第33話 孵化
フィルゼから伸びた黒い糸が、伸び、戻って来たと思ったら、糸の先がぐるぐる巻きになって――あ、あれは!?
『――ブハァ!! フィ、フィルゼ様!? こ、これは一体……!?』
「あ、アンタは、ライグ!?」
糸の塊の一つから、さっき生き埋めにしたはずのライグが顔だけ出て来た。
他にも、街中で戦った女もいるし……。
『フィルゼ様! ……ご、ごめんなさい、私、負けてしまいました』
『フィルゼ様! あ、あの女に生き埋めにされて、なんとか脱出しようとしていたら、急にこの黒い糸が……、こ、これは一体なんなんですか!?』
『なぁに……、更なる力を求めた……それダケだヨ』
更なる力……?
いったい、何をする気なの……?
『そ、そいつはいいですね……っ! で、ですが、どうやっ――グァァッ!!?』
『簡単なことサ……。君たちに与えた力を、『返して』モラウのサ』
い、糸の塊が蠢き出し、ゴリゴリと音を立てている……、そ、それに、ライグたちのあの苦しみ方……っ!
「フィルゼ! やめなさいっ!!」
『ヤメル……? なぜダイ? なぜ、ヤメル必要があるンダ?』
『ガァァァァァ!!? フィ……フィルゼ、様ァ』
叫んでいたライグたちが、再び黒い糸に飲み込まれ、やがて、声が聞こえなくなってしまった……。
すると、糸の拘束がスルスルと解け、顕になったのは――
「に、人間に……戻っている……?」
先程までの異形な姿の面影はなく、ライグも女も……もう1人の男も、元の人間の姿になっていた。
「だ、大丈夫なの?」
「うぅ……」
よかった、気絶しているだけみたい……。
『ァァァア!! 良い! やはり、貴族ともなると栄養が違うネェェ!!?』
突然の大声に驚き、顔を上げると、恍惚の表情を浮かべたフィルゼの顔が、こちらを舐めるように見つめていた。
「酷い……なにもここまでしなくても……。彼らは、アンタの仲間だったんじゃないの!?」
『んん? 失礼なコトヲ言うネェ? 彼らは、僕に尽くすことに喜びを感じテイタァ……。コウナルコトヲ、望んでいたノダヨォ?』
「……いくら尽くすって言っても、ここまでのこと、する必要ないじゃない!!」
『ゥゥン? 君にナント言われよう、と……ヴッ!? ウグっ! ウギャァァァァァ!!!!?』
話していたフィルゼが、突然、この世のものとは思えない悲鳴をあげる。
な、なに? 今度はいったいなんだっていうのよ!?
『ウガァァァァァァァァァ!!!!??』
再び伸びた黒い糸が、今度はフィルゼを包み込む。
どんどんと巻き付いていくその姿はまるで……。
「マユ……?」
やがて、黒い糸が全て巻きいた頃、フィルゼの叫び声も聞こえなくなり、辺りに静寂が訪れる。
「な、なによ? も、もしかして、死んじゃったの……?」
悪魔とか魔人とか、お伽話にすら残らないような存在……、身体が耐えきれなくて、死んだとしても、おかしくはない……のかしら?
そんな風に楽観的に考えていると、ミシッ、と音を立てて、黒いマユにヒビが入る。
そのヒビは、徐々に大きくなり、ついに、マユ全体が割れてしまう。
割れたヒビは、黒い粒子として霧散していき、全てのマユの欠片が霧散した時、そこには、フィルゼが立ってい――
「あ、アンタ……? 本当に、フィルゼ、なの……?」
先程までのフィルゼは、肌や瞳など、異形な部分はあったが、シルエットとしては、人間に近いものだった。
けど、今の姿は……。
『フゥ……。コレハ……、生マレ変ワッタヨウナ気分ダヨ』
先ほどの狂乱ぶりが嘘のように、落ち着き払った様子……いや、様子だけではない。
瞳は赤黒く染まっている上。
腕2本、脚2本だったはずの身体が、背中から制服を突き破り、節足動物の脚のようなものが、8本も生えている。
「は、はは……本当に、人間辞めちゃった、ってわけ……?」
『酷イナァ。人間ヲ辞メタンジャナイ。進化シタ……ト、言ッテ欲シイナ』
フィルゼは、顔をこちらに向けることもなく、空を見上げている。
『嬉シイナァ……ココマデノ魔力ヲ実感デキルナンテ……ケド、君ノコトモ吸収シタラ、モット凄インダロウナァ?』
「っ!! ――炎球ッ!!」
身の危険を感じ、ほぼ無意識に、両手から2つの炎球を放つ。
炎球は、無抵抗のフィルゼに直撃する――かに見えた。
『ンン?』
「は、弾かれた……の?」
背中から生えた脚が、アタシの魔法をこともなげに弾く。
弾かれた炎球は、上空へと打ち上がり、小さな爆発を起こす。
『今、ナニカシタノカイ?』
「くっ……!!」
『アア、スマナイ。挑発シテイルワケジャナインダ。タダ、本当ニ気付カナカッタンダ』
気付かなかった……? しっかり魔法を弾いておいて、よく言うわね。
『……ソウイエバ、昔、本デ読ンダコトガアル。蜘蛛ノ危機察知能力ハ、人間ノソレトハ次元ガ違ウ、ト』
危機察知能力……まさか、本当に無意識に反応したって言うの?
『マアイイヤ、チョット、練習台ニナッテヨ』
「っ! ……いいわよ、付き合ってあげるわ」
もし、アタシがここで引いて、フィルゼが下に降りでもしたら、甚大な被害が出る……。
アタシが、やるしかない。
『フフ、サァ、始メヨウカ?』
さっきの
連続で当てれば、正気がゼロなわけじゃない……はずよ。
「もう一度頼むわよ、不死鳥ちゃん……っ! ツイン・フェニックス――」
『タシカ、君ハ、魔法ヲ2ツモ同時二発動デキルンダッタネ?』
「なっ……!?」
フィルゼの背中の8つの脚が展開し、それぞれの脚から魔法陣が浮かび上がる。
「8つ……?」
『君ヲ真似シテ、私モ魔法ヲ複数展開シテミタヨ。……マア、私ノ場合、脚カラ、ダケドネ』
あ、あり得ない……。そ、そんな数の魔法を、同時に……?
は、はは……、勝機はあるって言ったけど、これ、無理だわ……。
『サァ? 楽シンデイコウジャナイカ? ――
8つの魔法陣から、巨大な水で出来た槍が放たれる。
「っ!! ――
反射的に、出しかけていた魔法を発動する。
飛翔した不死鳥たちは、水槍を打ち消そうと特攻するが、健闘虚しく、1秒も持たずに水槍に飲み込まれる。
8本の水槍は、勢いが衰えることなく、アタシの身体を襲う。
「キャァァァァァァ!!?」
くっ……! い、痛いっ!!
掠っただけでこの威力……、不死鳥たちで軌道をずらしていなかったら、間違いなく、今ので死んでいた……っ!
『オヤ? 今ノガ外レルカ……マダ、コノ魔力ヲ制御シキレテイナイノカナ』
……今のは、なんとかギリギリ避けれたけど、そう何度も避けれるとは思えない……。
『マアイイ、モウ一回ヤレバ、コツヲ掴メルダロウ』
再び、8つの魔法陣が展開される。
なんとか、避ける準備を……ツッ!!
「脚が……っ」
さっきの水槍が掠ったせいで、脚の自由が効かない……、立っているのがやっと、ってところね……。
『サァ、今度ハ、避ケルコトハデキルカナ?』
ここまで……か。
アタシが止めて見せる、なんて息巻いたけど、こんなところで終わるなんてね……。
悔しいけど、今のアタシじゃ、フィルゼに勝てない。
『穿テ。
死を呼ぶ、8つの軌跡が、アタシの元へ迫る。
「ねえ……、アンタならなんとかしてくれるんでしょ――ルーネス」
「――ああ、なんとかしてやるさ」
アタシのボヤキに応える声に、なんだか安心してしまう。
「――
水槍が当たる、寸でのところで、巨大な炎の壁が出現する。
衝突した炎と水は、水蒸気を吹き出し、互いに霧散する。
「全く……遅すぎるのよ」
立ち込める水蒸気の中に、見覚えのある顔が見える。
安心したせいか、踏ん張っていた脚の力が抜け、崩れ落ちそうになる。
「おっと」
崩れたアタシの体を支えてくれたのを最後に、限界が来たアタシの意識は、ゆっくりと途切れる。
「よくやったな、アリシア。バトンタッチだ」
あとは、頼む……わよ。ルーネス……。
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