転生裁判所の不思議な日常

 私の世界の人間は、その全てが野生動物に劣るスペックだ。走れば犬に勝てず、腕力ではゴリラに勝てない。鳥の様に空は飛べないし、魚の様に水の中を自由に泳ぐ事も出来はしない。


 だけど先人たちはそれを覆してきた。


 自分で走って勝てないなら、それを可能とする物を作れば良い。

 空を飛ぶ翼が身体に無いなら、外に用意してしまえばいい。


 そうして祖先たちは自動車を作り、飛行機を作ったのだ。


 そして戦闘能力で勝てない相手に対しては。


「ここが、死後の世界が記憶によって作られてるなら……ッ」


 私は目を瞑って思い出す。今の姿と同じ頃、高校時代の時の記憶を。


 私には生前、親友と呼べる友人がいた。あいつは男子だったがお互いに恋愛感情など無く、性別を超えた友情という奴だ。奴の告白の手伝いをして、成就した事を祝った事もあったなぁ。


 って、そうじゃない。


 想い出すべきは、アイツとの想い出の一ページ。


『モン、コレ戦車をぶっ倒す武器なんだぜ』

『ほほぅ、そんな棒っ切れみたいなのがどうやって?』


 兵器図鑑という何ともマニアックな本を開いて、サワスケが言う。ああ、サワスケというのが我が親友の愛称だ。ちなみに私の呼び名は問註所もんちゅうじょの頭を取って『モン』である。


『コイツが飛んでくんだよ。んで、衝突したらボカーンッ!』


 サワスケは片手を握って、少し勢いを付けて開く。


『ちなみに、そいつの名前は?』

『ああ、こいつは―――』


 私の思考は今へと帰る。


「RPG-7」


 その名前を口に出したと同時に、ゴドンと重い何かが目の前の地面に落ちた音がした。スッと目を開けると、そこには無骨で頑丈で破壊力の権化とも言うべき物体が転がっていた。


 弾頭は先端を絞ったガマの穂のような形。それが発射機である鉄の筒の先に付いていて、引き金を動かしたら飛んでいくのだ。


 よいしょ、と声を出しながら私は兵器を右肩に担ぐ。こんな物を扱った経験などは当然ないけれども、撃ち方と原理は知っている。兵器好きでマニアックな奴だったサワスケのおかげである、時々鬱陶しいと思っていたのは内緒だがな。


ゴオゥッ

「ぐぐ……ッ!流石に、もう……ッ」


 私が振り向いた時、エンティ先輩の前には身長三メートル近い巨大な人魔がいた。そいつは先輩が張った盾を掴み、グシャリと潰そうとしている。


「あいつは……」


 その人魔に、私は見覚えがあった。


 太い腕には多くのタトゥー、耳や顔には悪趣味なピアスが一杯。ガラの悪さが前面に出ていて、好んで近付きたいと思える風貌ではない男の人。身長はまるで違うけど、間違いない。


 あの時、ディケに破裂させられて奈落に落とされた人物だ。


グルルゥゥ……


 ぶふぅ、と口から荒々しく息を吐く。その目には爛々とした赤い光が宿っていて、ギョロギョロと不気味に動き回っている。


 ふと、その人魔と目が合った。


グ、ガ、ア……ッ

ナン、デ、オレダケ、ガァ……ッ!


 恨みの籠った、絞り出したような声。

 あの時、落ちる瞬間に私と目が合った。己が生前やって来た事とあの場でやった事を棚に上げて、自分だけが落ちた事について私を呪っているのか。なんと身勝手な奴だろうか。だけどおかげで、情けも容赦もなくヤれるぞ。


 赤い瞳を向ける人魔の、その体。一番当てやすい胸に、私は照準を合わせる。睨まれたからと言って、律儀に顔面を狙ってやる必要なんて無いのだ。


 かつての友情に感謝、この状況をひっくり返す一手をくれたあいつに。


「我が友サワスケ、ありがとよっ!」


 私はニヤッと笑う、なんだかアドレナリン全開だ!


「嫁さんと娘ちゃんと達者で暮らせよっ、ガチであの世から祈ってるからな!あと改めて、披露宴で滅茶苦茶してスマンかった!!!」


 頭の中に生前の出来事が色々と流れていく。

 記憶の、思い出の逆流プリミラだ。


 崖から落ちて剥き出しの岩が迫る中で死を覚悟した時の走馬灯とはまるで違う、穏やかな気持ちと何処か郷愁を誘うような、そんな映画フィルムの巻き戻り。記憶で作られた転生裁判所にいるからこそ、それがハッキリと思い出せるんだろう。


 私は過去を想いながら、引き金をひいた。強い衝撃が右肩を打ち抜く。


「エンティ先輩ッ、シールド消して頭下げてッ!」

「はっ!?」


 先輩は振り返る。


「いぃっ!?!?」


 彼女の目に移ったのは、何か分からない物体が高速で飛来する光景。何かを考える余裕も無く、エンティ先輩は私の言った通りの行動をした。


ガァ……ッ!?


 ロケット推進で加速したガマの穂は、巨躯のど真ん中に命中する。


 だが、炸裂しない。相手が柔らかすぎるのだ。


 それなのに貫通もしない。撃ち抜かれる程に人魔の体は柔らかくないのだ。


 しかし弾頭は加速を続ける、刺さった相手を貫こうとして。


グ、グ、グ……ッ


 その場に踏み止まろうと、三メートルの異形と成り果てた男は脚に力を込めた。


 そんなものは無駄な足掻きだというのに。お前もまた、私と同じ。魔力も無ければ特筆するべき能力などない凡庸な生命体、だったモノ、なのだから。


ガァッ


 人魔の足が地から離れる、弾頭の推進力が勝ったのだ。

 男の体はロケットによって後方へと運ばれていく。


 その先に在るのは奴が生み出された黒く巨大なスライムだ。


 人魔の体諸共に、対戦車弾は大質量のゲル状物体に突き刺さる。


 と同時に。


ドッパァァンッ!


 今度こそ炸裂した。


「うひぃっ!?」


 腕で頭を庇って伏せていたエンティ先輩が、轟音の中で声を上げる。彼女がゆっくりと顔を上げて、その音の発生源に目をやると。


 そこには全体の三分の二が消し飛んだスライムの姿があった。形を無くしてドロドロと城壁の上から流れ落ちるそれは、既に人魔を生み出す力を失っているようだ。炸裂した一撃が何処かにあった核を破壊したのだろう。


 目を丸くしてそれを見る彼女は、少しの間硬直した後にハッと我に返る。そしてまさかの大戦果を上げた功労者の下へと駆け出した。


「チホ、アンタやるじゃない!なによなによ、戦えないとか嘘吐いて!」

「あ、あはは、私には戦う力はありませんって」


 自分がやった事にまだ実感が持てず、私はへらりと気の抜けた笑顔をエンティ先輩に返す。そんなお気楽な後輩の肩を、彼女はバンバンと叩いた。


 まだ人魔との戦いは続いている、でも発生源を叩く事は出来た。あとは皆に任せておけば大丈夫。そう、これで危機は去ったのだ。


 と、私もエンティ先輩も油断していた。


「お二人、上です!」

「「!?」」


 ディアードさんの声に弾かれて、私達は上に顔を向ける。


「「ぎゃっ」」


 二人して短くて汚い悲鳴を上げた。

 そこにあったのは、先程吹っ飛ばしたのと同等の真っ黒なスライム。巨人が吐き出した別の個体であり、遥か上へと飛んでいっていたものだった。


「「ぎゃーーーーっ!!!」」


 私達は抱き合って叫ぶ。

 三十メートル角の物体、それが猛スピードで垂直落下してきている。走って逃げようにも十五メートルを一瞬で移動できるワケも無く、シールドで防ごうにも大質量の物体による圧縮を耐えられるはずもない。


 熨斗烏賊のしいかになる以外の選択肢は無いのだ。


「チホ、さっきの!もう一回!」

「むむむ、むりむりむいっ!パッと出せんっての!」

「役立たずッ!」

「そっくりそのままお返しじゃいッ!」


 この期に及んでも私達はお互いを罵り合う。正常な判断?出来るワケが無ぇだろが!こちとら命の危機が危なくてヤバいんじゃコンチクショウがッ!ってそんな事を考えて何処かの誰かにツッコんでる場合じゃな、ってもう間に合わんッ!


「まったく、お前たちは相変わらず騒がしいな」

ヒュッ

「「え」」

バゴオッ!


 随分と横柄でちょっとばかり威厳のある少女の声が耳に入る。

 そしてそれとは不釣り合いな衝撃音が私達の頭上で発生した。


「ディケ!」

「ディケ様!」


 守は我を見放していなかった、いや言葉の綾とかじゃなくてガチで。だってそこにいるのは正真正銘の神様であり、転生裁判所の裁判長であり、そして。


 私をいっつもボコボコにする四十六億歳ロリババぁ痛ぇっ!


「助けてやったというのに不敬な奴め。並べた言葉の締めがそれとは」

「ぐぅ……ッ。助けにきたのかイジメにきたのか、どっちなんだ……」

「アンタの行いのせいよ、お馬鹿め」


 くそぅ、なぜ私が責められるのだ、結構頑張って成果を出したのにっ。


 あ、私達に向かって降ってきたさっきのスライムは、ディケが出現させた巨大木槌の水平スイングで吹っ飛んでいったよ。いやぁ、すげぇ威力。


「ディケ様、申し訳ございません」

「ディアード、構わん。お前の本来の役割はこちら戦闘ではない。謝罪させねばならないのはドラクルの方だ、氾濫処理を主とする上級補佐官のくせに役目を果たし切れていない、な」


 近寄ってきた彼に対して、はあやれやれとディケは肩をすくめる。

 というかディアードさん、本来の役割じゃないって言われてるけど、あれだけ寄ってきていた人魔を全滅させてる。凄ぇ。


「さて、騒がしいのは好かん。とっとと終わらせるとしよう」


 そう言ってディケはふわりと宙に浮かぶ。


 あ、パンツ見えばぐげっ。

 目が、目がッ、というか顔面に木槌がめり込んだッ!


「我が判決に従わぬ愚か者どもよ」


 大声を発している訳じゃないのに、ディケの声は空間に響き渡る。拡声器を使って呼びかけているような感じじゃない、自然と頭の中にしみ込んでくるような感覚だ。


オオオォォォ……ッ


 黒い人魔、そして龍を模した闇が全て一つとなる。ディケに対峙する形で空中に浮かんだそれは球に姿を変え、その身の内で闇を孕んだ魂をかき回して強力な渦を作り上げた。


「その行いに審理など不要、再度判決を下す」


 冷たく言い放つディケ。

 対する闇の塊は彼女に襲い掛かる。内部で生じた渦を吐き出し、空中を蛇のように這う竜巻に変化して。ゴゴゴと大気が揺れる、闇の蛇が揺らしているのだ。


 巻き込まれれば千々に裂かれて微塵になってしまう。でもディケは一切動じておらず、その愚行を蔑むようにフンと鼻を鳴らした。


「焦熱奈落にて魂を焼き、灰からの再構築を命ずる」


 木槌が宙を打つ。カァンと乾いた響きが、塔内に響き渡った。


 ビタリ、と竜巻の蛇が動きを止める。それはまるで、動く事を許されていないかのように。微動だにしなくなった堕ちた魂の集合体は、それでもなお身の内で闇を巡らせる。どうにかして奈落へと送られる事から逃れようとして。


 遥か下層から、半透明な赤い手が伸びてきた。

 一本、二本、三本、四本。次々と現れるそれは遂には数えられない程の量になり、全てがディケと対峙する愚者を掴む。


 ズズズと闇の塊が下層へと引かれていく。ゆっくり、続いて一気に。落ちていったその姿はあっという間に見えなくなり、私達の周りは静寂に包まれた。


「以上、閉廷する」

カァン


 打ち鳴らされた木槌の音。裁判中に口を開けなかった私達は、それをもって発言を許される。そうか、さっきまでこの場全体が法廷になっていたのか。


 戦いは終わった。あちらこちらで会話が始まり、笑い声も聞こえる。お互いの無事を笑い合い、活躍を褒め合い、そして今日も大変だったと日常の話を始めた。


「ディケ、助かった~」

「恩に感じるならば態度を改めよ」

「嫌です」

「ならば」


 ディケはスッと木槌を上げる。あ、やべ、ヤられるっ。


「ごめんなさいすみません大変助かりましたので心の底から厚く御礼申し上げますですありがとうございました偉大なる神にして我らが裁判長ディケ様」

「よろしい」

「許された」

「悪行にポイントを入れておいてやろう」

「転生しないのに!?」


 理不尽だ、横暴だっ!


「でもまあ、こんな騒ぎはもうゴメンだよ……」

「は?何言ってるのよアンタ」

「え、耳聞こえなくなりました?エンティ先輩」

「引っ叩くわよ」

「うい、さーせんすみません。で、私なにか変な事言いました?」


 首を傾げる私に、エンティ先輩は教える。


「コレがここの日常よ」

「え、氾濫プリミラって普通に起きるんですか?どんだけ緩いんですか奈落の管理」

「言うな、あっちも大変なのよ。分かるでしょ、今回戦った相手で」

「あー、カスしかいなかったですね。そりゃ大変だ」

「お口が悪いですよ、チホさん」

「コイツに行儀を教えておけ、ディアード」

「百年ほど掛かりそうですが」

「ディアードさん、酷いっ」


 なんということだ、礼儀正しい紳士にまで言われるとはっ。

 まあ流石にノリというかその場の冗談だよね、ディアードさんも人が悪いなぁ。


 ……冗談だよね?


「あー、疲れた。今日はお仕事終わりですね~。じゃ、お疲れさまでしたー」

「コラ、逃げるな。さっさと資料を取りに行くわよ」

「くっ、失敗した……っ」


 エンティ先輩に引っ張られて、私は本来の業務に戻っていく。ああ、なんと人使いの荒い職場なのだろうか。就職先、間違えたかなぁ。


 なんてね。

 私はこれからもココで生きていく。死後の世界だけど、魂だけの存在だけど、確実に言える。私は今、活かされている。多次元宇宙の世界の役に立っているのだ。何と素晴らしい、善い事である。


 私は善い事をするのが好きだからね、頑張るよ。


 諸君、生きている間に沢山イイ事をしよう。そうすれば転生する時に有利だぞ!私がキミ達の資料を作ってあげるからな、安心しなさい。それはもう懇切丁寧に一片の漏らしも無く仕上げてあげよう。ん?遠慮するなって、ははは。


 さて、今日の残りの仕事も頑張りますか!









「やはり、アレは珍獣だな」


 神なる者は言った。


「ディアードは助力、ドラクルは救済」


 既に閉廷した法廷の椅子に掛けたまま、思考する。


「ピエリスは献身、フィオーレは情愛、エンティは反骨」


 ひじ掛けに上体をもたれ掛からせ、頬杖を突いて。


「この転生裁判所に在る補佐官は、己の行動を強力に指向させる心の核を持つ。心核しんかくを」


 トントンと指で机を一定のリズムで突く。


「チホ、アレは特殊だ」


 一人の人間の資料を神は見る。それは既に判決を下した者の人生だ。


「善を成す、それが核。己の思う善き事を行う、それが奴の心核」


 全ての行動は彼女の善意によって行われている。だがそれは。


「ふっ、だがあくまでアイツの価値観での善だ。他の者がどう思っているかなど知った事ではない。なんと迷惑な事か」


 クックッと神は含み笑った。


「チホの心核に名を付けるならば、そうだな……」


 少しだけ考え、ディケはニヤリと笑う。


「独善。独りよがりでハタ迷惑な、功名も賞賛も承認欲求も何もない、善の権化」


 バサッと紙束を机の上に投げ捨て、彼女は立ちあがる。


「私に対する態度も善とするか、面白い。神を前にして敬意を払わず、畏れる事もない者などそうはいない。珍獣だ、実に珍しい」


 ディケはそう言って、ふわりと宙に浮かぶ。


「これからも精々こき使ってやろうではないか、不敬な奴め」


 神は邪悪な笑みを見せながら姿を消し、法廷は静寂に包まれたのだった。

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あの世の裁判、補佐します!?転生裁判所の不思議な日常 和扇 @wasen

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