第34話 ラストバトル



 「よし、この辺で良いだろう。――オリジン・シールド



 眠っているアリシアを包むように、魔力の結界を生成する。

 これで、アリシアが巻き込まれることはないな。さて――



『ルーネス・キャネット……』


「フィルゼだよな? 随分とイメチェンしたんだな」


『フフ、相変ワラズ、フザケタヤツダナ』



 ここに来る途中で見た感じだと、散らばっていた低級魔人たちから魔人の力を吸収して、力を増した……といったところか。



「まさか、ここまですると思わなかったぞ? 取り巻きたち……、ジャックたちは、だいぶお前を慕っていたように見えた」


『ジャック……カ。変ナ感覚ダナ。彼ニ会ッタノモ、随分ト昔ニ感ジル』



 遠くを見つめ、懐かしむような表情をするフィルゼ。



「一応聞いとくぞ? なんでこんなことしているんだ?」


『コンナコト、カ……。君ニハ分カラナイダロウネ。私ノヨウナ人間ノ悩ミナド』


「ああ、分からないな」



 平和な時代に生まれてなお、悪魔の力に頼り、平和を壊そうとする気持ちなんて、俺には分からない。



『……本当ノコトヲ言ウト、前カラ、気ニ入ラナカッタンダヨ』


「気に入らなかった?」


『ルーネス・キャネット……、君ノコトダヨ』



 俺? なんで俺が?



『平民タチハ、私ニ平伏シ、逆ラウ者ハイナカッタ……。ダガ、君ダケハ違ッタ』


「……」


『初メテ会ッタ時カラ、私ノ目ヲ真ッ直グ見ツメテイタ……、決シテ私ニヘリクダラズ、私ノ圧力ニモ、本当ノ意味デ、心ガ折レル事ハナカッタ』



 ……たしかに、記憶を取り戻す前の俺は、フィルゼに降伏することはなかった。

 ただでさえ地位の低いブラック。ただでさえ魔法への低い才能。

 それでも、最後の、心だけは、折れたくなかった。

 フィルゼからのイジメに反抗し続けたのは、それが理由だろうな。



『イクラヤッテモ、ソノ目ハ……ソノ目ダケハッ! 折ルコトガデキナカッタ!!』


「俺も、負けず嫌いだったからな」


『平民ハ……君ハッ! 私ニ平伏スルベキナンダッ!!』



 叫びと共に、フィルゼの背中の、8本の脚から、糸の弾が飛び出る。

 俺は、魔鎧によって弾かれるそれを無視し、ただフィルゼを見つめる。



『クソッ! クソッ。クソッ!! ナンデ、マダソンナ眼デ私ヲ見ルンダ!』


「……フィルゼ。もう、やめよう」


『ハァ!?』



 ジャックの話を聞き、今のフィルゼを見ていたら分かる。

 こいつは、ただ、引けなくなっているだけだ。

 貴族として育てられてきた価値観に、囚われているから、違う価値観が認められない。認めたくない。それだけだ。



「もうやめろ。こんなことやめて、罪を償え」


『ヤメロ……? ヤメロダト!!!』



 フィルゼから、黒い魔力が漏れ出す。

 感情が制御できていない……、悪魔の魔力による、精神の汚染だろう。



『私ガ、ココデヤメタラ……』



 フィルゼの体から溢れている黒い魔力が、揺らめきだす。

 その時、赤黒く光っていた瞳が、徐々に、フィルゼの元々の碧眼に戻る。



「……私の友たちは……なんのために……」



 悲しそうな瞳には、涙が滲んでいる。

 しかし、それも一瞬の間だけだった。

 黒い魔力がフィルゼの顔を覆ったと思ったら、再び、赤黒い、魔人の瞳に戻っていた。



『……ソウイウコトダ。私ハ、君ヲ殺シ、誇リヲ取リ戻スッ!!』


「そうか……、それなら、やるしかないな」



 俺は、左手に持っていた包みを解く。

 厳重に包んでいた布を取り除くと、そこには、純白に統一された、刀があった。



(コイツを寮に取りに行っていたら、思ったよりもギリギリになってしまったな……)



 マグナ教諭にコイツの『特性』を聞いて、必要になると思って持ってきたが……。

 できれば、話し合いで解決したかったんだがな。



『ナンダソレハ……? ソンナモノデ、今ノ私ニ勝テルトデモ?』


「ああ、コイツがあれば、なんとかなるさ」


『コレヲ見テモ、同ジコトガ言エルカナ?』



 フィルゼの背中の、8本の脚が展開し、8つの魔法陣が現れる。

 へぇ……8つも展開できるとは、中々やるじゃないか。



『サッキ、アリシア君ガ練習ニ付キ合ッテクレタオカゲデ、モウ使イコナセルヨウニナッタヨ』


「そうか、さっきの水槍はコイツか」


『ソウダ……。コノ8ノ槍ガ、コノ戦イニ終止符ヲウツノサ』



 魔法陣から、水流の槍が生成される。

 魔法密度も中々高いな……、言葉通り、これで終わらせようとしているのか。



『最早言葉ハ必要ナイ。神ニ祈ル時間スラ与エルツモリハ、ナイ』


「大した展開数だ、だが――俺を殺すには、少し足りないな」



 指先で空中に魔法陣を描き、手の甲で弾く。

 すると、描かれた魔法陣が反応し、一つ、二つ、四つとどんどん連鎖的に分裂していく。


 やがて、目の前には、『100』の魔法陣が展開された。



『ナッ!? ナ、ナンダ、ソノ数ノ魔法ハ……ッ!?』


「イメージの力を強めたんだ――まあ、基礎の応用だな」



 人間の発想力的に、手から放出する方が、効率はいい。

 だが、それは、絶対ではない。

 魔法を放つのに必要なのは、イメージする力だ。



『ソ、ソレガナンダトイウノダァ!! 水蜘蛛ノ槍乱アラクディーネ・スピアァァァッ!!』



 発射された8の水槍は、激しい勢いで弧を描き、こちらに向かってくる。

 当然、俺もそれに応じ、魔法を発動する。




「――炎槍フレイム・スピア




 俺が合図すると大量の魔法陣から炎の槍が放たれ、フィルゼの水槍へと向う。


『ハッ! ダガ、サイズモ相性モコチラガ有利ダァ! ソンナ矮小ナ魔法ナゾハァッ――!』



 水魔法は、炎魔法に相性はいい……、だが、それも同等の威力までの話だ。

 威力も数も、俺の炎槍の方が上回っている。



『ナッ!!? ワ、私ノ水槍ガ――ッ!!?』



 水槍は、炎槍を飲み込もうとするが、抵抗虚しく、熱量に敗れ、次々と蒸発していき、今、最後の一本が霧散した。


 だが、炎の槍は衰えるどころか、勢いを増し、フィルゼの元へと迫る。



『ウ、ウォォォォォォォォォ!!!!!!』



 焦りを見せながらも、フィルゼの眼からは、戦意は消えていない。



『クソッ! クソッ!! クソォォォォ!!!!』



 フィルゼも負けじと、8本の脚をフル稼働し、迫る炎槍を次々と叩き落としていく。



『ナゼダッ!! ナゼ、選バレタ存在デアル私ガッ!! 落チコボレ如キニッ!!』



 一つ、また一つと、蜘蛛の足を器用に使い撃ち落としていく。

 しかし、いかに魔人の体を手に入れたといっても、まだ日が浅い。無理な稼働に、肉体が追いついていないのだろう。


 俺の炎の槍は、徐々にフィルゼの外郭を削り、焼いていく。



(……たいした執念だよ)



 本来なら、あれだけのダメージを受ければ、立っていることすら出来なくなっているはずだ。

 それを覆し、今なお炎の槍を捌き続けているのは、フィルゼの執念の賜物だろう。



(――フィルゼ。その負けん気があれば、悪魔の力なんかに頼らなくても戦えたんじゃないのか?)



『私ハ……、私ハッ!! 負ケルワケニハ、イカナイノダァァァァァ!!!!』



 次々と降り注ぐ炎の雨は、絶え間なく襲う。

 フィルゼは、息を切らしながらも、執念でそれに対応し、叫び続ける。



『ヌォォアアアッ!! ルーネスゥゥゥゥ!!!!』


 数分か、数十秒だったか、時間が気にならないほどの、無数の攻防を経て、今、最後の炎の槍も叩き落とされた。



『ハァ……ハァ……ッ!』



 8本の脚は、焼け焦げ、炭化しているものある。

 フィルゼは、息も絶え絶えといった様子で、膝も震え、今にも崩れ落ちそうだったが、なんとか、耐えぬいていた。



『フ、フフ、フハハハハハッ!! 耐エタ、耐エ切ッタゾォォォォ!!!』



 あれを耐えるのは、本当に予想外だったよ。

 けど。



「――これで終わりだ」


『ナッ――!?』



 油断し、勝利の雄叫びを上げているフィルゼの眼前へと飛び込み、抜刀する。



『ル、ルーネス・キャネットォォォォ!!!!』



 唯一動かせる脚を動かし、最後の抵抗を見せるが、もう遅い。


 抜刀された刀は勢いを増し――振り抜かれる。


 眼前まで迫っていた脚ごと、炭化していたフィルゼの肉体を、両断する。



『ァッ……ガッ……』



 声にならない声をあげ、こちらに手を伸ばし近づこうとするフィルゼ。

 しかし、1、2歩ほど進んだところで、崩れ落ちるように倒れ込む。



(――まだ動こうとするとは……なんてやつだ)



 あれが、フィルゼの執念……か。

 敵ながら、アッパレだ。

 


「……何かが違えば、友達になれたのかもな」



 まあ、なんにしてもこれで終わりだ。


 涼やかな風が、熱った体を冷ましてくれる。

 ああ、流石に疲れたな……。

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