第12話 マグナ教諭



「――では、これで本日の授業は終わりです」


「起立、礼」



 日は跨ぎ、全ての授業が終了し、放課後。

 結局、今日もアリシアは一度も姿を現さなかったな。

 まあ、昨日の今日だ。向こうも顔を合わせづらいだろう。



(なんとか、友人になりたいものだな)



 彼女の真っ直ぐさは、好感が持てる。俺の友人第一号は、ああいうやつがいい。

 それに、アリシア自身、友人への誘い自体が嫌と言う雰囲気でもなかった。



(なにか事情を抱えてる様子だったが……、それさえ解消できればあるいは……?)



 いや、何しても、俺はアリシアのことを知らなすぎる。

 せめて、誰か協力者でもいてくれればいいんだが……。


 席を立つこともなく、思考を巡らせていると、授業後の片付けをしている教師が、思い出したかのように話しかけてくる。

 


「そういえば、キャネットくん。担任のマグナ教諭がお呼びでしたよ」


「マグナ教諭が……?」


「ええ、たしか、マグナ教諭専用の研究室にいるそうですよ」



 何の用だ? たしか、記憶を取り戻す前は呼び出しなんてされたことがなかったはずだが……。

 まあ、とりあえず研究室へ向かうとするか。




          *




「失礼します。ルーネス・キャネットで……す」


「おや、キャネットくん。来てくれたか」



 研究室の扉を開くと、乱雑につまれた書類の山と、充満した埃っぽい空気が一面に広がる。

 そして、その奥に、ボサボサとした癖っ毛のある黒い長髪を垂らし、白衣に身を包んだ男――マグナ・ディオール教諭が座っていた。



「まあなんだ、好きに座ってくれたまえ」



 座るって言ったって、足の踏み場も無いだろ、これ。

 なんとか、数少ない足場を見つけ、マグナ教諭の近くの椅子を発見し、座る。



「というか、マグナ教諭。教室で見るときより、いささか印象が違うように見えるが……」


「んん? ああ、この研究所は私専用……つまり家のようなものだからね。リラックスはするさ」


「仕事とプライベートは分けるタイプ……ということ……か?」



 普段の教室では、髪もキッチリと縛り、スーツ姿だったが、あれは仕事モードだっただけか。



「さて、本題に入ろうか……呼ばれた理由はわかるかね?」


「特に、素行不良のつもりはないが?」


「ははっ、別にそんなくだらない内容じゃ無いよ」



 怪しく笑う姿は、教師というには、マッドな印象を受けるな。

 はて、特に呼ばれるような用事はないはずだが……。



「先日のゴブリンキング討伐、そして、アーガネットくんとの模擬戦……、ここ数日、君の実力は大きく跳ね上がっている。いや、上がりすぎているように見える」


「……」


「それに、部屋の外に待機させてるあの使い魔も、ただのウルフにも、中位獣のグレートウルフとも違うよね?」



 ニコニコとしながらも、その目はこちらを見極めるような、蛇にでも睨まれているような圧を感じる。



(さて、どう切り抜けたものか……)



 変な騒がれ方をされては、俺の青春生活が送りにくくなる。

 それに、この男の狙いもわからない……、ひとまず、誤魔化してみるか。




「おいおい、俺はただのいち学生だぞ? そんなもの、ただ努力して身につけた力に決まってるだろ」


「ふむ……シラを切ろうと言うのかね?」


「まさか。それとも、マグナ教諭は、かわいい学生のことを疑うのか?」



 おどけて見せる俺を、見極めるかのような目で見つめているマグナ教諭。

 さて、どう出てくるかな?



「まあ、そう言うと思って、『証拠』を用意しておいたよ」


(証拠……?)


「一体なんのことだ」



 俺の疑問の声を無視し、マグナ教諭は、乱雑に散らかっている机の上をガサゴソとまさぐり、何かを取り出す。

 あれは――。



「ゴブリンの耳か?」


「ああ、それも、君が討伐した『ゴブリンキング』のね」



 ああ、試験の時に討伐したやつか。



「しかし、それがどうした?」


「実は、この討伐部位から、とある形跡が採取できたんだよ」


「…………」



 なるほど、そういうことか。



「これは『古代魔法』が使用された形跡だ」


「……へえ」


「なぜ、『いち学生』である君が持ってきたものから、古代魔法の痕跡が残っているのだね?」



 これは、一枚取られたな。

 まさか、あそこから読み取られるとは……、少々、この時代の技術力を侮っていたな。



「……はあ。ま、いいだろう」


「おや? 話す気になってくれたかね」


「ああ、話してやるよ」



 どうせ、いつかはボロが出るかもしれなかったことだ。

 それに、俺のことを怪しんで、いつまでもマークされていても鬱陶しいからな。



「ただし、条件がある」


「ほう、この状況で条件をつけると?」


「それぐらいいだろ? かわいい学生の頼みだ」



 俺の提案に、マグナ教諭は、少し悩むそぶりを見せるが、すぐに怪しい笑顔へと戻る。



「ま、いいでしょう。それで、条件は?」


「まず一つ目は、俺の情報を公開しないことだ」


「まあ、当然でしょうね」



 下手に公開されて、俺の目的である『青春』を謳歌できなくなるのは困る。

 これは予想していたのか、マグナ教諭も、特に渋る様子もない。



「そして二つ目の条件なんだが……。俺の情報は、小出しにさせてもらおう」


「ほう?」



 正直、大戦時代……現代風に言わせれば、古代の情報は、この時代にどういう影響を与えるかわからない。

 俺自身が、もっとこの時代を知っていき、その上で渡す情報は選ばないとな。

 ……それに、小出しにする理由はもう一つある。



「情報を小出しにする理由だが……実は、マグナ教諭に頼みたいことがある」


「頼みたい、こと?」


「それを話す前に、まずは最初の情報を教える必要がある」



 俺の言葉に、待ってました! と言わんばかりに、マグナ教諭は立ち上がり、興奮した様子で近づく。



「おお!! 早速かね!」


「あ、あぁ……。それよりも、顔が近い、離れてくれ」


「そんなことはどうでもいい! 早く君の秘密を教えてくれたまえ!」



 俺の言葉を無視し、さらに顔を近づけてくる。

 ……まあ、話しにくいが、少しくらいは我慢してやるか。



「俺の正体なんだが……実は、『転生魔法』によって、前世の記憶を引き継いでいるんだ」


「て、転生……魔法……?」



 俺の告白に、マグナ教諭は目を見開き、驚いた様子で、後ろによろける。

 その拍子に、書類の山の一部が崩れたが、それにも気付かないようだ。



「まあ、信じてもらえないかもしれないが――」


「く、くく」


「――ん?」


「くふ、くはははははは!!!!!!」



 マグナ教諭は、先ほどの呆然とした様子から一変。

 両手を広げ、高らかに笑い出す。

 その姿は、教師というより、悪のマッドサイエンティストといった風貌だ。



「お、おい、マグナ教――」


 「転生魔術だとっ? 世界各地の魔道士たちが研究しようとし、考えることすら規制されてきた『三代禁忌術』の一つではないかっ!! その禁術の体現者が私の目の前に……? く、くく、クハハハハ!!」



 俺の呼びかけすら耳に入っていない様子で、狂ったようにブツブツと呟くマグナ教諭。

 三代禁忌術……か。まさかそんなものに部類されているとはな。

 たしかに、転生魔術は、あの時代でも完成させたのは俺だけだったが……俺に続くものはいなかったのか。



「おい、興奮するのもいいが、まだ交渉中だぞ」


「おっと、そうだったね……」



 マグナ教諭の奇行が落ち着き始めたところで声をかけ、再び着席させる。

 先ほどよりは落ち着いた様子だが、その目は、まだ狂気に満ちている。



「ゴホン。失礼した」


「続けていいか?」


「ああ、勿論だとも」



 さて、本題に戻るか。



「俺が二つ目に出した条件。その理由なんだが――」



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