第29話 城、山麓に、わたし泣く

 私が働く事務局、その建物は途轍もなくデカい。一言で表すなら、富士山一つが建物、だろう。塔の内壁を背負う形で建っている城は、これまた巨大な城壁でぐるりと囲まれている。


 第六支局は城内の端にあるんだけど、目的地は反対側の端。つまりは山の裾野を徒歩で突っ切る必要があるのだ。


 転移門ゲート

 そんな便利な物は事務局内には存在しない!


 前にディアードさんが言っていたコストカットの影響、こういう所に出ているんだねぇ。人々の記憶によって作られている世界だから資源も何も無尽蔵だと思ってたけど、もしかしたら限界があるのかも。一番重要そうな転移門が事務局内に存在しない理由は分からんけど。


 まあそんな状況なので、道中を可能な限りショートカットしたいと考えるのは当然である。だがしかし、城内を通り抜けようとすると右に左に廊下が曲がっているので、かえって遠回りになってしまう。


 じゃあどこが最短距離となるかというと。


「眺めが良いですねー、ここ~」


 事務局をぐるりと囲う城壁の上部、鋸刃のこばのようにギザギザに作られた胸壁きょうへきの隙間から身を乗り出しながら、私は手をひさしにして障害物が一切ない景色を堪能する。


「眺めが良いって、大したモノ見えないでしょ。精々がディケ様の像の後頭部くらいで」

「お、ディケは大したものじゃないと仰られた」

「あっ」

こつんっ

「痛っ!」


 口を滑らせたエンティ先輩の後頭部に小さめの木槌が落ちてきた。小突かれた程度の威力である事から、ディケはどうやら手加減したようだ。


 不公平だ!

 私はいつも結構な威力でボコボコにするくせに!


 独裁裁判長!

 陰湿神様!

 尊大かつ傲慢なる幼女風四十六億歳ババぁ痛ァッッ!!!


「何しているのよ、アンタ」

「ふ、不公平だ、なぜ私だけ……がくっ」


 胸壁から身を乗り出した状態で、そこそこの大きさの木槌によって後頭部を殴りつけられた私。クリティカルヒットによりHPが一瞬でゼロとなり、干された布団の様にでろんと上半身を壁に垂下げさせた。無念、私は死んでしまった!


 …………。


 あ、私、もう死んでたわ。


「わたし、復活っ」

「うわっ、ビックリした。何なのよ、そのテンション……」


 エンティ先輩は何故か少し後退あとずさり。


「なんで距離取るんですか~」

「近寄って来るな、両腕広げてにじり寄って来るんじゃないっ!」

「ふふふ、私からは逃げられませんよぉ~」

「ちょーしに乗るなっ、シールド!」

バンッ

「ぐべっ!?」


 痛っ。

 な、なんだ、壁に衝突した?


 でも私の目の前には何も無くて、こちらに向けられたエンティ先輩の手のひらが良く見える。あ、先輩の恋愛線すっごい短い。これは色恋でめっちゃ苦労したであろう手相ですなぁ……。


「じゃなかった。先輩、何ですかコレ」


 ペチペチと衝突した透明の壁を叩く。感触としては窓ガラスよりもほんのちょっとだけ柔軟性があって、質感はプラスチックみたい。ノックしてみるとコンコンと硬いものを叩いた時と同じ、高めの音が鳴った。


「ふふん、防御魔法ディフェンスマジックよ。絶対に破られる事のない鉄壁の盾なのよ!」

「ほほー、コレが魔法。ちゃんとしたのを見るのは初めてだ」

がんがんっ


 誇らしげな先輩を余所に、私はグーで壁を殴る。鉄板殴っているような痛みはないけど、打ち破れるような感覚もない。エンティ先輩が言う通り、この透明の壁はそれなりの強度を持っているらしい。


「これで魔物の苛烈な攻撃の数々からタロウ達を守り抜いてきたのよ。どうよ、凄いでしょ!」

「ふむふむ」


 先輩は腰に手を当ててグイッと胸を張った。

 上体反らしかな?デスクワーカーにとってストレッチは大事だよね。ジッとしてると身体が固まって辛いんだ~。そういう点での意識の高さ、私も見習いたい所存である。


 それはそうとこのシールド、かなーり緩やかな半円球状になってるんだね。感覚的な計測でしかないけど、エンティ先輩の身長の二倍くらいの直径、って感じかな。表面に直線が無いから、例えば火炎ブレスとか喰らった際に上手いコト威力を四方八方に散らせるんだろう、なんと機能的。


 でもコレって。


「よいしょっ」

「あ、コラ!退かすな!」

「このシールド、エンティ先輩以外でも持ち運び出来るんスね」

「その方が便利でしょ。アンタに遊びに使われそうだから今のうちに消しておくわ」

「あっ。くそー、フリスビーみたいにココ城壁から外に向かって投げようとしてたのに!」

「そんな事考えてたのか、油断も隙も無い奴め」


 ふふん、と先輩は笑った。

 くっ、先手を打たれるとは……。聞く間もなく投げた方が良かったみたいだなぁ。ヨシ、次回は一切の躊躇なく実行しよう、そうしよう。覚えていろよ、エンティ先輩!


「さ、遊んでないでサッサと行くわよ。まだ正門の真上、あと半分の距離あるんだから急がないと」


 そう言ってエンティ先輩は城壁の先を指す。


「うぇ~い」


 歩くのはやはり面倒だ。反対側を目指して私達を追い越していく補佐官たちも同じ気持ちな様子で、その顔にはちょっぴり疲れの色が見えている。有翼系種族の同僚が頭上をすいーっと飛んでいく姿を見上げ、羨ましいやら妬ましいやらの表情だ。


 だが、ぶつくさと文句を言っていても始まらない。そのマインドで私は再び歩き出すのだ、この長く遠い道のりを!


 ……はい、一歩一歩確実に進みますよ、っと。


「しかしまあ、改めて眺めるとデッカイですねぇ、この建物」


 山の如く聳える城郭。今は城壁の上からであるため、その裾野まで全容を眺める事が出来る。普段は最寄りの転移門から徒歩通勤、今まさに真下にある正門を通って第六支局職場へと向かっているのだ。なので通勤時は裾野部分が城壁に遮られて見えないのである。


「そりゃそうよ。膨大な数の異世界について調査したり、死者の人生を纏めてたりするんだから。まぁ、そういう事をやってるのはココだけじゃないけど」

「他にもあるんです?」

「当然。全次元宇宙の処理をココだけじゃ出来ないもの。ただ近いトコの事務局でも物凄い下の方か、すっごい上の方にあるから行くのが大変なのよね~」

「へぇ~、そっちもこんな感じなのかなー」


 西洋風城郭な我が職場。もしかしたら遥か下層に存在する事務局は和風かもしれない、遥か上層にあるのは……宇宙要塞的なものかも?上だから技術的に進歩してるってわけじゃ無いらしいけどね。


 ん、ナチュラルに考えてたけど、一つ疑問が浮かんできたぞ。


「エンティ先輩、エンティ先輩」

「何?」

「すっごく初歩的な事、聞いて良いですか?」

「嫌よ」

「なぜ断る」

「いつもの仕返しよ」


 ククク、と先輩は笑った。おお、悪魔悪魔、恐ろしや~。


「で、何が疑問なの?」

「おお、聞いて良いんですか」

「良いに決まってるでしょうが」

「うわー、すっごい良い先輩だ~。悪魔っぽくない~」

「よし、先を急ぎましょう」

「あ~、ごめんなさいごめんなさいっ」


 仕返しの仕返しの仕返しをされてしまった、うぬれおのれ


「漫才してる暇はないんだから、さっさと聞きなさい」

「ういっす」


 仕方がない後輩を見る目でエンティ先輩は私に話を促す。

 なんだぁ、その目はー。こちとら真面目に質問するんだぞー。


 くらえ、我が渾身の質問を!


「事務局、なんで城なんですか?」


 資料を纏めるための建築物なら、別に城郭である必要なんてない。それこそ高層ビルみたいなモノの方が機能的と言えるだろう。城であるという事に何か意味があるのかな、というのが私の素朴な疑問である。


「ああ、それは」


 先輩は私に向き合い、可愛い後輩の疑問に解答する。


 いや、しようとした。


ウウゥゥゥウウーーーッ!


 けたたましいサイレンが、それを阻止したのだ。

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