第10話 模擬戦 その2




「それでは、第2戦……始めっ!!」


「――火球ファイア•ボールッ!!」



 開始の合図とともに、アリシアの先制攻撃が放たれる。

 つい癖で魔法を放とうとするが、先日のゴブリンたちの有り様を思い出し、中断する。

 さすがに、現代の人間にアレを当てたら、ひとたまもないだろう。



「――火球ファイア・ボール



 アリシアのものと同威力の火球を生み出し、ぶつけてやる。

 空中でぶつかったそれらは、あたりに火の粉をばら撒きながら相殺される。



「や、やるじゃない。アタシの最速の魔法に、後出しで追いつくなんて」


「そうか……今のが最速だったのか」



 先ほどのライグ戦の時の速度から、期待度が高かったが……。

 そうか、このくらいか。



「お、おい……嘘だろ?」


「あの『神速』の異名を持つ、アーガネットの魔法を……!? そんなのデータになかったぞ!」


「ライグのやつも、追いつけなかったっていうのに……」



 観客のザワつきが聞こえる。

 神速……。そうか、あの速度でも、この時代では異名になるほどの実力になるのか。



「あ、アタシの魔法が……遅いとでも言いたいのかしら……?」



 少し目を離してた隙に、口元をヒクヒクとさせたアリシアが、魔力を貯め、ゴブリンほどの大きさの炎の塊を掲げていた。



「それなら……これはどうかしらっ!? ――炎球フレイム・ボールっ!!」



 先ほどの魔法よりはやや劣るが、そこそこの速度をもった炎球が放たれる。

 まあ、先ほどと同じで充分だろう。



「火球」



 再び火球を生み出す。だが、先ほどより少し大きく、アリシアの魔法と同威力まで上げる。

 そして、空中でぶつかり合う魔法は、同様に火花を散らし相殺される。



「あ、あのレベルの炎球を、ただの火球で……!?」


「なっ!? 『剛魔』の異名を持つアーガネットの魔法をっ!? そんなデータ、僕のところにはないぞっ!?」



 さっきと異名違くないか?



「よそ見してるんじゃないわよっ!」


「おっと」



 身を捩り、アリシアの手元から放たれた『ソレ』を避ける。

 たしかに、勝負中に何度もよそ見をするのも、失礼だな。

 改めて、アリシアの方を見ると、アリシアの両手には、炎でできた長い紐のようなものが握られていた。



「――炎鞭(フレイム・ウィップ) それも二刀流よ?」


「へえ、思ったよりも器用なんだな?」



 魔力で道具を形成する……千年前はともかく、この時代では、まだ出会ったことなかったな。

 直情的なシンプルなタイプかと思ったが、他の科目での点数といい、意外となんでもできるタイプなのか。



「出たっ! 『千変万化』のアーガネット! こんな芸当、ホワイトの奴らだってできねえぞ!」


「これが、『千手』のアーガネット……? 魔法を同時に発動するなんて、僕のデータにはないぞっ!?」


「さすが、『進化』の異名を持つ彼女だ。……入学から数ヶ月で、ここまで魔法の質を上げるとはな」



 いや、どんだけ異名があるんだよ。

 こういうのって1人につき一つじゃないのか?



「喰らいなさいっ! 2本の鞭から放たれる、隙間ひとつない炎の嵐をっ!!」



 言葉通り、アリシアの猛攻はな旋風を巻き起こし、鞭から溢れる火の粉が、炎の嵐のようになる。

 たしかに、これは逃げ場がないな。だが――



「は、はぁぁぁ!? なんで傷どころか、ススの一つも付いてないわけっ!?」


「簡単なことだ。体の周りに魔力を纏わせれば、攻撃は届くわけがない」


「な、なによそれ!? 聞いたこともないわよっ!」



 ……嘘だろ? 魔鎧マガイは、基礎中の基礎だぞ?

 平和な時代とはいえ、千年前の技術が伝わってなさすぎるぞ……。



「……あぁ、もういい。もういいわっ! この技を使うことになるとはねっ!!」


「お、まだ何かあるのか」


「ええ、見せてあげるわ! 『奥の手』ってやつをね!」



 奥の手、か。今度は一体何が出てくるんだ?

 突如、先程まで無風だった演習場に、強風が吹く。



「アタシの二つ名、知ってるかしら?」


「……どれのことだ。いっぱいあり過ぎてわからん」



 今日だけで、いくつ聞いたか覚えてないレベルだぞ。



「そう……。知らないかもしれないけど、アタシは、『二重魔導士ツイン•ウィザード』なのよ」


二重魔導士ツイン・ウィザード?」


「本来、基礎魔法以外は、魔 魔導士1人につき、1つの属性しか魔法は使えないのは知ってるわよね?」



 知らなかった。現代の魔導士はそうなのか。



「けどアタシは、生まれつき2つの属性の魔法を使えるのよ」


「へえ、凄いじゃないか」


「そして、アタシの属性は『炎』と『風』よ」



 アリシアの両手に、魔力が集中し、右手に炎、左手に小さい竜巻が形成される。

 そして、2つの魔法はどんどんと大きさを増し、アリシアの上空へと飛翔する。



「これは……鳥、か?」


「不死鳥。って呼んでほしいわね」



 ユラユラと体を揺らめかせ、美しい大翼をはためかす、巨大な炎で形成された不死鳥が君臨している。



「さっき言いかけてた、アタシの二つ名。教えてあげるわ……『爆風の女王ブラスト•クイーン』よ」


「爆風……なるほど、お似合いだな」



 アリシアの突き抜けるような真っ直ぐさ、そして、全てを吹き飛ばすような熱量にはピッタリだな。



「さあ! これが私の必殺技――不死鳥ノ爆撃フェニックス・ストライクよ! 受け取りなさい!」



 アリシアの合図とともに、不死鳥は、暴風とともに、真っ直ぐに俺の元へと羽ばたく。



「さっきみたいに防いでもいいけど、多少の魔法が当たっても、いくらでも再生するわよ!!」


「それは、大変だな」



 なるほど、その再生力ゆえの、不死鳥か。

 面白い、風には風といこうか。

 魔力を貯め、薄く、鋭い、風の刃を形成する。

 ゴブリンキングの時よりも込める魔力を減らし、周りに被害がいかないように、放つ。



「――オリジン・ブレイド



 真っ直ぐに突っ込んできた不死鳥は、2つに裂け、俺の左右をスレスレで通る。

 そのまま背後の地面に墜落し、爆炎が広がる。



「げっ! クイーンがやりがった!!」


「水属性のやつ! 早く早くっ!」


「一旦授業は中止です! みなさんは避難と消火にっ!」



 想像以上の燃え広がり方に、教師や生徒たちが慌てふためく。

 決死の消火活動が行われる中、当の本人は、膝から崩れ落ちていた。



「うそ……? アタシの、必殺技が……」


「まあ、良い練度だった。さすがにヒヤリとしたぞ」


「嘘よっ!!」



 賞賛の言葉とともに、肩に手をやろうとしたら、怒鳴り声とともに払われる。



「だって……アンタ、一歩も動いてないじゃない」


「む、気づかれていたか」


「動くまでもない相手に、ヒヤリとした……? みくびらないで!」



 スッと立ち上がり、キッと睨む。

 その目には、うっすら涙が浮かんでいた。



「アタシは、そんな同情は……要らないわ!!」



 そう言い残し、アリシアは踵を返し、本校舎の方へ駆けていく。

 ……しまった。彼女のプライドを傷つけてしまったか。

 どうにか、謝罪をしないとな……。



「……いや、まずは消火活動を手伝うか」




          *



「今のは……」



 本校舎の屋上。

 白衣を着た、科学者風の男がつぶやく。

 白衣の男が見ているのは、演習場のある方向。



「爆炎の方は、一年生のアーガネットくんか……となると、今の魔力は……」



 白衣の男が屋上を囲う手すりから身を乗り出し、目を凝らすと、視界に入ったのは……。



「っ! ……なるほど、彼が、例のゴブリンキング殺しか」



 話題の人物を発見し、なにがおかしいのか、怪しく笑う白衣の男。



「くふふ……どうやら、研究しがいのある子が現れたようだね」



 白衣の男は怪しい笑みを浮かべたまま、校舎の中へ戻っていく。



「ルーネス・キャネットくん……、今度、私の研究室へ招待してみようかなぁ……くふっ」


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