第25話 開戦



「はぁ〜、おっそいわね〜」



 マグナ教諭の研究室を出て、ストレッチをし始めてから30分ほど。

 ルーネスが来る様子はない。



「まあいいわ。瞑想でもしてれば来るわよね」



 ルーネスから借りていた水晶に魔力を通し、目を瞑る。

 これもルーネスから教わったトレーニング。精神の安定を保てれば、実戦での魔法の質も維持できる……らしい。



(いつも実践実践〜って言ってるけど、アイツに実践経験なんてあるのかしら)



 まあ、本人があれだけ言うんだし、無いわけじゃないと思うけど……。一体、どこでなんの実践を積んだっていうのかしら。

 思えば、ミステリアスというか、謎が多いわね。


 ルーネスのことは、森での試験の時からしか知らないけど、……あんな実力があるのに、なんで今まで噂も聞いたことがないのかしら?

 それに、隠していたとしても、あの強さは異常よ。貴族時代、色々な家庭教師についてもらったけど、あんなのは比べ物にならない、まさに異次元の強さね。



(それに、なぜか、やたら大戦時代に詳しいのよね)



 よく、大戦時は〜とか、千年前は〜って言うけど、なんであんなに詳しいのよ?

 だいたい、千年前の大戦なんて、資料が少なすぎて、教科書にもほぼ詳しいことなんて書いてないのに、よく知ってるわよ。

 深掘りしようとしても、なんだかはぐらかされるし……。



(アタシに隠し事……?)



 よし、決めた。あとで合流したら、徹底的に聞いてみましょう。絶対に逃さないんだから。

 そうと決まればまずは……。



「ふう……。出てきなさい。隠れてるのは分かってるわよ」


『……』


「ダンマリ、ってわけ?」



 舐められたものね?

 魔力感知が得意じゃないアタシだって、こんな人気がない時間に、あんな敵意剥き出しの魔力を出せれたら、流石にわかるわよ。



「――火球ファイア・ボールッ!!」


『……ッ!!』



 アタシの打ち出した火球を、寸でのところで避ける黒い影。

 やっぱり、昨日のやつの仲間……。



「さぁ! いつまでも黒いモヤモヤなんか、纏ってないで、顔くらい見せたらどうなの!」


『……うるせぇ女だ』



 観念したのか、男は黒いモヤから、その身体を現れにする。



「きゃぁ!?」



 その異形な面立ちに、思わず悲鳴が出る。



『おいおい、人の顔を見て悲鳴を上げるなんて、失礼じゃねえか?』



 露わになった顔には、2つしかないはずの瞳が、8つも存在している。

 よく見ると、皮膚も人間のソレではなく、ひび割れた鎧のような、ゴツゴツしたものになっていた。



「これが……魔人?」


『へえ? やっぱ知ってやがったか』



 ニヤニヤとしているが、その目は獲物を狙うような鋭いものだ。

 油断できな……い?



「その顔……。もしかして、アンタ、模擬戦の時のやつ?」


『へへっ、このライグ様の顔を覚えてくれていたとは、感激だねぇ?』


「コイツがいるってことは……もしかして、今回の首謀者は、フィルゼ!?」



 まさか、学院の生徒の仕業だったなんて……信じられない。



『バレちまったかぁ……。バレちまったからには、ますます殺さねえと、なぁ!!』


「くっ!!」



 ライグが手を振りかざすと、何かが発射される。

 それを寸でのところで避けると、直前までアタシがいた地面が、物凄い音を立てて砕ける。



「な、なんてパワーなの……」


『へへ、スゲェだろ? これが、魔人の力ってやつよぉ』



 魔人の力……。話には聞いていたけど、本当に人間離れした力ね。

 一撃で地面を破るなんて……、ん? これは……。



「糸……?」


『お? わかっちまう?』


「ただの糸じゃないわね。蜘蛛の、系?」



 そうだ。昨日追っていたやつも、何か、紐状のものを出していた。

 そうか、あれは蜘蛛の糸だったのね。でも、なんで蜘蛛?



「ねえ、アンタ。お喋りが好きそうだから聞かせてもらうけど、なんで蜘蛛の糸なのよ?」


『あぁん? 誰がテメェに教え……、ま、バレたところで影響はねえか。フィルゼ様が契約した悪魔が、蜘蛛の力を使うんだよ! で、俺たちはその力を分けてもらったんだ』



 蜘蛛の力……。もしかして、悪魔ごとに違う力が使えるのかしら?

 それに、フィルゼが分けた……。ルーネスが言っていた、悪魔の魔力は消えないことと関係あるのかも……。



『おら、ごたくはいいだろ? さっさとやり合おうぜ! 力を試したくてウズウズしてんだよぉ!』


「……まあ、この状況を切り抜けてから考えればいいことね」


『ハッハァ!! そうこなくちゃ!!』



 そういえば、複数犯っていってたけど、もしかして他の人のところにも刺客が……?

 なんとか、他の人のところに加勢しに行かないと。



「ライグ……、アンタ。貧乏くじを引いたのね」


『はぁ?』


「アタシの二つ名、ご存知ないかしら? 『爆風の女王ブラスト•クイーン』の力、堪能させてあげるわ!!」




          *




「レオナくん! 入学して以来、初めての共闘だな!」


「……トリングス。相変わらず、暑苦しい男だ。邪魔はするなよ」


「ははっ! 手厳しいな!」



 さて、昨日の件について話そうと、レオナくんと合流したところを狙われるなんてな!

 正直、自分の部員を攫われて、「はい、そうですか」なんて引き下がるのは、俺の性格と合わないところだった。



「けど、こいつは都合がいいな! こいつらを倒して、攫われた部員を取り戻そう!!」


「無論、そのつもりだ」



『グォォ……』


『ガァァァァ……』



 ……彼らは、本当に魔人なのか?

 もっと人間に近いと思っていたが、顔が溶けて、会話が通じているかもわからない……まるでゾンビだな。

 部員たちを守りながら上手く戦えるか分からないが……やってみる価値はあるだろう!



「さあ! 手合わせ願おうか!!」




          *



「ふむ。君たちは魔人……いや、魔人にすらなれなかったもの、といったところですか」


『グォ、ガァァァ』


『ギギギギギ』


 まさか、単独行動をしている時に狙われるなんて……。

 やはり、団体行動は身を守るためにも最適ですね。今度、学校行事に集団下校でも組み込んでもらいましょうか?



『グァ……ダ、タタカ、エ……』


「ははっ。君がかい?」



 なり損ない程度が、私とねぇ?



「甚だ不本意だが……、いいでしょう。5秒だけ遊んであげます」



 余命5秒。存分に楽しみなさい。




          *





「ひぃぃ!! こ、来ないで、来ないでくださぃぃぃぃ!!!」


『……そんなに怯えられると、こっちもやりづらいわね』



 な、な、なな、なんで私のところにっ!?

 き、昨日の話を聞いて、「あ、オカルトとか言ってる場合じゃないな」って思って、この件からはキッパリ身を引こうと思ったのにぃぃ!



「た、助けて! 幽霊さんたち!」


『きゃ!? な、なにこれ!? お、おばけ!?』



 近くにいた幽霊さんたちにお願いして、ま、魔人? の人の足止めをしてもらいます。

 わ、私は死霊使いとしては見習いなので、まだこれくらいしかできないですし、い、今のうちに逃げましょう!



『ああもう! 鬱陶しいわね!』



 魔人の人が手を振りかざすと、黒いモヤモヤが巻き起こり、ゆ、幽霊さんたちが霧散してしまいました。



「あぁ! ゆ、幽霊さぁぁん!!?」


『悪いわね? 私とフィルゼ様の愛のためにも、死んでもらうわよ? お嬢ちゃん』


「きゃぁぁぁぁぁ!!!?」



 い、急いで森の中に逃げなくては!

 そ、そして、誰か私を助けてくださいぃぃぃ!!

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