第36話 屋上と星空


「よ、こんなところにいたのか」



 数日経った、時計台の屋上。

 夕陽もそろそろ沈むような時間に、アリシアはいた。



「ルーネス……どうしてこんなところに?」


「どうして、はこっちのセリフだ。アリシアの怪我が完治したって聞いて、顔を出そうとしたが、中々見つからなくて、もしかしてここなら……って思ってな」



 治りたてで、まだ体力は戻っていないだろうに……よく、ここまで登ってきたな。



「なんか、あの時の戦いが夢のように感じてね。ちょっと、久しぶりにここの景色が見たくなったのよ」


「この屋上を見たら、夢じゃないってわかるだろ?」



 屋上は、フィルゼとの戦いから補修が終わっておらず、まだ、あちこちに焼けこげた跡や、瓦礫が残っていた。



「ほんと……、せっかくの特等席が、台無しだわ」


「まあ、あれから学院側の対応も落ち着いてきたし、そのうち直るだろ」



 ここ数日、学院内は大騒ぎだった。

 学院内に魔人が現れたという事件は、公表できるものではなく、調査が入ることとなった。


 戦闘のせいで、演習場や校舎など、あちこちに補修が必要なのもあり、一時的に休校状態になっていた。

 マグナ教諭も、ずっと働かされてて研究ができない、ってぼやいていた。



「……そういえば、イリーナの訓練の方はどうなの?」


「ああ、アリシアの時と同じようなメニューをやっているが……。イリーナはまず、基礎体力も基礎魔力も低いからな、なかなか苦労しているよ」


「そう……、あの子も大変ね」




 実は、アリシアが療養している間に、なんと、イリーナが俺の特訓を受けるようになった。


 あの戦いを通して、「自分に自信を持てるようになりたい」と思いいたり、俺のところに頭を下げにきたのだ。

 ……なんだか、リルに懐いてるらしく、昼休みには、リルをモフりに来るようにもなった。


 まあ、当のリルは、差し入れとしてお菓子を持ってきてもらえるからご満悦だし、本人がいいなら、別にいいか。




「ま、アリシアも体力が戻ってきたら、訓練の再開だな」


「……また、あの地獄がくるのね」


「でも、訓練中のアリシア、楽しそうだったぞ?」



 かなり苦戦している時もあったが、そんな中でも、アリシアは笑顔で訓練に挑んでいた。



「もちろん。強くなっていくのが分かるからね」


「俺の訓練はどうだ? 満足してるか?」


「大満足よ。満足しすぎて、倒れちゃいそうなくらいだわ」



 そう言い、ニヤッと笑って見せるアリシア。

 そうか……、人に教えるというのはあまり慣れていなかったが、アリシアが満足しくれているなら、良かった。



「でも……、アタシも、今回のことで痛感した。1番になるには、まだまだ足りない」


「お、そういうことなら、訓練の方も、もっとハードにしてみるか?」


「あ、あれ以上があるの……?」



 もちろんだ。あくまであれは、新兵のための訓練をベースにしている。

 まだまだキツいメニューは存在しているからな……、アレにしようか、それともアッチにしようか……。



「……それも、千年前の技術?」


「ん? ああ、大戦時代の、兵士のための訓練法だ」


「大戦……、ルーネスや、あの時のフィルゼみたいのが、ゴロゴロいたって思うと、想像もつかないわね」




 アリシアの目が覚めた時、詰め寄られた俺は、観念して、洗いざらいを吐いた。


 千年前の事。そして、俺が転生してきたことを。


 意外にも、アリシアはすんなり受け入れてくれた。

 「まあ、なんとなく察しはついてたわよ」とのことだが……俺、そんなに分かりやすかったか?




「ルーネスの時代から見て、今のアタシはどれくらいの強さになるの……?」



 俺が先日のことを思い出していると、アリシアが恐る恐るといった様子で尋ねてくる。



「んー、そうだな。新兵クラスは卒業するかもな」


「アタシで新兵……、やっぱり、想像つかないわ」



 まあ、仕方あるまい。今と昔では、基準が違うんだ。



「そんな時代から来たんなら、今の時代なんて、退屈にならないの?」


「そんなことないさ。むしろ、俺はこの時代が好きだ」



 アリシア、イリーナ、それに先輩方……たくさんの出会いがあった。

 その全員が、等しく青春を謳歌して、楽しそうだった。



「俺の時代では、笑顔のやつはほとんどいなかった。大戦のせいで、困窮しているのがずっと続いていたからな」


「……」


「差別があったり、辛いことはあるだろうが……、それでも、笑顔が多いこの時代が、俺は好きだ」



 あの大戦の終結に成功した、1番の成果だろう。

 戦争を知らない世代が出てくるなんて、こんなに喜ばしいことはない。



「……そっか。なんだか、アタシまで嬉しくなっちゃった」


「それに……、こんな景色まで見れるんだからな」


「え……? あ、星が……」



 話している間に、夕陽も完全に沈み、美しい星空が眼前に広がっていた。



「たしか、前に言っていたな」


「あ、覚えていてくれたのね」



 初めてアリシアと屋上に来た時を思い出す。

 あの時は、雨が降ったせいで見れなかったが……ようやく見れたな。



「ここまで雲が晴れるなんて……、もしかして、魔法で何かしたの?」


「まさか、そんなことはできないさ」


「へえ、アンタでもできないことがあるのね」



 天候を操るのは、環境に対してのリスクがあるから……と、言おうとしたが、黙っておこう。

 イタズラっぽい笑顔を浮かべているところに、水を刺すのも悪い。



「……ねえ」


「ん?」


「アタシ、ルーネスの友達に…………いや、なんでもない」



 アリシアが言いかけていた言葉。

 続くはずだった言葉は、なんとなく察しはついていたが、辞めた理由もわかる。

 ……まだ、あの時の目的は達成できてないもんな。



「……これからも、よろしくね? 親友以上の友達未満さん」


「ああ、早く友達になれるよう、俺も努力するよ」



 星空を見上げ、もう一度、約束をする。

 ……まだまだ、道のりは遠いな。




         *




 学院の森の、奥深く。

 人気がないこの場所に、怪しく動く、ローブの男が1人。



『███よ、失敗したそうだな?』



 どこからともなく、ローブの男に語りかける声がする。

 ローブの男は、跪き、謝罪の言葉を述べる。



『はっ。申し訳ございません。『ヤツ』は予想以上の力を秘めていまして……』


『御託はいい』


『……』



 語りかける声は、ローブの男の謝罪を厳しい声で止める。



『……蜘蛛の悪魔の力を与えた者はどうなった』


『フィルゼ・バッシュロックは現在、投獄されているようです。始末いたしますか?』


『よい……、どうせ、使い捨てる予定だったもの。放っておいても害はあるまい』



 無風の中、ローブの男の周りの木々が、不自然にザワザワと揺れる。



『想定外とはいえ、失敗は失敗。この失態は、取り返してくれるのであろうな』


『もちろんです。次こそは、必ずや成果を上げてみませましょう』


『では、良い報告を待っているぞ』



 語りかける声が消えた瞬間、揺れていた木々も、元のように、静かに佇む姿へ戻る。

 立ち上がったローブの男は、木々の隙間から見える星空を睨みつける。



『またいずれ会おう――ルーネス・キャネット』



 ローブの男は、闇に紛れ消えていく。

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俺はただ『青春』を謳歌したいだけなんだ!〜古代から転生した俺が、古代魔法で無双してしまった件〜 大塚セツナ @towatowa

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