第11話 屋上と夕焼け
演習場のボヤ騒ぎの翌日。
俺はまた、早めに登校して、入り口で挨拶運動をしていた。
また昨日のように空回りするかと思ったが、どうやら様子が少し違う。
「おはよう!」
「あ、昨日、アーガネットと模擬戦したやつだろ? すげえなお前」
「あなた、お名前は!? ぜひ僕のデータベースに追加したい!」
1日で随分評価が変わったものだな。
チラホラと話しかけてくる生徒が増えてきた。
『主のカリスマなら当然です。むしろ、昨日までがおかしかったのです』
リルもご満悦なようで、ブンブンと尻尾を振り回している。
何人かと交流をとっているうちに、とうとう始業のチャイムが鳴り響いた。
『そういえば……。あの女、現れなかったですね』
「ああ……昨日の件で謝罪したかったが、今日は休みなのか?」
まあ、仕方ない、放課後にでもまた出直そう。
*
「起立、礼」
6時限目が終了し、放課後となる。
結局、隣の教室も見に行ったが、アリシアが来た様子はないな。仕方ない……。
「リル、アリシアの匂いを記憶しているか」
『はっ、癪ですが、昨日散々隣に来たので覚えてしまいました』
「……随分、敵視しているんだな」
まあ、昨日の様子を見れば、無理もないか。
模擬戦が終わった後、寮の部屋でも、「なんなのですかあの態度は!」「平時でなければ、争いに紛れて噛み付いているところですよ!」と、ずっと不機嫌だったからな。
「まあ、不機嫌なところ悪いが、アリシアの所まで案内してくれるか」
『……かしこまりました』
学院内にはいるんだろうが、なにぶん、王都エクサスに座するとは言っても、アーバロル学院の敷地は、中規模の町ほどはある。
普通に人探しをするには、だいぶ手間がかかる。リルには悪いが、彼の鼻に頼らせて貰おう。
『主、どうやら、ヤツはこの近くにいるようです』
「ここは……、時計台か」
学生たちの憩いの場でもある中央広場、そこに位置する時計台は、学院のどこからでも見渡せるよう、かなり高く作られている。
周りを見渡してもアリシアの姿がないということは……、やはり、時計台の中にいるのか?
「たしか、時計台の中は立ち入り禁止のはずだが……どうして中に?」
『匂いの方向的に、時計台の最上部にいるようです』
最上部か……、今は人通りも少ない、ならば、内部から行くよりもこっちの方が早いな。
「リル、もうひと仕事頼むぞ」
『勿論です』
*
「はぁ……、言い過ぎちゃったかしら……」
アタシは――アリシア・アーガネットはいつもこうだ。
負けたくない、誇りを持って生きたい。その生き方自体にブレることはないけど、他人に強く当たりすぎちゃうのは、どうにかしたいわね……。
「アイツ……、きっと、怒ってるわよね」
「そんなことはないぞ」
「え? ――きゃあ!?」
アタシ以外いないはずの屋上から声がして、振り返ってみると、巨大な狼に跨った青年……ルーネスが、宙から降ってきた。
降り立ったルーネスは、狼から降り、その巨体を撫でる。
「よし、リル、また縮んでくれるか」
『かしこまりました』
喋る狼は、その巨体をみるみる縮小させ、昨日見た時と変わらないサイズへと変貌する。
アタシは驚きながらも、ルーネスへと声をかける。
「え、どこから……てか、小さく……え?」
ダメ、聞きたいことが多すぎて、言葉がまとまらないわ……。
「まあ、色々聞きたいことはあるだろうけど……まずは一言いいか?」
「え? ……ええ」
「昨日は、アリシアのプライドを傷つけてしまった。すまなかった」
そう言い、深々と頭を下げるルーネスを見て、慌てて声を上げる。
「い、いいわよ! アタシも戦いの後だったから頭に血が昇っていただけよ!」
「そうか、助かる」
アタシが言うや否や、スッと頭を上げる。
は、早いわね。謝る気、あったのかしら?
「……にしても、よくここが分かったわね。誰にも知られたことないのに」
「ああ、リルのおかげだ」
『当たり前です』
喋り出した狼にビクッと驚く。
そうだったわね……コイツの使い魔は喋るんだった……。
「それで、どうしたって、こんな場所に1人で?」
「……1人で落ち込んでる時は、よくこの景色を見に来るのよ」
「景色……? ――なるほど」
アタシの見ている方向を見て、ルーネスのやつもようやくここの素晴らしさがわかったようね。
「凄いな。学院全体が、まるで燃えているかのようだ」
「なんで、夕焼け空を見て、そんな物騒な例えになるのかは分からないけど……、いいでしょ? 夜は満天の星空が見えて、もっと綺麗になるのよ?」
学院に入って最初に、……色々あって落ち込んだ時、1人になれる場所を探してたら、ここを見つけた。
立ち入り禁止だから誰もいないでしょ〜って理由で見つけた場所だけど……今では、アタシの学院での一番のお気に入りの場所。
一日中見てても飽きないわね。
「それは是非見てみたいな……、だが、今日は難しそうだな」
「どうして?」
「もうすぐ雨が降る」
……雨? 雨どころか、雲一つないじゃない。
「どうしてそんなことがわかるのよ?」
「戦場では、天候一つで戦況が左右される。天気が変わる匂いには敏感なんだよ」
「戦場って……、そんな大昔じゃないだから」
アタシの言葉を聞いて、ルーネスは少し驚いたようにこちらを振り返る。
「大昔? ……しばらく戦争は起きてないのか?」
「しばらくって言うか、小さい小競り合いはともかく、大きな戦争は、ここ千年くらい起きてないじゃない?」
「……そうか。それは……よかった」
な、なによ? 急にそんな優しい顔するなんて。
さっきまでの無骨な顔とは大違いね。
「アンタ……そんな顔できるのね」
「ん? ああ、俺だって笑顔くらいなるさ」
「そう? 昨日も、模擬戦の時以外は仏頂面だったわよ」
「む、そうか」
アタシの言葉に何を思ったのか、急に自分の顔をグニグニと揉み始める。
「……何してるの?」
「いや、表情筋のストレッチをだな」
「……ぷっ」
謎の使い魔を連れた、バカげた魔法力の持ち主が、その仏頂面をマッサージしているのが、なんだかおかしくって、笑いが込み上げてくる。
「あはは! なによその顔っ! ふっ、ふふ、あははは!」
「……そっちこそ、ようやく笑ってくれたな」
「……え?」
ようやく? ……言われてみれば、アタシも、しばらく笑うことなんてなかったかも。
「……ありがと、久しぶりに、まともに笑ったわ」
「……なあ、アリシア。よかったら、俺と友だちに――」
「ごめんなさい」
ルーネスの口から出かった言葉を、遮る。
「……理由を聞いてもいいか?」
「アタシは……まだやることがあるの、友達を作ってる暇なんて、ない」
そう、『目的』を達成するまで、アタシには遊んでる余裕はない。
だから、上を目指すために戦ったり、競うことはあっても、『友達』にはなれない。
「そうか……また、出直すとするよ」
「悪いわね」
「ああ、あと、アリシアも早く屋内に入るといい」
そう言い残し、使い魔とともに時計台から飛び降りるルーネス。
……まあ、もう今さら驚かないわよ。
「何メートルあると思ってるのよ」って、ツッコミかけたけど。
彼らがいなくなった後を眺めていると、ポツポツと水滴が落ち始めた。
「……本当に降るのね」
さて、アタシもさっさと寮に戻るとしようかしら。
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