第11話 第二問、正解はっ!
その少年は、大人しい子だった。
皆が外で駆けまわっている中で一人、部屋の隅で本を読んでいるような、そんな子だった。だからといって友達がいなかったというわけではなく、多くは無いが一緒に笑い合う友人もあった。
いつからか本の中の、画面の向こうの物語に魅せられるようになった彼は、自身の頭の中の世界をノートに描くようになる。決して上手くはない、空想をそのまま表現できているとは言えない絵。しかしそれでも、彼は熱心に鉛筆を走らせていた。
小学校高学年、本当に些細な出来事。同級生の女の子が絵を褒めてくれたのだが彼女の事が好きだった男子が彼のノートを奪い、破ったのだ。
彼は人生で初めて、怒りに任せて誰かを殴った。
すぐに正気に戻ったものの、やってしまった事、やられた事は消えない。謝罪する気も起きず、彼は涙を流しながら走り去ったのだった。怒りを宿した目が、自身の背に向けられている事に気付かずに。
それから、彼はいじめの対象となった。
皆から無視されるようになり、軽く小突かれる事が増える。半年もするとそれはエスカレートし、持ち物がゴミ箱に移動していたり、掃除の時間に誤ってバケツの水を頭に落とされた事もあった。
中学に上がり、それから解放されると思っていた。だがしかし小学校と同じく、いじめを行っていた主犯格と同じクラスになったのだ。
子供は加減を知らない。いじめは更にエスカレートし、何故か階段から落ちて負傷する事が増えた。身体中に打撲したような不可解な痣が増え、精神的にも追い詰められていく。
誰に言う事も、助けを求める事も出来なかった。いや、助けの声は上げたが誰も手を差し伸べてはくれなかったのだ。その鬱憤は母親に向き、家で暴れて暴力を振るう事もあった。そうした事をした後には自己嫌悪に陥り、更に自身の精神を追い詰める事となった。
そして、最後のページの日が訪れる。
その日は二年生へと進級した一週間後だった。
またもや彼と同じクラスとなった。
それによって絶望したのだ。
教師が施錠を忘れた屋上扉を開き、高い金網をよじ登る。運動が苦手なのは自分でも理解していたけど、何故か苦にならなかった。その先に、全ての救いがあるのだから。
彼は屋上の縁に立つ。下は見ない。見るのは遠くの街並み、その向こうにある自分の家、そして存在するはずの救いの光だ。一歩、そこへ近付く。たった一歩、それだけだった。
彼の人生が纏められた資料、そこに書かれた最期の文字は。
みんな、地獄に落ちろ。
だった。
「むむむ、なかなかの人生ですな~」
読み終えた書類を机に置く。
「どうだ、お前ならばどう判決を下す」
ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべて私を見るディケ。
わー、いじめっ子だ~。せんせー、ここに新人を虐める嫌な奴がいまーす。お仕置きにお尻ペンペンしてあげて~。
ま、そんな冗談は横に置いておくとして。
「負の転生」
私は既に出していた結論を口に出した。
「ほう、何故そう見る。」
「だって……」
私を値踏みするようにディケがこっちを見ている。何をされようとも、彼女にどんな意図があろうとも、出した結論が変わる事など無いんだよ。
「この人、何もしてないから。強いて言うなら八つ当たりで親を殴った悪行くらい?誰かを助けたり、自分で何かしようとしていない。ただ自分の為に生きてた、だから善行ポイントの加点が無い」
あの世で行われている裁判、その根本にあるものが私にはぼやっと見えてきている。時代によって変動する倫理観や価値観ではなく、客観的な事実だけでポイントの判断している、という事だ。
つまりこの、いじめられていた少年については『何もしていない』という評価になる。暴行傷害、窃盗恐喝の被害を受けているのは確かだけど、その救済は生前の世界がするべき事であって、
だから、評価点はただ一つ。
いじめられた鬱憤を晴らすために、母親に手を上げた事だけがポイントの加算となる。つまり悪行に、一ポイントだけ入っているような状態で判決が出たんじゃなかろうか。
「く、くは、ははは!」
私が口から出した事を聞き、そして頭の中で考えていた事を読んだディケが笑う。
「面白い、実に面白いぞ、お前は。私の目に狂いは無かった!ディアード、お前の評価も正しかったな」
「お褒めのお言葉、ありがとうございます」
ディアードさんが恭しく礼をした。
「チホ、お前はやはり補佐官に向いている。いや、生前の仕事よりもこちらの方に適性が有った、もっと早く死ぬべきだった!」
「いやそれはどうなんだ、裁判長」
もっと早く死ね、と神が言うか。これは死神に好かれたようなもんと同じだ。まさか崖から落ちて岩に顔面ダイブしたのは、コイツが私の背中を押したんじゃないだろうな?
「人格破綻者、いいや感情で価値観が変わらぬ人間。そんな奴はそうそう見つからない、お前は貴重な人材だ」
「へーへー、せいぜい褒められた事を素直に喜んでおきますよ、っと」
誰が『お前は人間として終わってる』と言われて喜ぶか。私は良識ある善人だぞう、変人では無い。生前もちゃんと評価されてた、っての。これでも『困った事があったらチホちゃんへ』と同級生に頼られてきたのだからな!
街の不良に絡まれた、ってパターンが多かったかな。私は暴力反対の平和主義者、彼らを説得して毎回毎回和解に導いてきたのだ。
「そのタトゥー似合ってるね!とぐろを巻いた立派なうんちが凄い再現されてる!」
「ギラギラ光るピアス、カッコいい!光るもの好きなカラスも負けを認めるよ!」
「その鎖アクセ、良いねぇ。何の役にも立たない物を付けるお洒落、見習いたい!」
って沢山褒めてあげてから話を進めたから、説得も円満に進んだんだよね~。事が終わった後は彼ら、感激の涙を流していたなぁ。口々に「分かった、もうこれ以上は言わないでくれ、助けて、止めて」って言って泣いてた。
うーん、でもなんで最後に『助けて』って言ってたんだろう?普通は「争いになって落としどころが分からないから助けてほしい」って言いそうなものだけれど。ま、いっか。
このくらい私は善の人なのだ!
「く……っ!私が二十年以上掛けてたバランス感覚をこんなに簡単にっ」
私の後ろで、エンティ先輩が何やら悔しそうにしてる。
ん、十年?どう見ても十代半ばに見えるんだけど、一体何歳なんだろう。
「くく、そいつは二百十六だ。ここへ来てからは五十年か」
「おお、私の六倍!補佐官経験は五十倍!経験豊富な先輩が教育してくれるなんて、助かります!」
「ぐっ、それ嫌味……?」
「へ?」
エンティ先輩は何で苦虫を嚙み潰したような顔をしてるんだ?
歴戦の先達に習えるなんて、万歳三唱レベルの幸運だよ。
いやー、感謝感謝!
あ、そう言えば。ディケの後ろにいる『あらあらお姉さん』の名前とか、この部署の他の人と顔合わせしてないぞ。
よし、挨拶回りをせねばっ!
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