ、上位獣を、ひ、1人で討伐したと言うのですか!?」
周囲の生徒たちがザワつく。
ご、ゴブリンキングって、あの……?
「ゴブリンキングなんて、現れただけで、街一つ簡単に滅びるようなモンスターなんですよ!?」
「まあ、なんとかな。群れも100匹程度しかいなかったし」
「ひゃ、100匹!?」
あ、ありえない……ゴブリンの群れなんて、本来多くても30やそこら……。
100なんて規模、聞いたことがないぞ!?
「100匹の群れ……ゴブリンキング……モンスターの異常発生……。い、一体、どうなっているというのですか……?」
「それで、テストはどうだ?」
「も、もちろん! 君が一位です!」
教師のありえない発言に、思わず大声が出る。
「お、お待ちください! 彼はブラックの生徒ですよ!?」
「フィルゼくん……、結果は結果です。そこに制服の色は関係ありませんよ」
「で、ですが! あの落ちこぼれが、上位獣を倒せるはずがありません! イカサマに決まっています!」
ありえない。この私でさえ、中位獣までしか討伐できなのだぞ?
それをアイツ如きが……。
「ああ、そういえば、フィルゼ。たしかゴブリンを討伐していたが、あれ以降何か討伐できたのか?」
「ぐっ……!」
こ、コイツ……っ! ブラックごときが、この私をバカにしているのか!?
「あ、あの状況で、そんな暇があるわけがないだろう!」
「ああ、そうだったのか。すまんな、気遣いが足りなかった」
「ぁぐ……き、貴様ぁぁぁ!!」
魔力を練り上げながら、ルーネス・キャネットの元へと近づく。
この私をコケにしたのだ、少々痛い目を見せてやるのも、貴族としての優しさだろう?
『バウっ!!』
「う、うわぁ!?」
アイツの隣にいたオオカミが、私の前に立ち塞がり吠える。
異様なオーラを発するソレに、思わずよろけ、尻もちをついてしまう。
な、なんだ……? い、一瞬、とてつもない大きさのモンスターに見えたような……?
「……フッ」
「クク、お、おい、笑うなよ……ククク」
私の醜態を見て、注目していた生徒たちがクスクスと笑い始める。
取り巻きどもも、笑いはしないが顔を伏せ、目を逸らしている。
「こら、リル。吠えるまでもないだろ」
『くぅ〜ん』
「すまなかったな。フィルゼ、立てるか?」
オオカミをたしなめ、申し訳なさそうな顔で手を差し伸べる。
こ、このフィルゼ・バッシュロックが、平民ごときに手を差し伸べられる……だと?
「ふ、ふざけるな!! 平民風情がぁ!」
「おやめなさい!」
魔法を発動しようとした手を、教師によって掴まれる。
「これ以上の揉め事は、私が許しませんよ?」
「…………っ!!」
下唇を噛み締め、荒ぶる心を抑える。
こんなところで余計に教師からの評価を下げる訳にもいかない、バッシュロック家の人間として、あまり大っぴらに揉め事を起こす訳にもいかない。
「あー、なんか、すまんな」
「……覚えておけよ。ルーネス・キャネット」
伸ばされた手を振り払い、足早にその場から離れる。
付いてこようとする取り巻きをあしらい、拳を握りしめる。
(この屈辱……決して忘れないぞ!!)
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