第3話 ピンチ



「ヒャッホウ!! 入れ食い状態だぜ!!」


「ライグよ、だから品位を……いえ、それよりも、フィルゼ様。ゴブリンばかりのこの状況は、得点を伸ばすチャンスです」


「そんなことは分かっているさ」



 さっきまで1匹も出会わなかったんだ。香水をつけたからと言ってすぐには出てこないだろう。

 そう抱いていた一筋の希望は、すぐに打ち砕かれた。



「ゲギャ、ギャギャ!」


「グゲっ! ゲゲェ!!」



 森のあちこちから、小柄な鬼のようなモンスターが現れ始める。

 零獣に部類される。代表的な最弱モンスターの――ゴブリンである。

 その脅威度は、群の数によってランクが変わり、群れの規模によっては中位獣クラスにまで上がる。



「ゴ、ゴブリンが……5体も……」



 フィルゼたちの歓喜の声とは裏腹に、僕から出た声は、震えている。

 そりゃ、フィルゼたちからしたら、1番楽にポイントを稼げるモンスターだろうけど、僕からしたら、一体でも勝てるかわからない相手が、5体もいるんだ。



「お前たち、1人10秒やる。さっさと片付けてしまいたまえ」


「はっ!!」



 フィルゼとその取り巻きたちは、冷静に、それぞれゴブリンの方へと駆け出す。



(よ、よかった……フィルゼたちは5人……僕は、戦う必要がなさそうだ)



 我ながら情けないとは思いつつも、安堵のため息を漏らす。

 最初に言われた通り、僕はいるだけでいいんだろうな。

 戦闘に巻き込まれないよう、少し離れようとした時、背後から、ガサゴソと茂みが揺れる音が聞こえる。



「グキャァ?」


「ヒッ――ま、まだいたのかっ!」



 どうやら、遅れてきた個体がいたのだろう、ゴブリンがそこにはいた。



(け、けど、一体だけなら、僕でもやれる……かも?)



 けれど、不幸中の幸いか、目の前にいるゴブリンは一体。もしかしたら僕にもやれるのでは……、となれば、先手必勝だ!



「ふぁ、――火球ファイア・ボール!」


「ゲッ!? ……ゴギャ?」



 生み出された、リンゴほどのサイズしかない火球は、ヒョロヒョロと飛び、ゴブリンの体に当たる直前に消えてしまう。


 目の前で消えた魔法とも呼べぬ代物に唖然となっているゴブリン。

 い、今のうちに逃げることができ……あ、目があった。



「ゲギャァァァ!」


「わぁぁぁぁぁぁ!!!?」


「――火球ファイア・ボールっ!!」



 飛びかかってきたゴブリンの顔面に、巨大な火球が炸裂する。

 僕のものとは一回りどころか、三回りは違うサイズと威力。

 火球の発生源を振り返ると、案の定、さっさと他のゴブリンたちを討伐したフィルゼが、そこに立っていた。



「流石はフィルゼ様! あのサイズの火球を生み出して汗ひとつかかないとは!」


「まあな……。おや? 2匹やったと思ったが、1匹外したか」


「……もしかして、その外した1匹は僕のことかい?」


「ああ、ルーネス•キャネットくん、君だったのか、これはこれは失礼をしたねぇ」



 わざとらしく肩をすくめ、嫌味な笑顔を向けるフィルゼ。

 あれは、数ミリでもズレていたら僕も巻き添えになっていた……。

 首から上が丸焦げているゴブリンの死体。一歩間違えば、あそこには僕も倒れていた。



「さあ、すぐに第二陣が来るだろう。臨戦体制を解くじゃないぞ?」


「グギギッ!」


「ほら、もう来たぞ」



 フィルゼが話したのも束の間。再び、ゴブリンたちが現れる。

 今度は、コボルトなどの他の霊獣から、フォレストウルフなどの低位獣まで混ざっている。



「低位獣もいる! 皆のもの、連携を忘れるな!!」




          *




 あれから数分……いや、10分は経っただろうか。

 モンスターの群れは数を減らすどころか、どんどんと数を増していた。



「きゃあ!?」


「――火球ファイア・ボールッ!」


「あ、ありがとうございます、フィルゼ様!」


「カリーナ! 気を抜くんじゃない! 他の者も、目の前ばかりじゃなく、周りを見て戦いたまえ!」



 ほとんどホワイトで構成されているフィルゼの取り巻きたちも、休みなく現れるモンスター相手に、油断が生まれはじめる。



(み、みんな疲労しているんだ……)



 僕は、逃げたり隠れたりしつつ、魔法を放ち援護している。

 いくら嫌な奴らでも、彼らが倒れてしまっては、僕なんて1秒と保たない……と言っても、僕の魔法なんて、目眩しや、少し注意を逸らすくらいしかできないんだけど。



「クッ! どうなっていやがる! いくらなんでも、数が多すぎねえか!?」


「お、おそらく、元々、なんらかの理由で、モンスターたちが森の表層まで移動していたんじゃないんですか!?」


「お前たちっ! 口を動かしている暇があれば、手を動かしたまえ!」



 まずい……このままだと、全滅する。

 どこかで逃げないといけないけど……、逃げる隙間がない。

 なにか、モンスターの気を引くものは……。



「そうだ! フィルゼ!」


「チッ! なんだね! 『様』をつけろと散々……」


「そんなこと言ってる場合じゃない! さっきの香水だ! あれを使えば、モンスターの注意をそらせるんじゃないか!?」



 このモンスターたちも、元々はフィルゼの香水の効果で呼び寄せたんだ。

 どこかにあれをぶちまければ、隙が生まれるんじゃないか?



「っ! なるほど、まさか、君からそんな妙案が生まれるなんてね……」


「早くっ! 香水を!」


「ああ……、ありがたく、使わせてもらうとするよ!」



 突然、フィルゼが香水を瓶ごと僕にぶつける。

 ガラス製の瓶は衝撃で割れ、中の香水は、僕の体中にかかってしまう。



「ぅグッ!? フィ、フィルゼ!? な、なにを――」


「――その香水は、人間用なんでね。人間以外に掛けても効果を発揮しないんだよ」


「そ、それって……」


「せいぜい、囮として頑張ってくれたまえ」



 こ、コイツ……や、やりやがった!

 僕を囮にして、自分たちだけ逃げるつもりだ!!

 モンスターたちは、動きをピタリと止め、僕の方をジロリと睨みつける。



「さあ! 今のうちに逃げるぞ!」


「ま、待ってくれ! ぼ、僕も連れて――」


「――水切アクア・カッター



 フィルゼから放たれた、水の斬撃が、僕の太ももを切り付ける。



「ぐぁぁ!?」


「君が付いてきてしまっては元も子もないからね……。それでは、無事を祈っているよ? ルーネス・キャネットくん」


「フィルゼ様! 今のうちに!」


「今行く! ジャックは他の者を逃しつつ、殿しんがりを務めよ!」


 痛みに苦しみ、地面でもがく僕を尻目に、フィルゼとその取り巻きたちは、蜘蛛の子を散らすように、森の入り口へと向かい、走り去ってしまう。

 残されたのは、負傷した僕と、その僕を睨む、数十の瞳。



「グルルルルル」


「ゲギャ? ギャギャ」


「キシャァァァ」



 モンスターたちは、誰がこの獲物を食ってしまうか? かと思っているのか、お互いに牽制し合っているが、それも、時間の問題だろう。



「あは、あははは……」



 ダメだ。笑えてくる。もはや笑うしかない。

 なんなんだ? 必死な思いで入学した学院では、誰1人友達もできず、イジメられ、かと思ったら、イジメてくる連中と森に入り、挙げ句の果て、モンスターの群れ相手に置き去りにされる?

 なんだったんだよ、僕の人生……。



「あぁ! もう好きにしろよ!! やるなら一思いにやれ!!」



 僕の叫びを聞き、モンスターの群れが一斉に飛び掛かる。



(さよなら、僕の人生)



 最悪なことばっかりだったけど、来世には期待してるよ?

 次の人生に祈りを捧げ――目を瞑る。


 が、しかし。


 いくら待っても、死は訪れない。

 もしかして、死んだことに気づいてないだけで、もうここはあの世なのか?

 恐る恐る目を開く。



『…………』



 目の前、いや、目と鼻の先。鼻と鼻が触れるほどの距離に、巨大なオオカミの顔があった。



「うわぁぁぁぁぁぁ!!?」



 思わぬ光景に驚き、痛む足のことさえ忘れて尻餅をついたまま後ずさる。



「な、な、なな、なんだぁ!?」



 少し距離をとったことで分かったが、そのオオカミは予想以上に巨大だ。


その体躯は木々と並んでも遜色なく。

 その銀色の毛並みは、光を浴びキラキラと宝石のように輝いている。


 僕は、昔、絵本で読んだ、伝説上の存在のことを思い出す。



「――ふぇ、フェン、リル……?」



 地を駆け、海を駆け、天を駆けたと言われる、伝説のウルフ型モンスター。

 本で読んだ物語に描かれたまま、いや、それよりも美しく、鋭く、そして、畏敬の念を抱かされる存在感――伝説の『霊獣』・フェンリルがそこにいた。



(な、なんで、こんなところに……?)



 息をしてもいいのか、それすらも疑わしいような、とてつもない重圧感。

 霊獣なんて、『目を合わせるな。息をするな。通り過ぎるのを待て』なんてスローガンがあるような、人生で一度も出会わないことが当たり前レベルのやつだろ……?



(ほ、他のモンスターは……)



 よく見ると、フェンリルのその巨大な足元には、ツノや尻尾、腕などの、僕を取り囲んでいたモンスターの残骸らしきものが散らばっていた。



「――ヒィ!?」


(あ、あの数秒の間に、音もなく殺したのか……?)



 一体ですら叶わない相手、それが数十体もいた……。

 もはや言う必要すらないが、それを音もなく殺したのこのフェンリル相手に、僕が何かをできるはずもない……。



「ぼ、僕を、殺すのか……?」


『…………』



 フェンリルは、ただ無言でこちらを見つめる。

 その眼光は、なにかを見定めるような、鋭い目つきだった。


 フェンリルは僕の顔をマジマジと見つめ、スンスンと匂いを嗅いでいる。

 その鼻息だけで吹き飛ばされそうになるが、なんとかその場に留まる。



『…………ッ!』



 すると、何かに気付いたように、フェンリルはその大きな瞳を見開き、その巨体を地に伏せる。

 そして、先ほどから固く閉ざしていた口を開く。




『お久しゅうございます。我が主』

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